違う、そうじゃない。
ふと気が付くと、どこかの健康センターの広い休憩室みたいな場所でおんぼろな木製の椅子に座り、ちびちびと苦手な(お腹を壊しがちな)フルーツ牛乳を舐めていた。
周りをうろついている人たちは意外と若めの人が多い。既にお風呂を済ませてきたのか、縦縞のシンプルな浴衣を8割方の人が身に着けている。男女比は大体1:1。雰囲気としては何というか、学園祭みたいな感じだろうか。ざわざわとした喧騒が至る所から聞こえてきている。
さて、何でこんなところに私はいるのだろうか?
と、思うよりもわずかに早く、突然後ろから名前を呼ばれた。
小学生の頃に転校をしたまま終ぞ会う事が無かった幼馴染が成長をしたらこんな感じだろうか?
と、いう程度に聞き覚えがある声に私は振り向くと、そこには背の高いショートカットの女性が浴衣に包まれ、私を見下ろしながら微笑んでいた。残念ながら少し好みのタイプからは外れていた。
少しだけ着崩れた浴衣の襟元を軽く整えると、椅子に座っている私を覗き込むようにして顔を寄せてきた。少しニキビの跡が残った肌を見るにややお疲れ気味なのだろうか。思わずそう思ってしまった。
さて、どちら様だろうか?
小学生の頃に転校をしたまま終ぞ会う事が無かった幼馴染が成長をしたらこんな感じだろうか?
と、いう程度にしか見覚えのない顔をぼんやりと見上げながら私は曖昧な日本人的なスマイルを浮かべた。そこに込めた精一杯の気持ちは「どちら様でしょうか?」だ。
少なくとも私の名前を呼んだ以上はどこかでお知り合いになった筈であろう。だが、私の海馬はどう頑張ったところでその名前を思い出すことは無いようだった。早々の戦線放棄である。もともと、物覚えの悪さを自覚をしている私ではあるが、これは酷い気がする。
「待たせてごめんね。さ、行こうか」
だが、目の前の女性には私の精一杯の気持ちは汲み取られることは無く、フルーツ牛乳を持っていない手を握られるとやや強引におんぼろな木製の椅子から立ち上がらされた。
「少し貰うね」
そうした後にそう言うと、フルーツ牛乳をゆっくりとした手つきで奪い取られる。少し上気して赤みの増した唇を瓶のふちに近づけ、半分ほど残っているそれを数口飲むとすっかり軽くなってしまったガラス瓶を手渡される。
ふむ。ここで一度状況を整理してみよう。
私は今、この女性とこの健康センターみたいな場所で待ち合わせをしていた。多分。そしてお互いにお風呂に入り、先に出たと思われる私が雰囲気に呑まれフルーツ牛乳をちびちびとやっていた。多分。そうしているうちに目の前の女性がお風呂を済ませ、私を見つけると声をかけてきた。多分。そうして何となくいい雰囲気になっている。多分。
ははぁん。わかったぞ。
これ、夢だなぁ……。
残念ながら私はこんな人は知らないし、どちらかと言えば人見知りな方であるため仕事以外では誰にでも名乗るという社交性を持ち合わせていない。こうして文章化にしてみるとまったくもって自慢にならない話ではあるが。
そのため、これが夢だと気づくことが出来たのだと思う。所謂明晰夢、というものだろう。子供のころから私は明晰夢を見ることが多々あったため、気付いてからの行動は迅速だった。
「遅かったね。じゃあそろそろ行こうか」
雰囲気に合わせて私はガラス瓶に残っていたベージュ色に近いフルーツ牛乳を飲み干すと彼女の手を握り直し、方向もわからないまま二人で歩き始めた。
私が見る明晰夢の場合、何となく行った行動で事態が望む方向へと向かうことが殆どであることを経験則的に知っていた。
私が望む事態とは?
申し訳ありませんがプライバシーに立ち入る話でありますのでここで詳しく説明することは控えさせていただきます。
ともあれ、私は彼女と談笑を挟みつつどこかを歩いているといつの間にか古びた旅館の廊下の様な場所を歩き始めていた。その場面が切り替わった瞬間を知覚することは出来ない。なるほど、夢の中だと理解が深まる瞬間である。
そうして、いつの間にか握っていた細長いプラスチックの飾りがついたカギを目的のドアノブへと差し込んでいた。
かちゃりと音を立ててドアのロックが外れたことを確認すると私はドアノブを捻り、人ひとり分のスペースを作った。すると少し後ろに立っていた彼女は私が開けたドアの先へとその短い髪を揺らしながら入って行った。
―――場面が切り替わる。
なぜか私は彼女と二人、胴回し回転蹴りの練習を始めていた。
「何で胴回し回転蹴り!?」
私は割と大きな声を出してベッドから飛び起きた。
胴回し回転蹴りなんてちっぽけな人生の中で一度もしたことないわ!と夢の中の自分に突っ込みを入れるとベッドサイドから落ちていたスマートフォンに手を伸ばし青褪めた。
7:30の表示。アカン、壮絶に寝坊した。
人間やれば出来るもので着替え、洗顔、歯磨きを素早く終わらせるとパニくったままの思考を何とか諫めることに成功して車に飛び乗ると、少し混み始めた道路を一路会社に向けて走らせた。
結局、意外と時間を残して会社に辿り着き遅刻は免れました。
Y君にこの出来事を話すと「よるさんは割と普通に頭おかしいですからね」と鼻で笑われた。次にやらかしたら絶対にネタにしてやるからな。覚えとけよー。
因みに、今朝の出来事でした。
本当にあった怖い話 @yoll
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。本当にあった怖い話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます