第9話『神か人か』

 情報交換なんて馬鹿馬鹿しい。相手が何を考えているがわからないが、する必要なんてない。



「あんたを脅して聞き出すって方が楽そうだけどね。」



 こちらから開示する情報など何もないし、罠という可能性もある。やはり、情報だけ搾り取り殺してしまうのが得策だ。



「単純、て言われたことないかなぁ。君の考えが手に取るようにわかるよ。血の気が多くて困ちゃうねぇ。」



 ダニオンは余裕そうに笑いながら言う。



「俺を殺したら世間に君の教会の秘密が広まるんだよね。勿論グラッジ教にも。だからその選択はあまりおすすめしないな。」



 ダニオンは新聞記者。仕事でカ・クロンテに来ているだけ。消息を経てば誰かが探しに来る。何かしらのデータを残していれば新聞の一面を飾ることができるであろう。自分にとって不利な状況になる。



「なんでグラッジ教のあんたが自分の教会を売るようなことするかがわからない。あんたの目的はなんだ。」



「………聖水。あれは昔からあったんじゃない。最近出始めたんだよ。俺はね、自分の好きなもんを穢されるのが許せないのさ。」



 悲しそうに笑うダニオンの気持ちが何となくわかるような気がした。しかしそうやって同情を煽り信じ込ませようという作戦なのかもしれない。仮にこの話が本当なら聖水を探しているという点では利害が一致する。協力して、聖水の根源を絶とうという話なのか。しかしグラッジ教ということもあってか、ダニオンのことは信用ならない。



「じゃあこうしよう、君が俺のことを信じるまで俺の質問には答えなくていい。勿論、君の質問には嘘偽りなく答えるつもりだよ。それならどうだろう。」



 つまり、アンドレッドから聞きたいことを聞くだけで何も答えなくていい、ただの情報源として自分を使えという。ダニオン側にはなんの得もない。意味がない行動である。



「あんたは一体何がしたいんだ…」



「自分の守りたい物のために動いてるだけだよ。プライドも繋がりも全て捨ててね…。ただ今は、君が望むならなんだってしてあげるさ。街一つ動かすなんて容易い。なんたって新聞記者様だからね。」



 胡散臭い台詞を吐きながらダニオンは不敵に笑う。こちらからの情報は最小限にし、嘘を付かれたら手を切ればいい。これは利用しあう関係なのだ。アンドレッドは仕方なく協力に応じた。



「そういえば、色々と気になってたことがあるんだけど、どうして俺がシスターだってわかったの?」



 まるではじめからわかっていたような態度。ひと目見ただけではそうそう気づけるものではない。



「あーおじさん加護を受けていてね、人より鼻が少し効くんだよ。」



 ダニオンは人差し指で自分の鼻を差しながら言う。臭いで人をかぎ分けたというのだろうか。少し鼻が効くというレベルの話ではない。犬と同じ、またはそれ以上の嗅覚を持ち合わせている。だから二人が同一人物だとわかったのだ。今思うとしらばっくれていた自分が恥ずかしい。



「それと、エミリオって人、友達だったんでしょ。殺した俺のこと恨んだりしないの?」



「………昔のことはもう忘れたよ。」



 ダニオンはそう言うとコーヒーを口に含んだ。悲しい話だ。親友に会いに遠くからやってきたというのに、親友は聖水に溺れ後輩を贄にしようとした。自分を利用していた。そこには友情の欠片もなくあるのはただの欲。しかし誰かを責めることはできない。自分が信仰する教会がそうさせたのだから。

 神を信仰する者はその教えが間違っていても気づかない。価値観の違いとして捉える。殺し合いは無くならない。神の存在は呪いと同じ。囚われ縛られ苦しめられる。だから神は嫌いなのだ。神を信じるこの世界は狂っている。


神か人か、本当に狂っているのはどっちなのだろうか。

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