師匠


 偽物……へぇ。偽物だったのか〜。


「偽物なのですか!」


 あ……まずい。ここは冷静に『やはり……』とか言う場面だった。驚いて大声で尋ねてしまったのは失敗で、自分が事情を知らないと伝えてしまったに違いない。


 和室に静寂が訪れる。


「……私が盗み出したのは偽物だった。と?」


 確認するように聞き直す。


「えぇ。偽物ですよ」


 アッサリとした話し方でサラッと言われ、傷ついた一方、今夜犯した罪が思っていたよりも遥かに軽い事に安心している自分がいて情け無い。


「どうして偽物を……」


「盗むよう依頼したのかって?」


「はい」


 彼女の方が上手うわてだなぁ。会話で先手を取ることができないし、何より肝心なことを言ってくれないままだ。


「あの人はお茶目でね、イタズラ好きなの」


 あの人……ミシェル氏のことか?


「あの人は今回のオークションで実験をしたのよ。落札された【雪の雫】を日本に届けるときに偽物にすり替えたの」


「…… 一体どのような目的で?」


 話が見えない。

 わからないことばかりだ。


「あの人の口癖でね、『宝石の輝きは誰にでも見えるものではない』ですって」


「はぁ」


(何かコメントしろ僕!)


「だから試したの。日本人は駄目ね。前評判ばかりに左右されて。偽物だと指摘した人は一人を除いていなかったわ」


「僕もその騙された一人ですか?」


「そうではなくて?」


「………」


(そうです!すみませんでした!)


 小馬鹿にされ、脳内で開き直ってしまったが、何故【雪の雫(偽)】を回収する必要があったのだろうか。


「でもね、篠宮と名乗る男性が電話をしてきて突然『交換していいか?』なんて聞かれたの」


 シショー。ナニシテルノ。


「どうしてか聞くと『試験だ』と言って、【雪の雫】のすり替えを貴方に依頼するように頼まれたの」


「そうですか……」


「話を持ち掛けられて、夫が面白そうだと引き受けたのよ」


 犬歯を覗かせながら話す彼女は楽しそうで、彼女の夫には少し呆れ、師匠は恨めしい。全ては師匠の掌の上か……気が滅入るなぁ。


「それで僕に依頼を」


「そうよ」


「そうでしたか……」


「満足したかしら?」


 彼女は嬉しそうに話す。

 これで聖夜の冒険は終わり。

 きっかけは師匠の差し金でも、

 僕にとっては一世一代の大仕事。

 記憶に残る一晩だった。























「それとこれ」


 差し出されたのは一枚のチケット。


『12月25日 AM 6:38 発 羽田―パリ』


 見るからに航空機のチケットだ。え?


「篠宮さんから伝言よ。


『未熟者が。外堀冷めるまで高飛びしろ』


とのことよ。優しい人ね、最後まで気を遣って」


 え?












 12月25日 AM 7:20


 日本は後ろに

 そして『さようなら』



 え?





Fin

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僕は聖夜に空を舞い 南総 和月 @Nansou

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