第10話『早くうち行こ!』

 切り裂きジャックの事件がありグレイアム学園は取材やら謝罪やらで大忙し。生徒からすれば大人の事情で学校に行けない始末。かと言って学習面を怠るわけには行かず、生徒たちは地域ごとに分かれ合同学習として他の学校で授業を受けることになった。良い面は学習面で他の学校に劣ることを防ぐことができる。グレイアム学園はエスカレーター式なので中学受験が存在しない。そのお陰で、自学自習は怠りがちになっている。なので自宅学習は避けたいところだったのだ。一方悪い面は朝が早い。14時から夜にかけて授業が行われるグレイアム学園。一般の学校は朝9時から授業が行われる。この5時間が生徒にとっては大事なのだ。一時的なものとはいえ、朝から学校に行くのはとても大変である。

 アンドレッドも午前中に行っていた教会にはいけなくなり、ラルクに何度も頭を下げた。暇だから大丈夫、予定あるなら仕方ないと言ってはくれるが申し訳ない気持ちは消えない。お礼に何か差し入れでもしようか。中学生のお財布は寂しく高いものは買えないが、ラルクなら何でも喜んでくれる気がした。好きな物は何だろうか。お菓子のほうがいいだろうか。

 ずっと考え事をしながら歩いていると、途中の交差点で信号が点滅しているのに前をフラフラと歩きは渡ろうとしている女の人がいた。別に声をかけて止める事でもない。しかし左側からは止まる気配のない車が走ってきている。アンドレッドは腕を引っ張り女の人足を止めた。丁度、目の前ではスピードを出して車が通り過ぎた。このまま歩いていたら轢かれていたであろう。だが、どんな理由であれ突然見知らぬ人に触られるのは気持ちがいいものではない。すぐ手を離し、"失礼。"とだけ言った。


 ここは【アーノルド中学】、自分らしさを基盤とし自制心を養うことを主としており、学面では申し分ない程の偏差値が出ている。グレイアム学園の生徒はもっと楽そうなところに行きたかったと自分の運を呪った。それはアンドレッドも同じ。

 学園の大きさに慣れているのか、学校はなんだか少し小さく感じた。それでも右も左もわからない校内でアンドレッドは迷ってしまった。教室に向かっていたはずなのに、プレートには図書室と記載されている。反対側に来てしまったのだろうか。もう一度昇降口の所にあった見取り図を見て確認をしよう。



「あ!君!グレイアム学園の生徒だよね?」



 図書室から出てきたのは黒髪でミディアムヘアーの女子生徒。グレイアム学園は男子校だったので、校内で女子生徒を見るのは少し違和感があった。



「図書室に用事?てあれ?朝助けてくれた人じゃん!全然気づかなかった!あのときはありがとう!」



 とても元気な生徒で、少し苦手なタイプである。朝あったときはもっと暗く別人の様だったが、学校に来て何かあったのだろうか。



「私はカーラ、カーラ・ルチャーノ。よろしくね!」



「アンドレッド・フェリックス…。」



 名乗られたらこちらも名乗る他ない。嫌そうな顔をしながら、小さく名前を言った。

 そろそろ教室へ入らないとHRが始まる時間になる。1回昇降口まで戻るのも一つの手だが、せっかくよろしくしたんだ。カーラに聞いたろうが早く着くだろう。



「……あのさ、2年3組行きたいんだけど行き方教えてよ。」



 アンドレッドのその言葉にカーラの表情は更に明るくなった。偶然だね、自分もそうなんだとでも言うかもしれない。人付き合いはあまり得意な方じゃないし、会話のときも大体は聞く方に回ってしまう。それなのにあったばかりの人と話すのは少々至難の業。かと言って沈黙にも耐えられない。そんなアンドレッドの事など知らないのだカーラは手を引っ張りこっちだよと笑顔で歩き出した。



「別に手を握ってなくてもちゃんとついていけるけど。」



「ああ、ごめん。一緒のクラスだなーって思ったらついつい嬉しくなっちゃって。いい友達になれそうだね!」



 教室へ入るとみんながカーラに挨拶をし、カーラもみんなに返した。クラスの人気者なんだとひと目見ただけでわかった。

 2年3組にはアンドレッドを含め5人生徒がグレイアム学園から来ていた。そのうち同じクラスなのは2人。あとの2人は違うクラスの生徒であまりよく知らない。同じクラスとはいえ、挨拶は交わすことなく空いている席に腰を掛けた。



「アンドレッド君、一限目は校内見学するなんだ!よかったら一緒に見て回ろうよ!」



 カーラの主なグールプは男女合わせて5人。その中に混じって仲良く校内見学をしようというのだ。



「いや、それは大丈夫。」



 すぐ断った。アーノルド中学ではただひっそりと静かに過ごしたいと思っているアンドレッドはできるだけ明るいグループから避けたいのだ。しかしカーラは手強く、素直には受け入れない。そこが人気者になれる秘訣なのかもしれない。



「でも命を助けてもらったお礼とかしたいし……!」



 ただ赤信号になって危ないからとめただけなのにそんなことをいうと興味を持った人たちがどんどん集まってくる。てへぺろという顔で舌を可愛く見せてきた。計算高い女だと思った。しかし不思議と嫌いになれない。それがカーラの魅力なのだろう。

 それからというものの、カーラは事あるごとにアンドレッドに絡んできた。休み時間、給食、グループワークときも。なれない学校で楽しいと思えるよう彼女なりに気を使っているのだろう。しかし下校も一緒にしようと声をかけるのは如何なものだろうか。しかもまたグループで帰るのかと思いきや、二人きりだった。帰り道は無言が続く。



「俺に何か用なの?学校で声かけてくれるのはありがたいけど、登下校は流石に一人で大丈夫なんだけど…。」



 切り出したのはアンドレッドの方。カーラは辺りを見渡し誰もいないことを確認すると、顔を少し赤らめ、小さな声を出した。



「バレンタインのお菓子を一緒に考えて欲しいの。」



 バレンタインというのは一般的に好意を寄せている相手にお菓子や花など、プレゼントを贈ったり、祝ったりするイベントである。しかしそれは半年以上後に控えたイベントであって、今から準備しようとする人はあまりいないだろう。



「なんで今から考えるの。バレンタインなんてだいぶ先だけど…。」



「うちの学校のイベントに春のバレンタインデー企画があるの!美味しいお菓子作ってバレンタインクイーンになりたいの!だから皆には相談できなくて……お願い!」



 あぁ、なんかめんどくさそうな感じの話だ。できれば関わりたくないが、公衆の面前で頭を下げられたら断るものも断れない。



「お菓子かぁ…そういうのよくわかんないんだけど。」



「うちお菓子屋さんだから良さそうなの選んでほしいな!そしたら私それつくから!」



 丁度ラルクにお礼の品として何か買っていこうと思っていたので、タイミングがいい。帰りに何か買って帰ろう。アンドレッドはわかったと縦に首を振った。



「だから早くうち行こ!」



 カーラは無邪気に手を引っ張った。

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