第陸話『買い物』
「うーん!やっぱり凄いなぁ!」
外へ出ると、やはり頼光ははしゃいだ。目覚めたばかりの時は、警察の世話になっていたせいもあり細かくは見れなかったのだろう。今改めて外に出ると、平安の世にはなかった建物、自動車、携帯電話、ありとあらゆる不思議なものが彼の目に飛び込んでくる。彼の時代からあった神社仏閣も、千年の時の流れで変わっているものがほとんどだった。彼が懐かしいと感じ取れるものは、もうあまりないのかもしれない。しかし彼は、そんなことはどうでもいいと思える程の輝きを今の京都に感じているのか、少しの感傷もない様子だった。
「おい走るんじゃねぇ。」
昨日全力疾走(笑)していた晴彦が説得力のない注意をするも、頼光は構わず進んでいく。道の渡り方や車のことは教えたし、いざとなればサヨがいるからまぁいいかと晴彦は思った。
「見失わなきゃいい、か…?」
「あ…頼光が……」
そう思った矢先、サヨが肝の冷える発言をした。冷や汗をかきながら前方を見ると頼光が尻餅をついている。彼の正面には少女が、同じように転んでいた。
「アイツ…!まじかよ…!」
晴彦は急いで彼の元へ走っていく。その顔は、平安脳の彼が自分とぶつかった少女に何をするかわからないが、犯罪はやめて欲しいと切に願う顔だ。
「っ!悪かったなお嬢ちゃん!大丈夫か?」
「晴彦殿?」
自分と少女の間にいきなり入ってきた晴彦に驚いたというふうに、頼光はポカンとしている。
「ええ。大丈夫です。私が余所見をしてしまって…。すみません。」
「え、うん。僕も、ごめんね?」
「ではまた。」
それだけ言って、やたらと落ち着いている少女は歩いていってしまった。見た目は頼光と大差ないのに精神の差が凄かった。
「だから走るなって言ったんだぞ?」
「ごめん〜。でも大事がなかったんだからいいじゃん?」
「そうだけどよ…。もしなんかあったら…」
説得力皆無の説教を晴彦がしていると、前を歩いていたサヨが止まった。
「着いたよ。」
「あ、ほんとだ。意外と近かったな。」
彼らの目の前には、市内でも有名なデパートが空高くそびえ立っていた。晴彦とサヨにとっては何ともないものだが、頼光にとっては違う。彼は建物を見上げ固まっていた。
「頼光〜?生きてるか?」
「……すごいねぇ…。未来すごい…中に入りたい…」
頼光は目を見開いたまま幼稚園児並みの感想を述べた。晴彦に促され、デパートの中に入っていく。
自動ドアにエスカレーター、案内ロボットなど、彼の目を引く世界が彼を包んだ。一歩進むごとに止まっては感動する彼を歩かせようと、晴彦は彼の手を引いた。
「服屋は…ここか。やっと着いたな…」
普段こんな所に来ない三人は複雑な構造のデパートで迷いに迷った。さらにいちいち足を止める頼光のせいで、普通なら十分でたどり着ける場所にある店に行くのに三十分かかってしまった。
「え〜!何ここすごーい!服が沢山あるよ!晴彦殿!服!!」
「ちょっ…お前店で騒ぐなよ。他の人の迷惑だろ。」
沢山の服が並ぶ店内で興奮する頼光を、晴彦は無駄だと察しながらも注意する。周りの客がこちらを見てクスクスと笑っているのがよくわかる。
「あっ!晴彦殿、僕あれしてみたいな〜。」
「あれ?」
あれってどれだよと彼の目線の先を見ると、【Tシャツデザイン 一人百円!!】と大きく書かれた立て札があった。百円とかいくら何でも安過ぎだろうと思うが、安いことはいい事だ精神の晴彦はあっさり承諾した。ちょうど人も少ししかいなく直ぐに順番が来た。
「ここに好きなように描いてね〜。」
「うん!ありがとう。」
店員から半袖のTシャツを受け取り早速作業に取り掛かる頼光。それを見ていた晴彦とサヨはどんなものを描くのだろうかと予想をたたていた。
「なぁ、どんなん描くと思う?」
「源頼光…だから、『鬼殺』とか源氏の家紋描くんじゃない?」
「鬼殺か…。なら『蜘蛛滅』とかもあるかもな。」
「どれにしても独特だね…」
「晴彦殿!サヨ殿!終わったよ!見てみて!!」
二人が好き勝手言っているうちに作業を終えた頼光が出来上がったばかりの服を着て戻ってきた。
「おお。どんなのかい…」
「晴彦?どうし…」
二人は一瞬怯んだ。頼光のTシャツには『源氏万歳』という言葉が力強くも達筆な字で、大きく書かれていた。
「源氏万歳…」
「裏はうちの紋だよ〜!」
「源氏…」
源氏まみれのシャツを作ってくるのは少し想定外だった。平家好きな人に攻撃されそうな服だ。
「まぁいいか…。じゃあ他のも決めちまうか。好きな服持ってきな。」
「うん!」
店の奥へ歩いていく頼光の背中を見ながら、晴彦とサヨはどんな物を持ってくるかまた予想をたてていた。
「ねぇ、どんなの持ってくると思う?」
「世紀末ジャケットとか海パンとかじゃね?どっちみち、もう何が来ても驚かねぇよ。」
「確かに。予想の斜め上を行くってことはもうわかったしね。」
「何の話?」
「おぉう…お前か…」
話し合う二人の後ろには、いつ戻ってきたのか、頼光が不思議そうな目で二人を見つめ立っていた。
「別に。それより選んできたのか?」
「うん!面白いものがいっぱいあったんだよ!」
「ふーん。どれど……………」
晴彦は絶句した。なぜなら、頼光が持ってきた服は、白い全身タイツの股間の位置に白鳥の首がついてるものだったからだ。他にも、ワンピースやミニスカがあったらしく、サヨがそれを見て顔を顰めていた。
「流石に斜め上行きすぎだろう…ていうかよく置いてあったな…」
「頼光…僕は、先人を女装させるなんてできないよ…」
予想の斜め上どころか上に行き過ぎて後ろに飛んで行った服選びを見て、もう頼光に服を買わせるのはやめようと二人は誓った。
「もう俺らが選んでくるわ。」
「え…ちょっと〜、これは〜!?」
「はいはい。ほら来てよマネキン。」
「!?まねきんって何!?怖いよサヨ殿!痛い痛い!そこ髪の毛!晴彦殿助けて〜!!」
メンズファッションのコーナーに歩いていく晴彦の後ろを、頼光の髪の毛を掴んだサヨが着いて行った。頼光はサヨに引っ張られて床を滑っている。
サヨは、頼光を試着室に押し込み歩いている途中に見つけた服を着せていく。
「いやああ!!サヨ殿のエッチぃ!!!」
「うるさい。」
試着室の中から断末魔が聞こえるのを、晴彦は外から服を選びながら聞いていた。
「何やってんだアイツら……。……!?」
不意に、声が聞こえなくなった。不思議に思った晴彦が試着室の方を見ると、なにかふわふわしたモノが試着室の天井から出ていた。よく見るとそれは、アニメや漫画で表現されるお化けの形のような、崩れた雫形をしている。
「なんだあれ…。幽霊…?怖…」
暫く見ていると、その形もはっきりしてきた。上の方に、髪らしきものが現れた。その、真ん中の髪が一部右に流れている前髪には見覚えがある。さっきまで一緒にいた、源頼光の髪型と一緒だ。
「よ…頼光…?」
「セイメイ…ドノ…タス…ヶ…」
「ぎゃぁあ!?頼光の魂じゃねえか!!」
「人の嫌がることをするな。成仏したらどうするんだ。」
「………ごめん…」
あの後、晴彦は二人を抱え、周りの痛い視線を浴びながら猛スピードで商品を購入し帰宅した。今、彼の目の前には額にたんこぶの出来たサヨが正座をさせられている。
「頼光、ごめんね…ムキになりすぎた…」
「気にしないでよ!僕の為を思ってくれたんでしょう?お陰でいい感じの服も買えたし。落ち込まないでサヨ殿?」
「頼光って、優しいね…」
晴彦に叱咤されたサヨも頭が冷えたようですんなり頼光と仲直りした。あのサヨがムキになる服を選んでいた頼光は、サヨが見繕った服が気に入ったらしくそれを着ていた。
源氏Tシャツに黒いパーカーを肩掛けし、長ズボンを左足だけ捲っている着合わせは、その辺の映画監督にも見えるが似合ってるから良いのだろう。
「にしても全員白シャツに黒い上着って…」
「いいじゃんおそろい!僕達が仲間って証だよ!ねえ?サヨ殿!」
「えっあぁ、そうだね…お揃いだ…」
共にあることを決断したかのように、色も形もそっくりな服を着た三人の笑い声が、事務所の中に響いた────
怪忌話譚 捨丸 @Sute_Marinu
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