第40話 終章
「あ、ジェフとイヴだ! おーい!」
スーヤが、向こうから歩いてくる2人と1匹の人影に向かって手を振る。人影はこっちに気付くと、駆け足でこちらに向かってきた。
「いようスーヤ! しばらくぶりだな。俺がいなくてさぞ寂しかったろう。さあ、俺の胸にと……ぐふ!」
スーヤに向かって両手を広げたジェフェリーに、チヅルの右ストレートが顔面に、イーヴリンのアッパーが鳩尾に減り込んだ。哀れジェフェリーは、口から泡を吹いてばったりと倒れてしまう。
「ひ、ひでえ……」
「本当にこの男は、いつまで経っても変わんないわね」
「ええ全く。っと、2人とも久しぶり。あとカークもね。元気にしてた?」
「もっちろん! 元気が私の取り柄だもん!」
スーヤが右腕で力こぶを作ってアピールする。イーヴリンはそれを見てクスリと笑った。だが、ふと思い出したように周りを見渡した。
「あれ、まだアルは一緒じゃないの?」
「じいさんを迎えに行ってるのよ……と噂をすればほら、向こうから歩いてくるわ」
チヅルが指差す方向から、アレックスとロイスが歩いてきた。こちらが手を振ると、向こうも手を振って返してきた。
「おお、懐かしい面々が揃っとるのう」
「どうやら俺達が最後のようだな」
「じゃあ行きましょうか。もうそろそろ始まる予定のはずよ」
「うん!」
「そうだね。ジェフ、いつまで寝てるのさ?」
「誰も介抱してくれないのかよ、ちくしょう……」
涙で地面をぬらすジェフェリーなどどこ吹く風か、他の面々はさっさと歩いていってしまう。誰も構ってくれないと気付くと、ジェフェリーは慌ててその後を追いかけた。
「……1年前、私達はロストブックの住民達による大襲撃を受け、大きな犠牲を払いました。あの出来事で親族や知り合いを無くされた方は多いでしょう。今もなお、ガスタブルの街並みにもその傷跡は色濃く残っています。私はここで、ブックダイバー協会の解散と、あらたにロストブック封印機構を設立する事を宣言します。ロストブック封印機構は全てのロストブックとロブグローブ、そしてモジュールとHOを凍結させます。もう二度とあのような事は起こさせません。生活が不便になるのは間違いないでしょう。しかし、私達は人間です。知恵を振り絞り、互いが協力すれば、違う方向へ成長できるのです。最後に、あの日の犠牲者に黙祷と献花を捧げましょう。どうかせめて、安らかに眠れるように」
ジークス国の最高権力者、クラレンス・アーノルドの演説が終わった。その後5分間の黙祷が始まり、その後に献花台へ来場者が花を添える。
今日は大襲撃から1周年の慰霊祭。全世界から、街を埋め尽くすほどの人が集まり、皆真摯に犠牲者へ黙祷を捧げた。
あの大襲撃の犠牲は、非常に大きいものとなった。死者8958人。街は見る影も無くぼろぼろに破壊された。今も街の復興は行なわれているが、何年経ったらまた元のようになるかは予想がつかない。
「……私、やっぱり名乗り出たい。あの出来事を引き起こしたのは、私のせいなんだって!」
慰霊祭が終わって帰路に着く途中、突然スーヤがチヅルにそう訴えた。幸い辺りにはチヅル達以外に人気は無かったが、チヅルは仰天して目を白黒させ、スーヤの肩を鷲づかみにした。
「な、何言ってるの! そんな事したらあんた、絶対に殺されちゃうわよ!」
「でも、いっぱい人が死んで、原因の私が生き残ってるなんて、辛いよ……」
目一杯に涙を溜め込んで俯くスーヤに、誰もが口をつぐむ。声をかけようにも、何と言ってやればいいのか分からないからだ。
そんな中、アレックスが口を開いた。
「スー、お前はいつか俺に聞いたな。人は皆悪いのかと。お前が今名乗り出れば、街の人間全員がお前を糾弾し、非難し、処刑を求めるだろう。お前はそんな姿を善だと思うか?」
少しだけスーヤは躊躇ったが、アレックスに向かって首を縦に振る。
「……うん。だって悪いのは私だもん」
「そうか。だがお前が危険に晒されるようなことになれば、俺達はまたお前を必ず守るぞ。例え、どんな事をしてもだ。その瞬間、俺達は街の人達の悪になる。分かったか? 善と悪は堂々巡りでしかないんだ。だから頼む。街の人達はようやく今、前に歩き出した。どうか、その歩みを止めないでくれ」
「お願い、スー。もうどこかに行ったりしないで……」
スーヤにしがみ付いたまま、チヅルがずり落ちる。伏せた顔からはぱたぱたと涙が落ちて、むせび泣く声が聞こえてくる。
スーヤは唇を噛んでその場に立ち尽くしたが、しばらくしてチヅルの顔を覗きこんだ。
「……ありがとう。私、探してみる。残された人にできる、出来る限りの償いの仕方を」
「本当に!?」
チヅルが顔を上げて、スーヤの顔をまじまじと見つめる。スーヤはそれに力強く頷いて答えた。
「そうだ。それが聞きたかった。一緒に考えていこう。俺達もお前をこの世界に連れてきた共犯者なんだからな」
「うん!」
アレックスがスーヤの頭を撫でる。スーヤは気持ち良さそうに、なすがままにされていた。
「ところでお前ら、これからどうするんだ? 今日の宣言で、ブックダイバーは完全に廃業になっちまったが」
ジェフェリーの問いに、まずはロイスが答える。
「わしは封印機構に誘われとるよ。ま、書庫のロストブックは買い取ってくれるらしいし、このまま隠居でもいいんじゃがな」
アレックスとチヅルも続く。
「街の復旧作業をしていたが、そろそろ仕事を探さなくてはな」
「私達も特に決まってないわ。やらなきゃいけない事はあるんだけどね」
「偶然だな。俺もだ」
2人はイーヴリンを見つめる。
「え、え? 何なのさ?」
突然見つめられ、イーヴリンはどうしていいか分からずにうろたえる。
「私達はまだ、あなたの空船を壊した償いをしてない。だから手伝わせて。あの空の向こうまで行ける物ができるまで」
「約束する。必ず完成させると。だから頼む」
2人は深々と頭を下げる。いよいよ狼狽したイーヴリンは、ジェフェリーに視線を向けて助けを求めた。だが、ジェフェリーはなぜイーヴリンがそんな反応をするか分からないというふうに肩を竦める。
「いいじゃねえか。皆でやろうぜ。次の世界は空の先だ。今度は何かを奪ったり戦ったりするためじゃねえ。世界を繋ぎ、互いに分かり合うためだ」
「いいわね、それ」
「ああ。良い目標ができた」
「よーし、みんなで頑張ろー!」
全員が天頂を見上げる。空はすでに宵闇が訪れ、一番星が輝いていた。
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