都市伝説なあいつと俺の愉快で平凡(?)な日常

よふかしだいこん

第1話 都市伝説はすぐ側に


 麦野原高等学校の通学路、正門を出た所にある大通りを左の方に30分程歩いたところに、誰も使わないような古びた小さな公園がある。

 

 管理する者がいなく、雑草や雑花などが膝位まで伸び切ってしまっているし、ろくに手入がされてないせいでさびたらけの使い物にはならないであろう小さな鉄棒や、腐敗によって真二つに折れてしまったシーソーなんかがそのままになっているのだ。

 子供を遊ばせる親だって、そんな不気味でで不穏な雰囲気を漂わせた所には好んで連れていくことは無いだろう。


 実際、中学、高校と通学路としてその公園の前を通ってきた俺でさえ、その公園では1度も人を見たことがない。

 ......このことを踏まえて、先程の記述を訂正させてもらおう。

「誰も使わないような」ではなく、「誰も使わない」だ。


 見ていると何だか不吉なことが起こりそうで、あまりジッと覗いたことがないが、雰囲気的にも、もう随分と長い間公園としての役目を果たしていないのだろう。


 ____そんな公園に出来た、も、また不評の種になっているのだ。


 そのせいで人が来なくなった、というよりは、人が来ない、ということをいい餌にして広まってしまったような心底現実味のないもので、誰が広めたのかなんてものも分からない。

 それは、まだ生まれてから日の浅い、けれども名の知れた都市伝説。


 __学校を終えた学生達が通学路を明るく染める頃になると、らしいのだ。


 落としてしまった、と顔を手で覆いながら【球体の何か】を探す、少年の霊が__


 ◀●▶


 部活帰り、昇降口で上履きをローファーに履き替えていたそんな時、とあるオカルト好きのクラスメイトがそんな話題を持ち出してきた。

 元々そんなに話すような相手でもなかったのだが、本人曰く、「だって、お前帰りあっち側なんだろ?」との事。


そんなくだらないことを伝えるためだけに他人に話しかけるなんて、俺には出来たもんじゃない。相手から「うわ、話しかけてきやがった」とか思われてしまうかもしれないのに......いや、人望に恵まれた人はそんなこともほとんど無いのだろう。

 これが陽キャ目の前の奴陰キャの圧倒的な違いである。


「気をつけろよー! そいつにあったらな、目を」

「ふーん......」

「まだ言い終わってないんだけど......あ、信じてないな? 本当だかんな?」

「はいはい。怖い怖い」


 あまり親しくもない人にまあ、躊躇いもなく話しかけられるなぁと頭の隅で思いながら、論も証拠もない話題を興味無しに聞き流していた。

 意識していなくとも、態度と話し方から【鬱陶しいなコイツ】オーラが出てしまう。

 正直言ってしまうと、こいつは苦手なタイプだ。

 構わないで早くどこかへ行って欲しい。

 なんて心の中で悪態をついていた。


 まだ記憶に新しい、遡ること昨日の話。





「......ない......ないよォ......」


 なんでもっと真剣に聞いていなかったんだ。


 その場から動けずに立ち尽くした俺は、真面目に話を聞いていなかった昨日の自分に後悔と説教を同時に投げつけた。


 ____時刻は5:42。

 部活を切り上げる時間がいつもより遅くなってしまい、少しだけ焦り気味で昇降口を抜けて見えた空は、普段よりも幾分か暗かった。

 普段は自転車通学なのだが、朝の母の気まぐれにより車で登校することになったのだ。

 そんな気まぐれは、突然あらわれ去っていくので、厄介ったらない。帰りの迎えをお願いしたところ、「送ってってあげるよ」という謎の優しさから一変、「歩いて帰ってくれば?」と、否定の言葉に面倒くさそうなため息つきで断られてしまったのだ。

 勝手に送っておいて歩かせるなんて、有り難迷惑すぎる。


 ___いや、車で帰らせろよ。

 なんて心の中で悪態をつきながら、ぽつりぽつりとしか電灯がともっていない薄暗い通学路を一人、歩いていたわけなのだが。


 噂の公園の前を通った時、それらしき物が視界に入ってしまったのだ。

 驚いてその方向に頭ごと向けると、雑草が生い茂ったその敷地内に、小さくしゃがみ込んだ黒い服が見えた。

 少し遠くからで細かくは見えないが、頭を片手で覆いながら、もう片方を草原の中に沈め、ガサガサと何かを探しているようだ。




 __その仕草や行動は、




「......マジかよ」


 アレと俺との距離はおよそ50メートル。まだ、前方に小さく見える程度。

 引き返してもいいのだが、生憎、この道を通らなければ家にたどり着くことが出来ない。もう一度学校にでももどって、母に迎えに来てくれと頼んでみるか......いや、きっと数分前と変わらない答えが帰ってくるのだろう。


 じゃあどうするか、どうするか。


 少しの間の、脳内会議にて導き出した結果は、「なんでもないようにそのまま通り過ぎる」、これ以外の良案は出てくることは無かった。


「うぅ、......どうしよう......」


 人間のようにしか聴こえないその声は、近づくにつれてハッキリとしてきた。


 俺から見えるのは、そいつの斜め後ろ姿で、ない、どうしよう、を機械のように繰り返し呟いているからには、噂通り【手で覆っている方の顔の部位を探している】のだろう。


「......ん?」


 やつとの距離が後5メートルを切ったところで、俺はあることに気がつき、足を止めた。


 未だに見つけることが出来ず探し続けているそいつの服が、随分と見なれたものだったからだ。


 長袖、長ズボン。上下が黒で統一されていることから考えて、恐らくは制服を着ているのだろうが、それだけではない。


 襟の下あたりに、我らの本校の生徒である印......【奇渡高】という文字が白い糸で刺繍されていたのだ。


 ちなみに、刺繍の色ごとに学年分けがされていて、白は1年生だ。


 __、白。

 馴染みがありすぎる。


 __って言うことは、あれか。同級生なのか、アイツと。ふーん。運命だな、こりゃ。


 なんて急にお喋りになった脳内の自分をただただ遠くから傍観すること、数分。


 長い間しゃがみこんでいたそいつが、近くに置いていたバックを肩にかけるなり立ち上がった。


 どこかへ行ってくれるのか。なんて安心しながら、追いつかない程度に足を進める。

 未だ顔から手を退かないところから見て、探していたものは見つからなかったのだろう。


 そもそも幽霊に帰る場所なんてあるのか? とか考えながら相手に気づかれない程度に観察を続ける。


 俺の目は、ちらっと見えた横顔の、タレ目がちな瞳を捉えた。

 成程。手で覆われていない方の瞳は普通についているらしい。安心した。


 もしなかったら発狂ものだった。と、深呼吸と共に胸を撫で下ろす。


 薄々気づいていたであろうが、少年の霊が公園で探しているのは、普通の人ならば決して落とすことの無いであろう【眼球】 だ。


 何故そんなものを......と今になっては疑問に思うのだが、オカルト好きの陽キャに教わった時には興味さえ持たなかったため訊こうともしなかった。

 もしかしたら話の中に出てきていたのかもしれない。


 ......ちゃんと聞いとけばよかったな。


 随分と動かないでいたせいで踵が痛くなってきた。早くどっか行ってくれないか、なんて言ったら失敬か......。そもそも陰キャだから面と向かってそんなこと、言えるわけがない。

 そもそも陰キャじゃなくても流石に幽霊相手に話しかけられないだろう。


 今だって目の先にいる、そろそろ沈み切ってしまう夕陽がスパンコールの様に入った茶色寄りの黒い瞳の持ち主は、晒された方の片目を大きく見開いたまま動こうとしないのだ。


「............あ......やべ」


 そう、


 気づかれたか......!

 やっと巡りが良くなってきていたはずの血液は再び頭や手先から抜けていくのを感じた。

 が、それもたったの数秒のことで、あることに気づいてしまった俺は、目の前のアイツに向かって口を開いた。


「お前......」


「ヒィッ」


 瞬間、少年は何か恐ろしいものから命懸けで逃げるように、今俺のいるところとは反対側の方へ、小さな悲鳴だけを残して、慌てたように走って行ってしまった。

 正直悲鳴をあげたかったのはこっちの方なのだが......。



 キーンコーンカーンコーン......



 さっきまでいた方向から、聞き覚えのあるメロディーが聴こえてくる。



 __6:15分。

 夕日が沈み切ってしまった薄暗い通学路。周りには、人っ子一人としていない。


 そんな自宅へと続く帰路を、一人、1歩、1歩と足を進める。

 いるのは、さっきまで都市伝説をこの目で見てしまったにも関わらず、冷静でいる俺だけ。



 公園の前を通った時に、わずかな月の光で小さく照らされたある物を見つけた。


 手に取ってみると、眼球のような弾力がない、硬くて、綺麗な球体の形をした水晶のようなもの。

 生憎暗くて色はよく分からないが、一部に黒目を模したような暗い色の模様がある。

 多分、あいつの探していたものだろう。


 俺は、その水晶を無くさないようにズボンのポケットへしまった。


「あー......帰ろっかなー、もう暗いしなー!」


 誰に言う訳でもない、そんな独り言は口に出してみると何だか楽しそうに音が弾んで聞こえた。



 今日こんにちは金曜日。


 いつもなら2日間、学校厄介事から解放されることの喜びで(心の中で)はしゃいでいるはずなのだが、今回は特別。

 学校が待ち遠しく感じてしまう。



 __取り敢えず月曜日は少し早めに登校しよう。

 そして、話しかけようではないか。

 陰キャの俺が、多分俺に負けないくらいの陰キャな謎多き彼に向かって。

 この水晶を渡しながら。「これ、落し物」と。


ああ、月曜日が待ち遠しい......!


 今までにないくらい胸が弾んているのは、何処にでもあるような陰キャの日常が、少しずつ、不可思議で愉快なものに変わっていくのを心のどこかで感じていたからだと思うのだ。




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