第4次火星圏防衛作戦 2
2186年2月15日 国際基準時間 午後10時
火星圏 デプリ宙域
開戦から1時間が経過した。
予想外な敵の奇襲によって、作戦の前提が瓦解した地球連合軍は、前衛部隊壊滅を確認すると同時に即時撤退を決定。
会敵直後の混乱を乗り切ったものの、隊長を喪った俺達の小隊は、同じく生き残っていた別動隊に編入され、前衛の生存者たちを援護し逃がす殿部隊として、鉄火場へと突入した。
しかし駆け付けた宙域は既に、相手を1機仕留めれば此方も1
俺たちはひたすら、孤立しない事と敵の弾に当たらない事の2つだけを考え、組んでは散りを繰り返す。それでも原隊の僚機2機は、突入から20分もしないうちに討たれた。
俺も、出撃時に装備していた60発入りのライフルは直ぐに使い切り、
やがて、無事に離脱できたのか、それとも墜とされ尽くしたのか、損害報告と救援要請ばかりが流れていた通信機が沈黙した。
だが、味方の安否を気遣う余裕は、今の俺にはない。
「・・・くっ!こいつ、手練れだ!!」
背後から前方へと、不規則にビーム弾が追い越していく中で、歯を食いしばりながら、操縦桿をガチャガチャと動かす。千切れるかと思うほど捻り続けた手首は、もはや痛みすら感じない。それでも、後ろからの攻撃に当たらないので精一杯という窮地の中に俺はいる。
今この宙域、残骸が無数に漂う沼の中にいるのは、俺と後ろから迫る敵の2人だけ。援護してくれる味方はいない。
半径3km圏内を索敵できるレーダーは、砂嵐が埋め尽くし使用不能。原因は、敵味方双方が後先考えずバラ撒いた
「(・・・もう、帰れないな)」
燃料の残量を見ながら、心中で呟く。交戦している間に、自分がどこにいるのか判らない遭難状態に陥る。
最後に味方を見たのは10分前。俺と同じく元の隊から
「くそっ、この軌道ならどうだ!?」
右へ左へと大きく『∞』の軌道で2度避け、相手の目を横に誘うと、『し』の字を逆書さかがきする軌道で、大きく上へ反りかえるようにブーストを吹かす。
結果、<ヤツ>は俺の股下を突き抜け、機体の全身がメインカメラに捉えられる。
折り紙の兜に奴っこさんの脚を繋げた見た目の<ドーレヴ>と全く異なる、スラリとした完全な人型。速度も段違いに速く、<ドーレヴ>を軽く振り切れる<アクィラ>が食いつかれている有様だ。
しかも、それを駆るパイロットの腕もすごい。俺や味方機の攻撃が、掠りもしなかった。高速である為に、僅かな挙動でも機体が大きく振り回され、照準が追い付かない為だ。
一撃離脱の攻撃パターンを繰り返し、非常識な速さとジグザクな軌跡でありながら、その動きは完全に計算・制御されたもの。・・・一言で言い表せば、『稲妻』。
今も、俺が上に逃げた直後、機体をドリルのようにに回転させ、螺旋軌道で『C』字を描きながら、こちらに直上から反撃してきた。速度を落とさず索敵と旋回でき、かつこちらに狙いを付けさせない動きだった。
そして一発も撃てないまま、再び攻守が入れ替わり、俺は逃げの一手を余儀なくされる。
バケモノじみた駆動に、スラスターがオーバーヒートするのではと、持久戦を持ち掛けたが、結果は現在のこの状況。どんなカラクリがあるのか、攻略法を模索する暇すら与えてくれない。
「帰れないなら、せめてっ、こいつだけでも!!」
すると、神か仏か、もしくは宇宙に居るナニカがその決意を汲み取ってくれた様に、腹をくくった俺の目前に巨大な影が現れた。
甲板の滑走路部分を僅かに残して轟沈した、味方の空母の残骸だった。
『香住、お前は速度を出すと安定性に欠くが、その分急な方向転換が上手い。速さよりも立ち回りを武器にしろ』
3年前、卒業式で言われた教官の言葉が、頭の中に浮かんだ。
「速さよりも・・・立ち回りっ!」
ちらりとレーダーを見れば、砂嵐が和らいでおり、彼我ひがの距離を教えてくれた。
およそ50m。
反射的に、ブレーキを一気に踏み込み、操縦桿を右にきつく傾ける。そして、強いGを身体に受けると同時に、今度はアクセルを限界まで踏み込む。
とっさの判断で行なった強引な旋回で、俺の駆る<アクィラ>は残骸の影へ回り込み、敵機から放たれるビームの雨をしのぐ。
しかし緊張の糸は張り詰めたまま、機体の膝に仕込まれた牽引ワイヤーを残骸に放つ。
クシューー!
姿勢制御スラスターが白煙を噴き出し、機体を艦の表面へ張り付かせる。
下から突き上げる衝撃に、グッと歯を食いしばる。
かぶっていたヘルメットのバイザーに、小さな血の滴が飛び散った。力りきみすぎて、唇をかみ切ってしまったようだ。
だが、そんなことは関係ない。レーダーを見れば、敵は再び螺旋軌道を取りながら、 まっすぐに突っ込んで来ている。
「・・・はっ、猪かお前はっ!」
アドレナリンが回りハイ・・になっているのか、普段なら口にしないスラングが飛び出す。
残骸を踏みつけるように着地し、俺は猛進してくる敵機を待つ。
モニターの同心円の中で光る赤い点が、中心へと近づく。
「(3・・・2・・・1・・・っ!)」
メインカメラのモニターを、下から上へ向かって敵機が通り過ぎた。
「貰ったぁ!」
距離10メートル、まっすぐ正面。照準のど真ん中。
引き金を握りしめ、持ち主不明のライフルに込められた、最後の粒子弾が放たれる。
相手はかなり驚いたようで、回転を解いてこちらを振り返り、一泊動きが止まる。
「おせぇよ!」
タン
空気があれば、そんな音が聞こえたと思えるほど的確に、俺の放ったビームは、動きの止まった敵機の左肩を撃ち抜いた。
こちらを散々狙って来た敵の突撃銃が、その青い腕ごと切り離される。
「うおぉぉぉ!」
アクセルペダルを踏みこみ、青い機影を、今度はこちらが追いかける位置取りで、残骸から飛びあがる。
弾切れのライフルを捨て、近接戦闘用のビームソードを突き出しながら、相手の懐を狙った。
しかし、同時に正面からも、色の異なる直線が向かってくる。敵の射撃だ。
残った右腕の方にも、火器が仕込まれていたらしい。
「なぁ!?それありかっ!?」
だが、既にこちらは最高出力で飛び出している。もう避けられない。
死を覚悟する間もなく、凶弾が機体を貫いた。
ゴゥン!
幸い、コックピットへの直撃は避けられた。が、
『警告!左腕部ロスト。左側スラスター損傷』
システムアナウンスが響き、モニターで損害を知らせると同時に、視界が反時計回りに回転する。片方の推力が失われ、バランスが崩れたのだ。
「くぅ!」
ぐるぐるとスピンしながら、機体は近接武器を突き出した姿勢で、敵に体当たりしていく。
だが、ヤツはそれをひらりと避けると、残った腕で、突き出されたこちらの右腕をつかみ取った。
「しまったっ!?・・・ぬぉあぁぁ!!」
直後、ハンマー投げの要領でぐるぐるとぶん回される。
正面のモニターが、敵機体の頭部を捉える。が、それが不意に消えた。いや、俺が投げ飛ばされたんだ。
ガン!
数拍の間をおいて、<アクィラ>は、元居た艦の残骸へ、背中から叩き付けられた。
そして敵は無慈悲にも、近くを漂っていた己のライフルを取り戻し、こちらへ銃口を向ける。
「しまっ!?」
ガン!ガン!ガン!
構えるまもなく3度の衝撃が襲う。その度に手元のパネルに映る隻腕の機影から更にパーツが消えていき、最後の一撃で、正面のカメラモニターが沈黙する。
「メインカメラが!?」
アニメの主人公なら、ここからでも格好よくラストシューティングをやってのけるだろうが、現実は非情だ。音に頼ることのできない戦場で、正面の視野を失うことは、もはや死・と同義なのだから。
「あぁ、ああはぁっ!」
恐怖と悲しみの混ざった嘆きの声を上げ、俺は思考を崩壊させた。
全身の力が抜けて、操縦桿から手が離れ、じっと『その時』を待つ。
ゴウン
敵もこちらの傍に着地し、ご丁寧にも、側面のサブガメラにその姿を見せつけてきた。
隻腕に握られた突撃銃が、こちらに向けられる。
「(隊長、皆・・・俺もソッチに・・・)」
最後の時を覚悟しつつも、俺は敵を見据え続けた。
だが、サブカメラが届けた光景は、待ち構えたものと違った。
Pttttt、ptt
パン、パン
「えっ!?」
ディスプレイの向こうを、右から左へ無数の流れ星のような光が横切り、こちらに向けられていた銃と敵機の頭部が、凍った果実のように弾けた。
<<(ザーー)、そこの<アクィラ>!今助けるぞ!!>>
沈黙していた無線機から突如、男勝りな女性の声が響く。
次の瞬間、俺と敵の間を、金色の影が横切った。
「今のは・・・<リィラ>?」
横切ったのが友軍の戦闘機だと判った俺の中で、再び命の炎が猛たけり始める。
武器と頭部を失った敵機は、袖から近接武器を生やしながら、機体の向きを友軍機が抜けた方向へ向けた。アチラのメインカメラは、頭部以外にあるようだ。
が、奴はここで大きなミスを犯した。新手が向かってきた方向に、視線を見せてしまったのだ。
そして・・・
グワァン!
敵機が突然、こちらへ向かって吹っ飛ばされる。その後ろに、盾を構えた別の影、俺が駆る<アクィラ>の同型機が見える。
左腕が蒼、右腕が紅という奇妙な塗装のその友軍機は、そのまま画面の外、倒れ伏す俺の上へと敵機とともに消える。
「なにが起こって・・・!?」
見失った2機を、反対側のカメラが再び捉えた時、既に決着はついていた。
2色の腕の<アクィラ>が、残骸側面から伸びた柱=艦橋=へ敵機を押し付け、ダガーで動力炉を貫いていた。
「不意打ちとはいえ、すごい」
そう驚嘆していると、命の恩人は、青い右腕で敵機を抑えたまま、赤い左腕をこちらに向ける。そして、そこから通信用のワイヤーが放たれた。
ワイヤーがこちらの胴に接着したのを見届けたタイミングで、有線通信が息を吹き返した。
<<そこの<アクィラ>、パイロットは無事?こちらはブレイブナイツ隊の<ホーク>。可能なら、所属と機体の損傷具合を送ってちょうだい。酷い様なら、こちらに乗り移ってもらうよ>>
さっきの「助ける」と言った声とは違う、若い女性の声だった。
久々に聞いた人の声に涙ぐみながらも、俺ははっきりと返答する。
「こちらは
<<っ!・・・カスミ、クオン。・・・、・・・>>
俺の名を呟くと、無線の向こうでわずかな沈黙があった。だがすぐに、落ち着いた様子の声が返ってくる。
<<はぁ。了解。私は鹵獲した敵機を連れて行くから、そちらは僚機の<ハープ>に
<ホーク>の言葉に俺は耳を疑い、もう一度訊き直す。
「敵機を・・・連れ帰るのですか?」
すると、<ホークは>呆気にとられた様にしばらく沈黙した後、笑いをかみ殺した声で返す。
<<今回の戦闘はすでに終了し、帝国軍の本隊は木星に撤退していったよ。
やけに馴れ馴れしい、軍人らしからぬ口調で話した<ホーク>は、言葉通り、敵機の右腕を曳いて、残骸から飛び上がった。
「・・・」
混乱した頭が落ち着かず、俺は沈黙する。
戦闘が終わったと聞いて、一度は諦めた生還を喜ぶべきか、又は直前まで死闘を演じた敵をみすみす助ける事を怒るべきか、悩んだ。
「隊長、<ハル>先輩、<キリノ>先輩・・・」
死んでいった仲間を想うと、ヘルメットの中に熱くしょっぱい水滴がたまっていく。
そんなこちらの様子を察したのか、牽引役と指名された<ハープ>は、抑えた声で端的に伝えてくる。
<<・・・今からそちらを回収して、帰途に就く。シートベルトを確認して、衝撃に備えてくれ>>
こちらの返事を待たず、しかし少し間を開けて、何かが軽くぶつかった衝撃と運ばれていく慣性を感じ始める。
ヘルメット内に溜まった水滴がバイザーに張り付き、先ほど飛び散った血の滴が滲んで薄まる。
彼女たちの母艦にたどり着くまでの間、俺は仄暗いコックピットの中で、静かに泣き続けた。
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