正体
「聞きたいことというのはそれだけ?」
言葉とは裏腹に彼女の目は一層警戒感を増し、僕がどうして興味を持ったのかを読み取ろうとさえしている。
「そんなこと、時価70億円以上の宝石よ。手に入れたいと思ったから依頼したに決まっているじゃない」
凡庸、余りに独創性に欠ける回答だった。
「本当でしょうか?」
「もちろん。嘘をついてどうするのよ」
「僕には貴女が真実を告げているとは思えないのですよ」
そう。彼女にはいくつもの不可解な点があった。
僕のような専門外の人間に世界屈指のダイヤの盗みを依頼すること自体が怪しいが、彼女という存在も厚いベールに包まれている。いや、いた。
「佐藤さん、いえ、ミシェル夫人」
初対面の時から彼女の年齢の推測は当初60代だった。しかし所作や歩き方、話し方を前にすると30、40代ではないのか、老けているように化粧をし、装っているのではないかと感じ、佐藤千恵という女性を調べた。
「佐藤千恵というのは偽名ですね。貴女は【雪の雫】の持ち主であった宝石商 エミール・ミシェル氏の奥方でいらっしゃる」
「…………」
「宝石をオークションに出品した方の家族がどうして盗み出す必要があるのでしょうか」
「…………」
「話しては頂けないと……」
(…なんか話して欲しいんだけど!)
時間は無く、ネタ切れ間近。こちらとしては夫人から聞き出したいのだが、何も話してくれない。依頼人が話してくれないと何もわからないのだ。
『あくまで私の想像ですが』とか言って、ペラペラと謎解きをしたい…でも、出来ないのだから仕方がない。彼女の薄い唇から言葉が発せられるのを静かに待つ。
待つ。
ただ待つ。
ひたすら待つ。
永遠に続くかと思った時間は一言で切り裂かれ、終わりを迎えた。
「偽物よ」
へ?
「偽物なの」
え、何?いきなりなんなの?
「貴方に盗み出してもらった【雪の雫】は偽物なの」
は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます