久遠の空 3

*****

午前9時32分 

訓練学校敷地内 滑走路


 この学校の卒業式は一風変わっている。開校以来、卒業生は全員パイロットスーツを着て出席させられるのだ。

 理由は卒業式の最後に行われるイベント。卒業証書と<アクィラ>の起動キーを渡された卒業生は、そのまま式場に隣接する滑走路へ移動し、与えられた<アクィラ>に搭乗。そして独力で離陸・飛行し、配属先である巡洋艦へ着艦。そのまま国防の任務に就くのである。

 言葉の通り、新しい生活へ『飛び立つ』そのイベントは、式次第では『出立』となっているが、一般的には『テイクオフ』の通称が使われている。

 それを観たいが為に、毎年式には関係者以外の観客が押し寄せ、専用の観覧席が有料で設けられるほど、謎めいた人気を誇っている。


***** 


 一般的な卒業式と同様の校長やお偉方の祝辞祝電が終わり、今は、卒業生が配属先ごとに名前を呼ばれ、壇上に上がっているところだ。BGMには卒業式の定番、パッヘルベルの「カノン」。


『・・・続いて、巡洋艦「あきば」配属、有田ありだ浩次こうじたつみ備長びんちょう・・・』

「「はいっ!!」」


 「あきば」への配属は合計6人、全員の名が呼ばれ終わってから、一斉に乱れのない動きで壇上に向かっていく。これだけに1週間も予行練習が行われた成果、と付け加えるのは野暮というものだろう。卒業式なんてのはどこも「もうコレが本番で良いんじゃね?」と愚痴りたくなるほど、繰り返し練習させられるものだ。

(それでも本番で泣けてしまうところが、日本人の七不思議の一つ)


 幼稚園の頃から計5回繰り返してきた謎の習慣について考えていると、自分達の番が来た。


『続いて、巡洋艦「とらふす」配属、香住かすみ久遠くおん東雲しののめ八雲やくも、・・・!』

「「はい!!」」


 名が呼ばれた俺達は立ち上がり、会場中央に敷かれた赤い絨毯を踏みしめていく。


 ・・・長かった。

 1日累計8時間の座学とその度のテスト。最初に<アクィラ>に乗ったときは、上下左右も、自分が誰かも解らなくなるほど振り回されて、吐いた。

 宇宙空間での実習では、整備士のミスで教官と12時間遭難し、月面を散歩するという経験ができた(できればオッサンじゃなく女子と一緒が良かったなぁ)。

 最終試験の前の週には、馬鹿共数人が整備中の機体を勝手に使い、『エンジンの排熱で調理実習』などと馬鹿やらかして怪我人が出たっけ(俺は当然、それに参加しなかった。他の連中と一緒に、ただ窓から見てただけ)。


 そんな風に回想している内に、俺達は卒業証書と黒い筒を受け取り、壇上を辞した。


 証書の授与が終わると、会場は替わり、卒業生たちは滑走路上に並べられた其々それぞれの自機へと乗り込む。

 その直前に、実機訓練を担当してくれた鬼教官から、最後の指導を賜たまわる。


「来たな、今季6位と9位」


 卒業試験の成績順位で呼ばれた俺たちは、苦笑いで返す。俺が9位でヤクモが6位。42人中でその結果なのだが、上位5人のスコアと比べると、桁が一つ足りない。


「香住、お前は速度を出すと安定性に欠くが、その分急な方向転換が上手い。速さよりも立ち回りを武器にしろ」

「うっす!」

「東雲、お前本当なら1位になれた腕があるんだぞ。2度とバカやって怪我すんじゃねぇ」

「あはは、エンジンの排気口でマシュマロ焼くなんて、もうやりたくてもできませんよ」


 その後、時間が迫ってくると、俺達は整備士案内のもと、それぞれの機体へ乗り込んだ。

 膝立ち姿勢でトラックの荷台に積まれた、全長12mのパワードスーツは、普段『ロ』の形に閉じている胸部の三重とびらが、上と左右、『凸』の形に開いていた。

 立て掛けられた脚立を上り、コックピットに入る。シートベルトを締めて、機器を起動させ、ヘルメットをかぶる。


「ほぁ・・・」


 緊張しているのか、バイザーが白く曇る。卒業試験前は、『これ《曇る》だけで減点、という理不尽な採点が成される』と噂が立って、皆で呼吸を減らす練習をして窒息しかけた。

(結局、噂はウソだった)


<<こちらタワー、<J《ジェイ》-A《アルファ》82《エイティトゥ》>、スタンバイOK?>>


 通信の電源が立ち上がって早々、管制官の声がヘルメットの中に響き、意識が引き戻される。


「<J-A82>からタワー、モニター、センサー、通信、異常なし《オールグリーン》。準備完了」


 返答しながら、2本ある操縦桿そうじゅうかんと左右両方の足元にあるペダルを少しずつ動かし、機体をトラックから下ろし立ち上がらせる。

 前方正面と左右、計3つのモニターには、滑走路脇に設けられた観覧席に、先に搭乗して離陸を待つ卒業生、そして左隣で同様に立ち上がる僚機が映っている。


<<了解、<J-A82>。離陸時間まで待機せよ>>


 管制塔からの通信が終わると、続いて僚機からの秘匿通信が入る。


<<<ハーン>から<ミスト>へ。タイミングをミスるなよ。てめぇがズレたら俺まで恥をかくんだからな、送れオーバー>>

「<ミスト>より返信。お・ま・い・う、以上アウト


 他機と管制塔との通信を邪魔しないよう、手短に返した。

 <ハーン>は、ヤクモのTACネームだ。大昔の怪談作家にあやかったらしい。<ミスト>はもちろん俺。『香住』と『Mist』を掛けてみた。


 準備完了から数分、外からもれ聞こえる流行りの曲の吹奏楽版に耳を傾けていると、それにコーラス隊の生歌が加わる。

 曲目は、アクアマリンの『COSMOS』。卒業生のリクエスト投票で選ばれた歌だ。

 同時に、全回線へ向けての通信が入った。


<<こちら管制塔、校長の九度山くどやまだ。第110期生の諸君へ、離陸を許可する。・・・4年間の訓練、ご苦労だった。最後の指令を伝える。飛び立て!>>

<<<J-A64>了解>>

<<<65>、同じく了解>>


 先頭に並んだ機体から順に2機ずつ、並行に走る2本の滑走路から、左右横並びで発進していく。

 後続をスラスターから吹き出る青い炎で焼かないように、最初は微速、そして徐々に速度をあげて、15秒で最高速となり飛び立つ。

 バランスをとるために左右の腕を斜め下に広げたその姿はまさしく、大空へ羽ばたくわしだった。

 アクセルを踏まず、かんの傾きだけで前へ詰めていくと、ついに俺たちの番が来た。

 運のいい事に、合唱がサビに入る直前だった。


「・・・<J-A82>位置についた」

<<<J-A90>、同じく・・・さあ行こうか>>


 ヤクモの合図で、俺はアクセルペダルを軽く踏み込む。


―ラ~♪ラララ~♪ラララ♪ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~ララ♪―


 座席ごと軽く持ち上がる感覚を覚えると、スピーカーから流れる混成3部の盛り上がりに合わせて、ゆっくりと右足に力を込めていき、操縦桿を前へ傾ける。

 全身が座席に押し付けられると同時に、モニターの景色が後ろへ流れていく。唯一、左のモニターには並走するヤクモの機体が、静止画の様に映り続ける。

 そして・・・ふわりとした浮遊感を感じ、カメラの映像から地面が消えた。


「・・・<J-A82>、離陸成功!これより『とらふす』へと進路をとる」

<<管制塔、了解。グッドラック>>


 それが管制塔との最後の通信だった。それから数分、俺達2機は4年間を過ごした大島を空から見下ろし、無言で別れを惜しみながら飛び続けた。


<<<ミスト>、上を見てみろよ>>


 ふと通信機からそんな誘いが聞こえ、俺はメインカメラを操作する。


「・・・さっきまで、あんなに曇っていたのに」


 正面のモニターに映ったのは、雲一つない青空だった。自国製の高解像度カメラは、うっすらとだが、星々もちゃんと捉えている。


「俺達、今からあそこに行くんだよな」

<<ああ。・・・お、上方11時の方向、あれって『エヌギス』じゃねぇか?>>


 モニターの隅に、巨大な4つ葉のクローバーのような影が映り込んでいる。衛星軌道上の『新世代国際宇宙ステーション』、通称『NGISS《エヌギス》』だろう。宇宙での任務に就けば、あそこで生活を送ることになる。


「・・・ヤツ ねぇも、あそこにいるのかな?」


 隅で姉を想いながらも、俺の胸の内は、新天地への期待と好奇心で溢れていた。



 よもやあそこで、地獄を体験することになるとは、この時の俺は全く考なかった。


 遠く別の銀河から異星人が来訪し、地球と戦争状態になるのは、このわずか2年後の事だった。

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