第12話『神様見捨てないで』

 翌日は雨が静かに降っていた。雨は嫌いじゃない。街の音を消して孤独な空間が現れ、色々なことを考える。学校や教会、グラッジ教のことも。車のせいで飛び跳ねた水が靴下に染み渡り気持ち悪い。傘は肩に掛けて指すので持ち手は雨に濡れ、地面に滴り落ちる。



「おはよー!!」



 雨を吹き飛ばすような元気な声。カーラだ。後ろから走りながらアンドレッドの元まで来て元気にもう一度挨拶をする。水は再び飛び跳ね、アンドレッドのズボンに降りかかる。



「おはよ…。」



 わざとじゃないので文句を言うわけにもいかず、挨拶を渋々返した。カーラの顔は隈が酷く、少しやつれている感じがした。夜ふかしでもしたのだろうか、昨日あったときもフラフラと歩いていたし、目が離せない子だ。うつらうつらとしながら歩くので危なっかしい。車道側はアンドレッドが歩こうと肩を引き寄せ、場所を交代した。その時車が水溜りの上を勢い良く走り抜けたため、上半身にまで泥水がかかってしまった。最悪な日だ。制服は泥まみれ、お洒落に斑模様の形になった。深いため息しか出ない。不意にカーラの方に目をやると寝ながら歩いている。芸当だが、流石に危ないので肩を揺らして起こす。しかし、カーラは起きることなく足から崩れその場に倒れ込んだ。通行人は心配そうにしたり、無関係と無視したり、奇行だと蔑むものもいるが全て横目に過ぎ去る。

 あぁめんどくさい。雨も降っているのに…全く。運ぶのだって大変なのに、こんなので注目を浴びたくないものだ。

 雨の中一人しゃがみ、再び深いため息がこぼれ出た。


 昼休み、給食を届けにカーラが寝ている保健室へ向かった。勿論、担任に言われていやいややっており、自主的ではない。朝、アンドレッドは倒れたカーラを背負い雨に打たれながら保健室へ運んだ。お陰で髪も制服も水浸し。保健室で借りたジャージで今日は過ごしている。



「失礼します。」



 器用に扉をあけて保健室に入っていく。カーラは一番奥のベットを使っている。いつの間にか目をさましたのか、先生との話し声が聞こえた。



「あ、アンドレッド!朝はごめんね!最近寝不足でさ…」



 困ったように笑うので文句の一つも言えやしない。カーラの使っている別途の横にある机に給食のおぼんを静かにおいた。メニューはポトフ中心のご飯である。



「倒れるくらい無理して徹夜してなにしてんの。」



 何気なく聞いてみた。その質問に少し戸惑った様子を見せたがすぐに笑い誤魔化す。



「ううん、バレンタインのデザイン考えてて。夢中になるとついつい明けるまでやっちゃうんだよね。」



 誰が聞いても嘘だとわかる。余程言いたくない何かがあるのだろう。無理に聞く必要はない。何も言わず保健室を後にした。


 結局この日はカーラが教室に来ることはなく授業が終わった。カーラがいないことにクラスメイトは戸惑い心配していた。皆に好かれているんだなと実感した。

 帰宅時間には雨は上がり、太陽が顔を雲の合間から覗かせ水溜りを照らす。半乾きの制服を紙袋に持ち、ジャージで教会に向かう。ジャージは洗って後日返せとのこと。制服はきっと一日では乾かない。明日から何で行けばいいのだろうか。何を考えても気が重い。教会まで足を早めた。

 教会はいつもより物静かで、人の気配すらない。今日は信仰者が少ない日なのであろうか。裏口から入り、休憩室へとむかった。



「お疲れさま〜!」



 休憩室に入るとラルクが満面の笑みで近寄ってきた。何やらニヤニヤとしている。シスターの時は常に加護を使っているため、言いたいことがよくわかる。



「昨日のドーナツまた欲しいの?気に入ってくれて嬉しいけど、今日お金持ってきてないし…。」



 何より他校のジャージであまり彷徨うろつくのは避けたい。



「ううん、違うよ!布教しにね?お願いしようかなぁって。」



 どうやら断られたので別の作戦に切り替えたようだ。布教活動とはグラッジ教がいないか見て回り、聖水による被害を抑えることを目的とし、住民の方々との交流を深める活動である。月に1〜2回程しかやらないが、十分成果は出せているので問題ない。それを今からやってこいというのだ。そしてついでに買ってこいと。

 加護のせいで人の心が読めるようになったため、人が多いところにはあまり行きたくない。勝手に心を覗かれるだなんて普通の人からしたら気持ち悪いであろう。それに、とても煩く目が回りそうになる。



「……わかったよ。行ってくるから。」



 しばらく悩んだ末にその答えに辿り着いた。パシリには変わりないが、ラルクはお店の場所知らないし、気に入って貰えたのが結構嬉しかったりもするし、今は夕方でグラッジ教の信者が油断して尻尾を出しているかもしれない。

 アンが引き受けるとラルクは可愛い笑顔を見せお礼を言う。不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。お金を受け取り、シスター姿のまま裏口から出た。心の声は聞こえず周りに人がいないことが確認でき、こっそりと出ていく。


 街まで出るといろんな声が聞こえた。大体は仕事に対する不満や面倒臭さである。顔と心は反比例で面白い面もあるが、ワンパターンと化してきているのは否めない。繁華街にあるカーラの家のお店"Dolceドルチェ"につくと少し違和感があった。聞き覚えのある声とカーラの声が建物の中から漏れている。店の中に入ると誰のものかはっきりとわかった。


『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』


 受付に笑顔でいるカーラの母親の横には大量の殺すの文字。小さな心の声も耳に入って来る。その優しい笑顔からは微塵も感じさせない心の声。思わずひるんでしまった。遠くから聞こえるカーラの声は助けを呼ぶ消えてしまいそうなか細い声。この家は何かおかしい。幸せな家族像なんてこの家には存在しない。二人の表の顔に騙され誰も気づかなかった。それはきっと神でさえ。



『苦しい…もう嫌……助けて…!神様…見捨てないで……』

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