第伍話『朝』

「晴彦殿〜!おはよ〜う!!」

朝、晴彦達が住む事務所兼自宅に、今までにはなかった明るい声が響いた。声の主は平安に世を生きたとされる武士、源頼光。何故かはわからないが、現代に蘇ってしまったらしい。

彼が晴彦の寝室へ声高らかに侵入すると、そこには膨らんだ布団一式。晴彦はまだ寝ているらしかった。

「晴彦殿起きてよ〜!服買ってくれるんでしょ?起きて起きて〜!お〜き〜て〜る〜ひ〜こ〜!!」

頼光がいくら呼ぼうが、晴彦は一向に起きる気配がない。

「起きないの…?」

ずっと寝ている晴彦に痺れを切らしたのか、頼光は刀を出し抜刀した。

「晴彦殿…起きてよぉ…」

「………ぁ…?」

布団の中から微かに晴彦の声がした。起きたばかりの晴彦は、頭が覚醒しないまま布団から顔を出した。ふと上を見ると、そこには抜き身の刀を持ち、冷たい目を自分に向けている少年の姿があった。

「うわっ!なんだよ!?」

「晴彦殿!やっと起きてくれたんだね!服買ってくれるって言ったじゃん!」

頼光の言葉に、そんな事もあったかと昨日のことを思い出す。晴彦は重い体を起こし布団から出た。

「てか今何時だよ…。店開いてねえだろ。」

「今はお昼だよ。晴彦、寝すぎ。」

部屋の外からサヨの声がした。その声はいつも通り平坦だが、心無しか呆れたように聞こえる。それもその筈。九時には起きる晴彦がこの時間まで寝ている事は初めてで、しかも毎朝起こしているのはサヨ。起こさなかったらここまで寝ているのかと思った。

「悪かったって。着替えたら出掛けるからよ、お前も普通の服着ろよ。俺の貸すからさ。」

「はーい!」

冷たい目を向けるサヨに謝り、狩衣で出掛けようとしていた頼光に自分の服を貸し、晴彦は身支度を始めた。

「……頼光、法律とか教えた方がいいよな…」

支度をしながら、晴彦は先程のことを思い出していた。例え直ぐに仕舞えるとしても、あんなに人に刀を向けていたらいつか本当に捕まってしまう。そうなる前に、一通りの法律は教えておこうと決意した。

「てーるひーこ殿〜。終わった〜?」

「早いな。あと十秒待て。」

余計、とは言えないが、そんな事を考えていたら、洋服を身にまとった頼光がやって来た。早く来たのは予想外だが、晴彦もほとんど準備は終わっていた。あとは少し長い横髪を止めるだけだ。

「…あれ?三つ編みなんて出来たのか?」

昨日もさっきもただ結んでいるだけだったのに、いきなり三つ編みになっている頼光を少し不思議に思った。

「あぁ、これ?サヨ殿がやってくれたんだ〜。」

頼光の隣を見れば、櫛を持ったサヨがドヤ顔をしていた。彼の器用さには感心するものがある。

「すげぇな。っと、もういいぜ。」

そんな事を駄弁っているうちに、晴彦の方も完璧に出かけられる状態になったようだ。普段は寂しい財布にある程度現金を入れ、ポケットの中にしまう。いつでも大丈夫な様子だ。

「うんうん。それじゃあ行こうか!」

そう言って、頼光は勢いよく玄関の扉を開けた。

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