第13話『大人の教え』
お店の中に入るとカーラの母親と目があった。優しい微笑みを見せてくれたが、心の中では違う。この目が無ければこの本性を知ることはなかっただろう。いい意味でも悪い意味でも。
「こんにちわ、ドーナツくださいな。」
アンは微笑みながら優しく言った。カーラの母親も笑顔で応える。
『どこの宗派なのかしら。いやだわ、勧誘かしら。あの子が拒むから他所からやってきたんだわ。』
「あの…やっぱり信仰者が一人でも増えるのは嬉しいですよね?」
カーラの母親は周りの目を気にしながらこっそりと聞いてきた。どこの宗派かはわからないが、カーラを自分と同じところに入れようとしているのだろうか。だとしてもカーラの助けの声と母親の殺意があまり繋がらない。
「そうですね、私たちは自分と同じ信仰者が増えることはとても喜ばしいことです。それは同じ神様に救われるものが増えるということ、神様の偉大さを感じることができるからです。しかし、
神の助けをしたいと言う気持ちもわからなくはないが無理な勧誘は質と民度を下げるだけだ。神だって万能じゃない。両手に収まるだけしか救えない。その手が少し大きなだけ。それなのにあれしてこれしてと期待されて、応えられなきゃ捨てられる。人間は勝手な生き物だとつくづく思う。
「まぁ、信仰するしないはその人の意志であって強要するものではございません。なので、信仰者が増えるのは嬉しいですが、無理な勧誘は控えてほしいですね。」
優しく言ったがあまり理解ができていなさそうだった。カーラの母親はそんなはずない、自分は正しいことをしている、そんな事ばかり考えている。なんだか少しカーラが可哀想に思えてきた。
「ありがとうね、参考にするわ。」
カーラの母親は笑顔で言った。
ドーナツの代金を払い、お店から出ようとする。
「また来ますね。」
お礼を言い、お辞儀をする。その時、カーラの母親の心の声が再び聞こえた。
『グラッジ教に入らないあの子はもう要らないわね。』
聞き間違いではないかと思いカーラの母親を見たが、横にははっきりと文字が出ていた。
『穢らわしい。』
「どうかしました?」
キョトンとしながらカーラの母親は聞いてきた。
「いえ、失礼します。」
いつもどおりの張り付いた笑顔を見せながら
優しい顔して人と接するが、本当の顔はグラッジ教に入らない我が子に殺意を抱いてる。歪んでる。カーラは母親がおかしいと気づいているから誰かに相談できないのだろうか。クラスの中心人物だからこそ、弱いところが見せられない。そういう事なのだろうか。聖水の線はあまり見えないが一応注意しておく必要がある。帰ったらラルクに相談してどうするか決めよう。
アンはずっとカーラの事を考えながら教会に帰った。教会には何人かの信仰者とダニオンの姿があった。何か用があるのだろうか、すぐにでもつまみ出したかったが他の人の目もあるのでその気持ちをぐっと抑えゆっくりと近づく。
「こんにちわ。他の宗派の方がフィオーレ教会に何のようでしょうか。」
優しく、笑顔でを意識しても顔は引きつり怒りマークが出てしまう。敵対しているところに堂々と来るだなんて考えられない。もっとこちらのことを考えてほしいものだ。
「どーも。君に会いに来たよ。」
不敵な笑みを浮かべいった。こっちは会いたくなかったがそんなことは言えず、ありがとうございますと返す。
「本日はいかがされましたか?」
「実は…」
ダニオンが何かを話そうとしたとき、祭壇近くで泣く女の声が響いた。それを
「どうしたんだい、あれ。」
「神様に懺悔しているんですよ。何かあったんでしょうね。貴方も懺悔していきますか?」
ため息まじりに嫌味を言った。よく聞くとラルクの声が聞こえてくる。ダニオンやアンを含めここにいる人全員がその声に耳を傾けた。
「いいですか、貴女が心から後悔し懺悔してるのであれば神様は貴女を許すでしょう。しかしその言葉が偽りであれば、神様は貴女に罰をお与えになるでしょう。一度きりのやり直し、改心し誠実に生きてください。神様は貴女を見ています。」
女性はその言葉を聞くと、感謝の言葉と共に何度もラルクに頭を下げた。そして、何人かと一緒にその女性は教会を後にした。残ったのはシスターとダニオンだけ。
「あんな言葉一つで誰かを救えるなんてシスター様はすごいねぇ。それとも、あのシスターも加護を持ってるのかい?」
「どうでしょうね。用がないならそろそろ教会も閉まる時間ですし帰ってください。」
人が居なくなるとアンの対応が冷たくなった。正体もバレているのだしいちいち偽る必要もない。
「まあまあ、それより甘い匂いがするけどドーナツでも買って来たのかい?ドーナツ好きなんだ。今度差し入れしようか?」
ダニオンの加護は嗅覚が鋭くなるもの。しかし、紙袋の中、包装紙の中、箱の中のドーナツの匂いまで当ててしまうのは少しストーカーみたいで気持ち悪い。本人はジョークのつもりだろうが少しも笑えないのが事実。深くため息をつき、ラルクの方へ歩きだそうとする。
「あぁ、待って待って、悪かった。君に会ってもらいたい人が居てね。この後駄目かい?」
「駄目です。予定があるので。」
即答であった。ラルクにカーラのことを相談し今夜見張りに行こうと思ってたのでダニオンにはついていけない。何よりついて行きたくない。
「冷たいねぇ。じゃあ一つ賭けをしよう、その予定を当てられたら付いてきてくれるかい?」
そんなこと不可能である。今日何をしていたかなんてダニオンが知るはずもない。アンの加護を使えば無理な事はないが、嗅覚が鋭いだけでは無理であろう。
「できるのであればいいですよ。」
「自信あるから言ってるのにねぇ。まあいいや。」
ダニオンは服や紙袋についた外の臭いから繁華街にあるお菓子屋さんに行ったことを当てた。店名は
「店員がグラッジ教だったとか……君はそれについてあのシスターと話す。そして今夜様子を見に行く……どうだい?」
匂いだけでここまで当てられるとは思っていなかった。否、ダニオンは頭が物凄くキレる。だから当てられたのだろう。
「いいかい、戦い事はね勝利を確信した瞬間に自分の負けが決まるんだよ。油断するなってこと。大人の教えだと思って覚えておきな。」
ダニオンは得意げに笑いアンを見た。負けたのは自分だ。仕方ないがダニオンの後をついていくことにした。
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