第4次火星圏防衛作戦 3

半年前 仮想西暦2185年8月1日


 地球人類が、史上初めて接触した異星人たちは、5隻の探査船でやってきた。

 最初に言葉を交わしたのは、木星圏開拓の拠点であるスペースコロニー『アカデメイア』に派遣されていた国連組織『国際救難支援医師団(略称IRSMイレサム)』の医師と看護師たち。彼らの医療従事者ならではの倫理的振る舞いにより、最初の接触は平和的に行われた。

 来訪者たち/『イーディア帝国軍、他銀河調査隊』を自称した彼らは、彼らの言葉で『シャーナ』と呼称される太陽系とよく似た環境の銀河にある、惑星イーディアから、開発されたばかりのワープ技術のテストもかねて、異星文明との接触を試みるべくやってきたという。


 この未知との遭遇に、地球では一部混乱が見られたものの、アカデメイアの『IRSM』職員たちがイーディア本星を訪問し、その記録映像と共に無事帰還したことを受けて、一気に友好ムード一色となった。

 そして、最初の来訪から2週間後。地球・国際連合代表団とイーディア・帝国議会代表団との初会合が、木星圏のコロニー『アカデメイア』で執り行われた。


 しかしその日、それぞれの護衛として同行してきた双方の艦隊によって、今日まで続く戦火の火蓋が切って落とされてしまう。


 きっかけは、代表団の会合にあわせて設けられた親睦の場での、ちょっとした意地の張り合い。双方の兵士から腕試しを望む声が挙がり、コロニー周辺宙域で始まった演習だった。

 ロックオンされれば撃墜判定というルールで行われたはずの親善試合の最中、実弾が放たれてしまったのである。

 それも、お互いから相手に向けて十数発。


 結果、両軍兵士の間で疑心暗鬼からくる混乱が発生。本当の戦闘が始まってしまった。


***** 

現在 2186年2月15日 国際標準グリニッジ時間 午後10時40分

火星圏~地球圏 とある宙域


『・・・およそ20分に及ぶ混乱の結果、地球側は艦艇40隻中21隻、艦載機54機中33機、イーディア側は艦艇46隻中17隻、艦載機70機中41機を失い、双方合わせて1,618名が死亡する大惨事となりました』


「・・・」


 予備電源で生命維持機能だけが作動しているコックピット内。

 暗闇を嫌った俺は気休めの光源として、持ち込んでいた情報端末で動画データを閲覧していた。


『双方の代表団によって停戦命令が下されたものの、この『本気の模擬演習』事件からわずか4日後、地球とイーディアがほぼ同時に宣戦を布告。この時、国連での臨時議決では、日本とスイスを除く全加盟国が、開戦に賛成しました。そして、事件から1週間後。ファースト・コンタクターであり、中立を宣言していた『International《国際》 Rescue《救難》 Support《支援》 Medics《医師団》』が仲立ちとなり、『地球・イーディア間の戦争における交戦規定に関する条約』が締結。交戦時の記録義務、核弾頭など特定兵器の使用禁止、軍事拠点以外の場及び双方の本星への攻撃禁止、捕虜の人道的取り扱い、などを順守することが課せられました・・・」


 内容は、開戦から1か月後に制作された報道番組のワンコーナー。

 10分足らずのこの映像をリピート再生しながら、ぼうっと眺めて時間をつぶしている。


「そしてこの交戦規定は、アカデメイア内の『IRSM』支部にて両陣営代表者の調印によって成されたが、その時アカデメイアは大規模な磁気嵐の直撃を受けていたため、『台風条約』とも呼ばれている・・・はぁ」


 暗い中で見続けていた為、眼球が限界を迎えた。

 俺は懐中電灯代わりの端末を手放すと、ぎゅっと瞼を閉じて、シートを倒す。宇宙で遭難した時、エコノミークラス症候群を防ぐための機能だ。


 もう涙は止まって・・というより枯れ果て、ヘルメットに溜まった水分は、バイザーを開けて機内に撒き散らしていた。

 とりあえず、どうして自分と敵のパイロットが一緒に救助され、運ばれているのかは理解した。


 だが、宇宙人が居たという喜びが、侵略者が来たという敵意へ変わってから、およそ半年。開戦以前からの顔見知りを初めて失うという一番辛い経験からは、そうそう立ち直れるものではない。


 それでも、と俺は自分を無理やり蘇生させようとする。見知った顔以外では、共に戦列に加わった者が死ぬのは、今回が初めてではなかったから。


彼らの分も生き、そして早期に終戦を迎える。その思いを杖として立ち上がってきた。・・・のだが。


<<<ホーク>より『ウタゲ』へ。要救助者2名と共に着艦する。<ハープ>が連れてるカスミ君はかなりボロボロだから、格納する際は注意してあげて>>


<<『ウタゲ』了解。<デネブ>もすでに帰投済み、貴官らを収容次第ワープに入る、との事>>

「(この人たち・・・何者なんだ?)」


 <ホーク>とその母艦のやり取りを聞きながら、俺の中で疑念が膨らむ。

 彼らは正規の軍人じゃない。直感がそう告げていた。

 大破した味方機へ銃を向ける敵が居たら、俺ならすぐにコックピットを狙う。だが彼らは、わざわざ武器と頭部だけを破壊し無力化したうえで、機体を誘爆させないように動力源を潰して沈黙させた。


 コンマ一秒が惜しまれる戦場では、異常ともいえる行動だ。


<<・・ン、カスミ・クオン!応答がないぞ、酸欠でも起こしたか?>>

「っ!・・・あ、すいません、大丈夫です」


 <ハープ>からの呼びかけで、俺の意識は現実に引き戻される。


「これより着艦ですね。<ミスト>了解」

<<OK、まぁ心配しなくても、君はサクr・・・もとい<ハープ>がきっちり連れて行ってくれるよ。それじゃ、お先に失礼>>


 そう返してきたのは<ホーク>。彼女の機体は俺のすぐ近くに居た様で、通信の直後、小刻みな振動を感じた。


「・・・今、サクラって言いかけた?」


 <ハープ>の本名だろうか?だとすれば、俺を連れ帰ってくれたこの麗人は日本人?


 だが、JDFの<アクィラ>も<リィラ>も、塗装は全て青と定められており、例外はない。他の軍との誤認を防ぐための措置だ。(同じように、アメリカ軍なら銀、中国軍なら赤と、機体の色でどこの所属かはっきり判別できるようになっている)。

 だが、蒼と紅の2色を使っていたり、金色一色という国を俺は知らない。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、俺は約2時間の漂流を終えた。


*****

午後11時5分

火星~地球間 とある宙域 兵装実験用軽巡洋艦『うたげ


<<JDFの<アクィラ>、コンディションは大破!パイロットは生存!!>>


<<・・・救命班!2番ハンガーへ急行されたし!!・・・繰り返す!収容される機体は、<アルタイル>、<ベガ>、<J-A82>・・・>>


 沈黙していた無線機が、慌ただしいやり取りを拾い始めた。短距離通信の圏内、収容される艦から半径20m以内へ入ったのだろう。


「・・・アルタイルにベガって、あの2人の機体、だよな?」


 通信の中に出てきた自分以外の機体名に、ふと引っ掛かりを覚えた俺は、首をかしげる。


『アルタイル』はわしアクィラの、『ベガ』は琴座リィラの一等星(一番明るい星)の名だ。先ほどの無線では、この2つと共に夏の大三角を形成する、白鳥座キグヌァスの『デネブ』の名も聞かれた。

 そして、<アクィラ>は俺が乗っているこの特機の、<リィラ>は戦闘機のコードネームとして使われている名だ。

 察するに、『アルタイル』『ベガ』は特別な改装を施した機体なのだろう。

 しかし・・・、


「ハープは琴だけど、ホークはワシじゃなくてタカだったような・・・」


 二人のTACネームについて考えてみたが、機体が固定された衝撃を感じ、思考を中断する。


<<こちら巡洋艦『うたげ』のハンガー・メカニック。<J《ジェイ》-A《アルファ》82《エイティトゥ》>、ようこそ当艦へ。そしてお帰りなさい。10秒後に格納が完了します。空気は有るので、ヘルメット無しでも出られます>>

「<J-A82>、了解。ありがとう、メカニック・・・(『宴』?やっぱり知らない艦名だな)」


 礼を言って無線を切った俺は、ヘルメットを捻りロックを外すと、放るように脱ぎ捨てた。水滴が拡散し、軽く汗ばんだ前髪が垂れてくる。

 モニターが全滅している所為で、この機体がどう扱われているのかは解らない。

 だが、メカニックの声を聴いたおかげで、俺はようやく生き残ったという実感を得られた。

 そのあとすぐに、外からガシャンという音がすぐ外から届く。搭乗用のスロープが、ハッチの前まで伸びてきたらしい。

 シートベルトを外し、軽く関節や筋肉をほぐしてから、俺はハッチを手動に切り替え、押し開ける。


 外から差し込む光に目がくらみ、明順応が終わるまで数秒待ってから出る。

 そこは俺の母艦である「とらふす」と同様の格納庫だった。機体を長方形のフレームに固定し、平時は壁を背に並べ、出撃する際はフレームごとエアロック経由で外のカタパルトに出す、という仕組みだ。

 スロープへ降り立つと、周りにはメディカルスタッフが待機しており、医療キットを手に寄って来る。

 心なしか、その表情に焦りが見られた。


「香住2尉、お怪我は?」

「いや大丈夫。中は計器に火花が散った程度だったから・・・うわぁ」


 スタッフに無事を伝えながら、俺は<アクィラ>へ振り返り、絶句する。

 卒業式で支給されてからの3年間、戦場を連れ添った愛機は頭部が吹き飛び、左腕は肩口から失われ、両足も膝から下が消えている。胴体の装甲板には、敵味方双方の機体の破片が、無数に突き刺さっていた。

 さらに観察すると、破片の一つはハッチのすぐ横、コックピットに酸素を送る管のすぐ横を深くえぐっていた。数㎝ずれていれば、俺は宇宙で窒息死していただろう。


「改めてみると、手ひどくやられているなぁ」

「まったくだ。私たちのレーダーが捉えなければ、お前の命はあそこで終っていたぞ」


 聞き覚えのある、男勝りな女性の声が、背後から聞こえた。

 振り向くと、黄色い宇宙服に身を包んだ、朱の入った金髪ロングヘアーな女性がこちらに向かって跳躍し、俺から1メートルほどの所へ降りる。左隣に収容された<リィラ>のパイロットらしい。

 命の恩人である、自分よりやや年上の麗人に、自然と頭が下がった。


「あなたが<ハープ>ですか?助けてきただき、ありがとうございます」

「礼を言うならヤツ《・・》に言え。私は、勝手に突っ込んで行ったアホウのサポートをしただけだ」


 黄昏髪の麗人はそう言うと、俺の背後を、手に握ったヘルメットで指した。

 振り向くと、一番奥に腕が2色で塗られた<ホーク>のアクィラがほとんど無傷で鎮座し、その手前、俺の機体の右隣には、片腕と頭を失った敵機が、大勢のスタッフに取り囲まれている。

 背中の動力ユニットは収容前に外されたらしく、青い機体はより細長く、引き締まって見えた。


「はいは~い、みんな~。念のため距離とって~」


 なんと、敵機の胸部に寝そべりながら、声を張り上げ人払いをする女性がいた。炎のデザインが施された黒地の宇宙服に身を包み、黒髪のポニーテールを後ろに靡なびかせている。そしてなぜか、顔の上半分が隠れる紅い金属製のアイマスクをつけている。


「あれが<ホーク>・・・あれ?どこかで・・・」


 その姿と声に、どこか既視感を覚えるオレの視線の先で、彼女は周囲のスタッフが遠ざかったのを確認すると、自分は警戒することなく敵機の胴体部分、コックピットハッチにゴロゴロと転がって近づいていく。


「彼女、銃も持たずに!?」

「まぁ、黙ってみていろ」


 俺は<ホーク>の無警戒な行動に慌てたが、それと対照的に、隣に佇む<ハープ>やその他のクルーたちは、慣れた様子で静観している。

 そして、この場の全員の注目が集まる中、彼女は敵機のコックピットハッチに手をつき、のんびりした声で、中のパイロットに語り掛ける。


「イーディア軍の兵士さん?カメラモニターとマイクで認識できていると思うけど、こちらはあなたに危害を加える気はないよ~。『交戦規定』に基づく適切な処置を約束するから、降りてもらえない?」


 <ホーク>が身の安全を告知した事を理解したようで、「口」型に閉まっていた敵機の胸部が「品」型に開き、中からパイロットが現れる。


「あれが・・・イーディア人?」


 これまでイーディアの機体や艦艇と戦ってきたが、それを操るパイロットを生で見るのは、これが初めてだ。

 ファーストコンタクトとなった敵の姿は、サメ肌のような質感の、濃い青紫色のパイロットスーツに身を包んでいること以外、俺達と変わらないように見える。


「・・・隣の、<二色ツーカラー>のパイロットは貴女か?人道的な扱いは感謝するが、なぜあの場で殺さなかった?」


 イーディア人が、目の前に立つアイマスク姿のパイロットに問いかけたその声は、数m離れた俺にも聞き取れた。

 俺が抱いていたのと同じ疑問を投げかけた敵兵に、<ホーク>は笑いをかみ殺しながら答える。 


「鹵獲した時にも言ったじゃない。すでに戦闘は終了していた、だから助けた。私たち、正規の軍人じゃないからね。そもそもイーディアに敵意なんか持ってないもの」


 それを聞いたイーディア人は、絶句した様子だった。

 が、やがてヘルメットの中から、くつくつと笑い声を漏らし始める。


「貴女のような酔狂な者は、我がイーディアの臣民にはいないだろう。名前を聞いておきたい。私は・・・」


 そして敵兵は、それがイーディアの礼儀なのだろうか、ヘルメットを脱いで名乗る。

 その瞬間、今度は俺だけでなく、ハンガーにいたクルーたちまでもが、驚きの声を上げた。


「私の名は、ラトゥーラ・トイライデ。イーディア帝国空軍、独立第三遊撃隊隊長だ」


 ヘルメットの下から露わになったのは、褐色肌に赤い長髪。


 敵のパイロットは、“女”だった。

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ステイルメイト~黄昏の騎士と暁の戦士~ ミズノ・トトリ @lacklook

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