第8話『情報交換しようか。』

 翌日のニュースではグレイアム学園の国語教師エミリオが切り裂きジャックだと報道された。学校中は大騒ぎ。勿論休校にもなった。しかし、エミリオの生死については一切の報道はなく切り裂きジャックの正体のみがただただ流れている。

 フィオーレ教会は朝から人が沢山来ている。その大半は切り裂きジャックについての祈りである。アンの目がそれをはっきりと映しているので間違いなかった。



「アンの目って本当に凄いよね。私の加護もアンみたいなやつが良かったー。」



 休憩室で足をバタバタとさせながら椅子に座っているラルクがいった。フィオーレ教会にはシスターが4人いて、その全員が何かしらの加護を受けている。

 アンの場合は、人の心が見える加護。何を思っているのか、考えているのかが文字として対象の横に現れ、声として耳に入ってくる。言わなくても、気持ちや考えが表情から読み取れることを"顔に書いてある"と表現するが、まさしく文字通り書いてあるのだ。加護を使っている間は瞳の色が赤く変わる。赤い赤い血のような瞳、穢らわしい色だ。しかしシスターをする時はとても便利な加護であった。懺悔や祈りが口に出さずともわかるので神を信じるものが増えてくるのだ。しかし、赤い瞳は珍しいので普段は使ったりはしない。



「まぁ、人の心が見えたって誰も救えないけどね。ラルクの加護のほうが好きだけどな。」



「そう?ありがと。」



「それにしても切り裂きジャックがグラッジ教だったのはわかったけどそれ以上の情報は持ってなかったよ。」



 アンはエミリオの死体から持ってきた丸の中にバツが描かれているグラッジ教のシンボルを机の上に置いた。首からかけるタイプで紐に繋がっている。



「うわぁ血まみれ…アンのことだから散々痛めつけた後油断した振りして殺したんでしょ…。情報持ってなかった時点ですぐ殺しいいのに趣味悪い…。」



 人を簡単に殺していいというラルクには言われたくないものだ。

 グラッジ教はあまり知られていない新興宗教で、教会もどこにあるのかまだわからない。ただ、グラッジ教が配る聖水を飲むと、辛いことなど忘れることができ、快楽を味わえる。しかしそれは一瞬のこと。時間が経つに効果が切れ再び聖水を求めるようになる。いわば麻薬のようなものだ。聖水を欲っするのであれば神に贄を捧げなければならい。それが狂気的殺人に繋がるのだ。

 正義感でグラッジ教を追いかけているわけではない。これはただの復讐劇。



「そういえば縄鏢じょうひょう洗っておいたよ?」



 縄鏢じょうひょうというのは紐の先におもりのついたアンが使っている打撃武器である。殺傷能力をあげるため紐の部分は擦れると皮膚を切るものに変え、おもりは刺せるように先の尖ったものに変えている。普段は袖の中にしまい、いつでも使えるようにしているが、エミリオの血が付いてしまったため洗ってもらっていたのだ。



「いつもありがとうラルク。本当に助かるよ。」




「いえいえ、どうせ私日中暇でここにいるんだしこれくらい大丈夫よ。ささ、午後から学校でしょ?昨日ギリギリだったんだし、今日は余裕持って行ったら?」



「……うん、そうだね…。じゃあ行ってくるよ。」



 ここにいるシスターは互いの事を何も知らない。どこに住んでて何をしているのか、本名すら知らないのだ。互いに干渉しない、詮索しない。それが暗黙のルールである。

 アンは化粧を落とし白色のゆったりとしたらTシャツに黒いスキニーを履き、青色のベースボールキャップをかぶった。午後は何をしようか、そんなことを考えながら教会を出る。

 出て少し歩いたところにダニオンがいた。まるでアンドレッドを待っていたかのように近づいてくる。教会から出るところは見られていない。一体何の用だろうか。



「どーも、こんにちわ。このあと暇だよね?おじさんと一緒にお茶しない?」



「いえ、忙しいんで失礼します。」



 手をひらひらさせ笑顔で言うダニオンを華麗にかわす。今関わりたくない人ナンバーワンとお茶だなんてしたくない。関わる必要性も無いだろう。アンドレッドは足を早めその場から逃げるように歩き出した。



「昨日はうちの新人が世話になったね。お礼も兼ねてアンドレッド君の話聞きたいんだよ。いや、シスター様。」



 アンドレッドの足が止まった。よりにもよって新聞記者にシスターのことを知られてしまった。誤魔化しが聞くだろうか。ゆっくりと振り返り顔色を伺う。



「あぁ、心配しないで。おじさんのおごりだから。」



 ダニオンは優しく微笑んでいた。


 結局アンドレッドはダニオンのあとをついていき一緒にお茶をしている。小さなカフェの中に入り正面に座っている。コーヒーのいい香りが店内に広がり落ち着いた雰囲気をかもし出しているがアンドレッドは少し緊張していた。ダニオンはコーヒーに砂糖を3つ入れ掻き回している。気を利かせてアンドレッドにはオレンジジュースを頼んでくれた。



「あの、別に俺、あんたの新人もシスターも知りません。けど、俺にあんま関わらないでもらえますか。」



 話を切り出したのはアンドレッドの方。もしダニオンが勘で言ってるのであれば、知らぬ存ぜぬで押し通せるかもしれない。寧ろ好機だと思っている。



「【ローザ教】それが君のところの宗派だね?君の持ってたS字の蛇がローザのシンボルだよね。」



「………ローザ教を知っているんですか…。」



 もう誤魔化すことなんかどうでもいい。ローザ教を知っている人に初めてあった事実のほうが大事である。信徒は殺され滅ぼされた宗教とまで言われたローザ教。他にも信徒がいるのであればぜひとも教えてほしいところだ。



「だってローザ教はグラッジ教の過激派によって滅ぼされたんでしょ。聖水を飲んだ過激派にさ。」



 ただの新聞記者がなぜここまで知っているのだろうか。聖水のことだって表沙汰にはなっておらず、エミリオのような信徒を脅し、心を読み取って存在を知ったのだ。ローザ教の人が他にいたとして、それを知る由もない。



「なんでそんなこと知ってんだって顔してるね。」



 ダニオンはポケットから何かを取り出し見せてきた。やはりはじめから関わるべきではなかったと後悔する。アンドレッドの驚く顔を見ながら優しく笑った。



「俺もグラッジ教の信徒だよ、シスター様。」



 手に持つのはグラッジ教のシンボル。エミリオと同じで首からかけるための紐がついている。



「情報交換しようか。」



 ダニオンの目つきは冷たくなっていった。


 

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