第14話『君にしか頼めない』

「とまあ、賭けには勝ったけどおじさん優しいからね、君をその店に行かせてあげたい。でもこっちも明日じゃ都合悪いんでねぇ…」



 ダニオンは顎をさすりながらブツブツと言う。賭けに負けたのは事実。ダニオンの言うとおりにするしかない。



「そこでだ、その見張りおじさんもついてくよ。」



 いきなり何を言い出すんだ。一体なんのために。ついていくということは、グラッジ教を、消すのに手を貸すというもの。聖水を無くしたいと以前言っていたが、こちらは聖水に関わった人間を全て殺そうとしている。もちろんそれはダニオンも理解しているはず。それなのに手を貸すだなんて、一体何を企んでいるのか。



「その店が聖水と繋がりなければ手を出すつもりはないんだろ?そんなの俺の加護使えばわかることだ。だから早く行って早く終わらそうよ。」



 一瞬だけだが、ダニオンの表情が冷たいものとなった。しかしすぐにいつもの気だるけそうな表情に戻ったので気のせいだったのではないかと思わせる。

 ダニオンの加護を使えばすぐにわかるというのは、ダニオンが聖水の匂いを知ってるということ。すれ違った人でもその匂いがすれば聖水に関わってるとわかるなんとも便利な加護だ。嗅覚が鋭いだけで何にもできないと甘く見ていた自分が恥ずかしい。



「……それでも、グラッジ教なんかに手を借りることはできない。こちらのことも考慮し提案してくれたのはわかるけど―――」




「それはちがうねぇ。」



 アンの言葉を遮り半笑いでダニオンは言った。




「これは君への提案じゃない。弱者への命令だよ。わかるかい?」



 ずるい大人の顔だ。優しく近づいて逃げられないように縛る。これがダニオンのやり方なのか。それでも負けた自分は何かを言える立場ではない。Noとは言えない質問の数々。



「大人はズルくて嫌いですね。」



 アンは笑顔で言った。ひとまず何も知らないラルクにはグラッジ教の人を見つけたことだけ伝えた。まさかこのドーナツを買ったところだとは思うまい。今夜はその家を見てくると言い、休憩室につながる扉に入っていく。ダニオンは裏口の場所を知っているので、そこで待っていてもらった。できれば逃げたかったが、今後のことを考えるとそれはできない。大きくため息をつき、ジャージ服に着替えた。



「おまたせしました。」



 朝の雨で服が濡れているため今はジャージ。できれば家に帰って着替えたいところだ。

 連れてこられたのは小さな病院。そういえば新聞記者の女の方が切り裂きジャックの件で病院に連れて行かれた。その人に合うのだろうか。シスターのときにしか会ったことがないので、相手はアンだと知らないはず。ダニオンが言ってなければの話だが。



「この姿でいいの?シスターになったほうがいいなら支度するけど…。」



「んにゃ、アンドレッドくんに用があるんだよ。」



 病院の中は少し狭さを感じた。階段を登り奥に進むと病室が3.4個ある。小さな病院、やはり入院できる数も少ないということ。一番奥の病室に入るとそこにはジェニルがベッドに座り本を読んでいた。個室制で、他の人はいない。小さい割にはいいシステムだなと思う。



「先輩、予定通り明日には退院できるって言われましたよ!……てその子は誰ですか?」


 ジェニルは首を傾げ、読みかけの本をおいた。ダニオンの後ろに隠れるようにして立つアンドレッドをまじまじと見た。



「ああ、例のこと彼に頼もうと思って連れてきたのさ。」



 例のこととは一体なんだろうか。何も聞かされず連れてこられたので、頭の上にはハテナが浮かぶが、二人だけで話が進む。



「……いくら私でもこんな子供に頼むなんてできませんよ。プライドが許しません!」



 なんの話かわからないが馬鹿にされているような気がする。こっちも面倒くさいことはお断りである。



「彼女はジェニル、新人記者で土地勘もあまり無くてね。なのに明日から一人で取材しなきゃならいんだよ。だから君にこの街の案内を頼むよ。」



 こちらを向かず小さな声で話した。

 そんな話聞いてない。ただ今日会えば邪魔しないという約束でここにいる。引き受ける必要はない。なぜそんなことをわざわざ頼むのだろうか。



「あんたはどこ行くの。」



「仕事で少しここを離れるんだよ。だからさ君にしか頼めないんだ。」



 ジェニルのことが心配なのか。切り裂きジャックのこともあったし無理もない。それに、親友のエミリオは聖水に侵され殺人鬼となった。エミリオだからそうなったのではない。誰にでも起こり得ること。そう考えれば敵対していてもアンドレッドに任せたほうが一番安全とも言える。



「先輩ってば、無視しないでくださいよぉ。」




 ダニオンは右頬を膨らませ言うジェニルの元へ行き、一人前になってから言うことだなんて冗談交じりに言いながら頭の上に手をおいた。

 どこかで見たことがあるこの景色。捨てた思い出と重ねてしまう。帰ってこなかったこと。もうその手に触れられないこと。全て知っている。



「わかった。やるよそれ。」



 俯きながら言う。ダニオンは少し陰った微笑みを見せてくる。何を思っているのか。何を考えているのか。加護を使わなければ何も知ることはできない。



「ありがとうね。」

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嘘つきシスター 硫咲合歓 @nemu_0201

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