第4次火星圏防衛作戦 1

2186年2月15日 国際基準時間午後8時50分

太陽系火星圏宙域 地球連合軍陣営 右翼中間


<<艦隊指揮官オーバーロードより各部隊へ。偵察部隊が敵・空母艦隊をレーダーで確認。予測通り、ダイモス周辺に集結しつつあり。作戦に変更なし。前衛の艦隊による先制砲撃の後、混成機動部隊による掃討を開始。中衛及び我ら後衛旗艦部隊は、補給と交代要員に徹する>>


「・・・ふぅ。二回連続で楽な任務になりそうだ。よかった」


 艦隊の要である戦艦『ドニー・カード』からの報告を無線で聞きながら、俺は手元のモニターを操作し、周辺宙域の様子をレーダーマップに表示する。


 自機を中心にした平面マップ上には、小さな矢じりが4つずつの塊=<リィラ>と<アクィラ>の混成部隊=が横一列・等間隔に並び、その後ろには、矢じり3セットにつき1つ、5角形の大きな印=部隊の母艦=が、同じく横一列等間隔で追随している。これが俺達、中衛部隊の陣形だ。


 その前方数百メートルの距離に、同じ組み合わせの帯がもう一組。これが先ほどの通信で言及されていた、火星再侵攻の準備をしつつあるイーディア帝国艦隊へ打撃を与える予定の前衛部隊。

 300隻の戦艦、空母、巡洋艦と2000機以上の航空機・重機からなる精鋭部隊だ。


 この半年間の激戦を生き抜き、5日前の戦闘では、帝国軍艦隊を見事に退けたエースたちの集まりだ。


<<敵の数は予測通り。なら、我々増援部隊の活躍できる場は無さそうですな。隊長>>


 戦場に居るとは思えない、気の抜けた声を漏らすのは、編隊を組んでいる先輩パイロットだ。


<<気を抜くな、<ハル>。2度退けているとはいえ、半年で木星からここまでの宙域を奪われた事実は変わらんぞ>>


 すぐさま隊長からの叱責が返ってくる。が、<ハル>先輩の態度も無理はない。


 第一次防衛作戦では敗退し、火星の衛星ダイモスを奪われたものの、続く第二次、第三次では、もう1つの衛星フォボスを守りきり、敵の戦艦2隻、空母1隻を撃沈した。


 今回攻撃を仕掛けるのは、その残存艦隊である。この作戦が成功すれば、ダイモス奪還へ向けての足掛かりにできる。文字通り『勝ち星』を得られるのだ。


「火星圏まで侵攻して来た帝国軍には木星戦ほどの勢いは無い、って話だけど。帝国にとっても、ここまでの遠征は負担なんだろうか?」


 木星から火星までは、およそ5.5億km。地球の赤道を1万周するよりも長い、地球人類が100年かけて開拓して来た距離を、わずか半年の間に侵攻しているのだ。補給路の確保に兵の疲労等、負担はかなりのものだろう。


 とは言え、地球連合軍も敗退を重ねた結果、総戦力の2割をうしない、人員や物資が不足しつつある状況。補給などの後方支援を担当していた俺達が、予備ながら、戦列に駆り出されているのもその所為だ。


「(・・・ヤツ姉ちゃんも、どこかに居るんだろうか?)」


 正規の隊員になって3年目。未だ、先じてパイロットになった姉との再会は叶っていない。折を見て、人事部などに伺いを立ててはいるのだが、なぜか情報が集まらずにいる。


「もし居るなら、どうか無事でいてくれよ・・・ん?」


 そんな風に姉の事を案じていると、突然メインモニターに閃光が映った。


 ボボボbbb・・・


 それに続いて、イルミネーションのように、光の明滅が広がっていく。味方の前衛部隊がいるはずの場所で。


「なんだ?・・・閃光弾か?」


 それは間違いだった。レーダーの色が危険を知らせる赤に変わり、友軍を示す点線の帯に、虫食い穴がいくつも空く。


 そして、前方から押し寄せた衝撃波が機体を揺らし、同時に救助を求める悲鳴が、無線から騒音となって吐き出され始めた。




<<メーデーメーデー!『ニュー・インディアナ』が轟沈、轟沈した!>>


<<『ラスプーチン』が大破炎上!クルーが投げ出されている!!本艦も航行不能、救援求む!!>>


<<相棒が、僚機がレーダーから消えちまった。何が起きたんだちくしょぉぉ!!>>


 突然の出来事に、俺の思考は全く追い付かない。


「・・・なんで?作戦開始まで、まだ時間があるはず」

<<アホか<ミスト>!!んなこと考えてる余裕はもう無くなったんだ!12時方向、<ドーレヴ>型4機!!>>


 それでも、ヘルメット内部に響いた隊長の叱咤で、はっと我に返る。


 コックピット内に被照準の警告音が鳴り響き、レーダー画面にはこちらへ突撃してくる4つの赤い三角が捉えられていた。


 正面のモニター、メインカメラにも映るその姿は、折り紙の兜に奴やっこさんの下半身を繋げた様。イーディア軍の量産人型兵器、<ドーレヴ>だ。


<<全機、任意で戦闘を開始!!敵はもう撃ってきてるぞ!!>>

「!?ウィルコ了解!」


 再び響く隊長の声を合図に、俺は右手に握ったかんのトリガーを引く。


 直後、メインモニターの右下隅に見える銃口から、一瞬の発光と水中で聞くような濁音を伴い、一発のビームの帯が発射された。周りにいる僚機からも、同様の光線が前方へ向けて放たれる。


 合計4本の超高温粒子の塊は、画面中央へ吸い寄せられるように直進し、正面から来る4機の敵影の内、3機に当たる。

 光の槍に胴を貫かれ急停止した敵機は、一瞬の強烈な光を放った後、ドーナツ状に残骸を残して爆散した。

 そして、音ズレが起きたように暫く間を置いてから、コックピットがガタガタと揺れる。

 宇宙には空気が存在しない。発火することはあっても延々と燃焼する事はない。機体が爆発してもすぐに鎮火して、跡には硝煙の靄もやと爆風で撒き散らされた残骸が残るだけ。音を伝える媒介もない為、無線通信や音源との直接接触がない限り、撃墜された時の爆音も、パイロットの悲鳴も聞こえない。


 何も聞こえず、光って、弾けて、それで終わり。


 そんな淡々とした流れの中でも、一つ以上の命が確実に失われる。出来の悪いサイレント映画を見せられている気分になる。

 取り逃がした残り1機に照準を合わせながら、俺はこの半年で何度も味わった理不尽さに、愚痴を漏らす。


「(こんなクソゲーみたいな戦争、早く終わって・・っ!?)」


 それが隙を生んでしまったのか、突然モニターが、まばゆい光に包まれた。その正体は、敵機から放たれたエネルギー弾。


「しまっ!?」

『どけぇ!香住ぃ!』


 不意を突かれ固まってしまった俺には、それが本当に聞こえたのか、それとも幻聴だったのか、わからなかった。


 カッ!


 反応するより前に、視界の左側で強烈な発光が起こり、これまでで一番強い衝撃が襲う。

 そしてメインカメラが、拡散する鉄の残骸を捉えた。


「あぁ!?」


 その中の一つに、指揮官表示付きの、ワシを模した頭部が在った。


「た、・・・隊長ォォ!!」


 反射的に、俺は絶叫する。

 同時に力の入った右手の指がトリガーを押し込み、モニターに映った折り紙兜を、粒子の矢で粉砕した。

 だが、その事を俺の脳は認識しなかった。できなかった。

 自分が今討った敵と同じように、3年間育ててくれた上官が、無音の中で命を散らしたのだから。

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