第11話『意地悪な神様。』

 カーラの家は繁華街の中にある“Dolceドルチェ”という手作りスイーツ専門店2階である。甘い匂いをかぎながら部屋で過ごすことのできる最高の家。匂いも好きだが、スイーツを作るのも大好きなカーラ。いつか両親のような美味しいスイーツを作れる人になりたいと日々夢見ている。そのためにまずは、校内で行われるバレンタイン選手権でクイーンにならなければならない。

 そもそも、バレンタイン選手権とは何なのか。相手が貰ってキュンとなってしまうようなドキドキしてしまうようなものを用意しステージで発表する。参加者は男女関係なく、プレゼントもどのようなものでも可。毎年女子生徒が手作りお菓子を作ってくることが大半を占めており、カーラもその一人である。そして、バレンタイン選手権を優勝したものはキング、またはクイーンとし進路を有利にすすめることができる。夢に一歩近づけるというのだ。

 こんなことを熱弁されてもアンドレッドにとってはどうでもいいこと、勝手にやってくれと思う。カーラの話すことに対して上辺だけの返事を何回か返す。目はショーケースの中のスイーツに釘付けである。バラの形のクリームが乗ったカップケーキ、きれいな焼きめのついた花の形のカヌレ、光る蜜のかかったフィナンシェ。形も色も可愛くきれいで美味しそうである。ただ一つ、名前がオシャレで覚えられる気がしない。更に言えば中学生が買えるような値段はしてない。



「聞いてないでしょ!もぅ…なんか買うの?」



「ん?あぁいや…」



「買うならこれおすすめだよ!値段もそんなに高くないし、見た目もかわいいし、味も美味しい!どう??」



 カーラの言うとおり可愛らしい見た目に、優しい値段。これならラルクも喜んでくれるだろうか。



「じゃあこれくだ―――」



「まった!買うならこの中から好きなのどれか一つ選んでもらうよ。」



 カーラが渡してきたのは一冊のスケッチブック。中には数枚だけスイーツのデザインが書いてあった。色、形、味、材料まで、事細かに書いている。アンドレッドはパラパラとめくりカーラに返した。



「どれが一番良かった?」



 少し緊張混じりに聞いてくる。答えたやつを作るのだろうか。そして選手権に出す…。そんな大役努めたくはない。



「大事なことは自分で決めなよ。一番食べてもらいたいやつはどれなの。その中に無ければ一番いい物は無かったってことだよ。他人が決めた事は自分にとっては正解じゃないんだから。」



 アンドレッドの言葉にカーラは納得したのか小さな声ではそっかと呟いた。



「カーラに付き合ってもらってありがとね、一つおまけしておいたから。」



 会計のとき、カーラの母親がやさしい声でそういった。おまけは嬉しい。カーラのについて来たかいがあったというものだ。その時ふとダニオンの声で"単純"という声が頭の中をよぎる。いやいや、忘れよう。誰だっておまけは嬉しいものだ。



「そろそろ帰る。」



「わかった!ありがとアンドレッド!」



 実際には何もしてないのだが、カーラは笑顔でお礼を言ってくれた。余り経験したことがないのかどこかむず痒い。ラルクは教会にいるはずだ。学校が変わり、道のりが遠くなったのを感じる。アンドレッドは少し足早め、教会へ向かった。


 教会に着き、修道服に着替え休憩室へと入った。誰もいない。ラルクは教会内で信仰者の話を聞いているところだろうか。椅子に座り欠伸を一つ。朝から色々あって大変だった。10分だけと机に突っ伏し眠りについた。


 街中に響くサイレン音、夜空に飛び交うは赤い蛍。赤い月、赤い家、赤い掌。何もかもが赤い。赤くて赤くて吐きそうだ。熱く、赤く光る部屋の中。


―――逃げなきゃ―――


 燃え上がる室内と手についた真っ赤な血。どこへ逃げればいい。廊下を歩けば死体の数々。手足が震えうまく移動できない。


―――誰か、誰かいないの!?助けてよ!!―――


 叫んでも叫んでも声が出てこない。自分の身体なのに言うことを聞かない。炎はそれを嘲笑うかのようにどんどん燃え広がっていく。


―――神様助けてよ!―――


 幼い祈りは届かない。何処を見ても血が流れ冷たい体が転がっている。



「――――!」



 遠くの方で声が聞こえた。扉の向こうから光が漏れている。



「―――ン!」



 声はここから聞こえる。しかし扉を叩いても、押しても引いても開きはしない。声にならない声で何度も何度も助けを叫んだ。



「―――アン!」



「アンってば!起きてよ!アン!」



 身体を揺さぶられ目を覚ますと天井と心配そうに見つめるラルクの顔があった。机に突っ伏して寝たはずなのにどうして天井が見えるのだろうか。ゆっくり起き上がりあたりを確認する。どうやら椅子を4つほど並べその上に寝ていたようだ。



「アン!大丈夫?どこも痛くない?」



「……大丈夫だよ。ラルクが寝かせてくれたの?」



 先程まで夢を見ていたが、あまり覚えていない。ただ、目覚めは最悪である。



「ここに入ってきたらアンが倒れてたんだよ!地べただと汚いだろうから椅子並べて横にしたんだけど凄くうなされてて…」



 顔には大量の汗。鼓動も早く感じた。



「あぁ、ごめんね。少し嫌な夢見ててさ。それよりもラルクにいいもの買ってきたんだ!」



 心配そうに見つめるラルクを元気づけようと、笑顔で机の上においてある紙袋を渡した。



「ありがとう……なにこれ?」



 キョトンとするラルクに開けてからのお楽しみといい、開けるのを急かした。紙袋を開け、包装紙を切れにやぶき、蓋を開ける。そこにあったものにラルクの目はキラキラと輝いた。



「なにこれ可愛い!くれるの?」



「ほら、ラルクに教会の事午前も頼んじゃうからさ。お礼とお詫びにドーナツ買ってきたんだ。」



 そのドーナツは猫や犬などいろんな動物が可愛らしく描かれており、ラルクの心を撃ち抜いた。ピンクや白、青のチョコのおかけでドーナツのもとの色がカバーされ愛らしく見える。



「よかったら食べてよ。」



「うん!ありがとアン!」



 手の震えを隠し笑顔で言った。ラルクに気に入ってもらえてよかった。きっと優しいラルクなら何だったとしても同じように喜びお礼を言うだろう。アンは立ち上がり窓の外の月を見た。



ほーはそーだひょうははへふふっへひっへはほ今日は雨降るって言ってたよはははふ傘ある?」



 両手にドーナツ、口に頬張りながら喋る。何言ってるかわからないが、加護でラルクの言いたいことは横に書いてある。口の横にも欠片がついている。ついついくすっと笑ってしまった。



「もー、ラルク汚いよ。」



 こんなに晴れているのに、月も出ているのに雨降るだなんて信じられない。晴れてるうちに帰れるといいのだが、きっとそれは叶わないだろう。



「意地悪な神様。」



「?なにか行った?」



「ううん、何にも。あ、それ、俺も食べていい?」



 月に背を向けラルクの元まで戻った。二人しかいないこの空間。今だけ少し賑やかになった事が心のどこかで懐かしいと思えた。

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