久遠の空 2

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3年前 仮想西暦2183年3月18日 午前

太陽系第三惑星 地球 日本 和歌山県南端の人工島

地球連合軍 日本国J防衛DF 重力圏外特別機動隊 訓練学校 


「・・・ろよ。おい、クオン起きろ!起床時間から15秒も過ぎてるぞ!」

「んぅ?・・・うそぉ(ゴツ)痛ぇ!?」


 悪友の強引な目覚ましで飛び起きた俺は、ステンレス製の骨組みに額をぶつけ悶絶する。

 そして、自分が宇宙を駆けるコックピットではなく、狭い2段ベッドの下段で寝ていた事を思い出す。


「おいおい、大丈夫か?今日は4年間の集大成なんだぜ?『テイクオフ』の時、俺だけペア無しとか勘弁してくれよ?っと」


 俺のバディ、東雲しののめ八雲やくもはそう呆れながら、芋虫みたいに丸まった俺を引っ張り出してくれた。


「ほれ、あと3分で出ないと説教だぞ。これまでほぼノーミスでやってきた優良コンビが、卒業式の当日にやらかすとか笑えないからな」

「すまんすまん。・・・って、俺達のどこが優良コンビだよ!やりやがって!」


 とっくに準備を済ませている八雲に睨まれながら、俺も額の痛みを無理やり忘れ、散らかしたシーツをテキパキと片付けはじめた。


 人類が地球と宇宙を往復できるようになって225年、宇宙での長期滞在が可能となって186年、スペースコロニー建設による半自給自足での永住が可能となって145年が経過した、仮想西暦2183年3月18日。

 俺、香住久遠かすみくおんはこの日、ガキの頃からの夢を叶える。

 2世紀前は空想の産物だった、人型ロボットのパイロットになるという夢を。


#####

 遡る事およそ200年前、1999年7月。

 かのノストラダムスが残した『空から恐怖の大王がやってくる』という予言が、現実となった。

 NASAの天体観測チームが、地球が将来通過する軌道上に、大規模な小惑星群が待ち受けている事を発見したのである。

 の占星術師兼医師による呼称『unアン grandグラン Roiロワ d'effrayeディフロユール』から『ディフロユール』と名付けられたこの小惑星群は、テキサス州ほどの大きさの岩塊を中心とした、地球と同程度の質量だった惑星の残骸で、さらなる調査の結果、37年後の2036年に地球がそこへ突入、地上の全ての生命が死滅するどころか、惑星その物が粉砕されるという未来予測がなされた。

 一言でいえば、地球消滅の危機である。


 だが、奇跡が起きた。


『自己中心的に考えていては、確実に地球が滅ぶ』


 大きすぎる脅威を前に、世界が一つになったのである。

 国際連合を中核とした対『ディフロユール』作戦、『Projectプロジェクト Grandグランド Guardガード(「GG計画」)』が始まり、米国やロシアなど、競って独自の宇宙開発を行っていた国々は、その技術と情報の全てを全世界で共有。それらは日本を中心とする研究・開発チームにより統合・改良され、さらなる新技術の開発へ拍車をかけた。

 技術だけでない。世界中の財界からは資金が、産業界からは資源が、それぞれ『GG計画』へ無制限に供給された。

 果てには、世界中で起こっていたあらゆる紛争や対立も沈静化。そこで使われていた武器・弾薬の類は全て、『GG計画』の為に使われたとまで言われる程だった。

 まさしく、地球人類を総動員して行われる、恐怖の大王への抵抗であった。 

 結果、『ディフロユール』衝突まで残り16年となった2020年。人類はついに、希望の光を生み出す。


 スペースシャトルを小型化かつ武装化した、マルチロール型無重力航空機<リィラ>。

 無重力空間での単独行動を可能とし、作業をより安全かつ効率的にした、汎用人型高機動重機<アクィラ>。

 キャタピラによる走行と4本足での歩行を併用する事で、如何なる悪路でも物資の輸送が可能な、換装型高機動特殊装甲車<キグヌァス>。

 そして、これらを小惑星群へと輸送する、惑星間の移動と内部での自給自足が可能な宇宙コロニー<アカデメイア>と、その護衛を担う宇宙戦艦や宇宙巡洋艦等々。

 20世紀以前はフィクションの産物であった数多の存在を、人類は現実にして見せたのである。


 そして2035年1月、人類の未来を背負った有志達を乗せた<アカデメイア>は、『ディフロユール』へと出発。同年3月には小惑星群に到達し、1年という長い時間と多くの犠牲を払いながらも、これを爆砕・無害化する事に成功した。


 こうして滅亡の危機を脱した地球はその後、培った技術を基に太陽系の外側へ向けて開拓を推進。『アカデメイア』型コロニーを更に2基建造し、火星や月の表面には都市を構築。

 そして、2183年現在、その活動領域は、まもなく木星圏へ届こうとしている。

 

 だが、こうした発展と比例するように、新たな対立や紛争も勃発。世界を救うための情報共有が一転、テロ活動や抵抗運動を過激にしてしまったのである。

 各国連加盟国の軍も、形だけは『国連軍』という一つの組織に統合されたものの、実際には旧来の勢力図のまま、再び不毛な睨み合いを始めた。

 <リィラ>や<アクィラ>も、その存在意義を『自国の防衛』へと切り替えて運用されるようになった。

 日本においては、自衛隊JSDFは『日本国防衛隊JDF』に改められ、同時に『重力圏外特別機動隊』を新設。紀伊半島南端に専門の訓練学校も設けられた。


 俺こと香住久遠と、相棒である東雲八雲は、その訓練学校の学生であり、第110期生として4年間の訓練課程をこなし、本日3月18日、卒業式を数時間後に控える身だ。


#####

校内 食堂 


 ギリギリで朝の点呼に間に合った俺とヤクモはその後、4年間繰り返してきた日課をいつものようにこなし、いつものように朝食にありついていた。 

 だが同期の中には、この場所での最後の食事という事で、すでに涙ぐんでる奴がちらほら見える。調理員のおばちゃんに、きっちり90度のお辞儀をして大声で感謝を伝える奴もいた。


「しっかしクオンよぉ。いつも起床時間の10分前に起きてるお前が寝坊って、緊張しすぎて悪夢でも見たか?」


 漫画でしか見たことないような盛飯をがっつきつつ、ヤクモが訊いてきた。こいつも内心、いつもホカホカで旨かった飯を惜しんでいるのだろう。

 俺はその向かいに座り、プレートの上で十六分割したハンバーグの1つを飲み込むと、悪友の問いかけに返す。


「まぁ、変な夢ではあったなぁ。なんか、すっげぇ現実っぽい夢だった」


 付け合わせのウスイエンドウをライスと共に口へ運びながら、夢の中身を語る。


 俺は<アクィラ>に乗りこみ、宇宙での戦闘の真っただ中にいた。

 上下左右前後、全ての方位に敵味方が入り乱れ、無線からは悲鳴ばかりが聞こえた。

 そして、一番記憶に残っているのは、目覚める直前のあの光景。

 戦火を掻い潜り駆ける、腕が蒼紅そうこう2色に塗られた機体。 


「・・・『Let's《さぁ》 get started《宴を》 carnival《始めよう》』」

「ん?それって、お前の姉さんの決め台詞だよな?額縁に殴り書きしてるアレ・・・」

「ああ、どこで何やってんだろうなぁ、バカ姉」


 夢の中で聞こえたあの言葉を、俺は無意識の内に呟いていた。

 俺より先に<アクィラ>のパイロットになった姉、第104期の主席でもある香住八音やつねが、小学校の授業で覚えてからお気に入りにしている言葉だ。

 歴代の首席を称えるギャラリーの一角に飾られた彼女の写真にも、顔が隠れてしまうほどデカデカと、直筆の落書きがされている。


 『Let's get started~(~を始めよう)』は単なる提案ではなく、強引に周りを巻き込むという、ガキ大将が使うような表現だ。

 昼寝の最中だろうが、ママゴトの最中だろうが、取っ組み合いの喧嘩中だろうが、試験の勉強中だろうが、相手の都合を考えずに自分のやりたいことに巻き込む、『生まれた時から女番長スケバン』と称された彼女らしい口癖だった。


「お姉さん、今どこに配属されてるのか解んねぇんだっけ?現場で会えるといいな」

「別に会いたくはねぇよ。唯一の身内を、7年もほったらかしにするようなバカ姉なんだから」


 時間に余裕のない訓練時代はともかく、今のご時世、大きな紛争やきな臭い地域もほとんどない。またJDFはその性質から、そういった鉄火場にはまず派遣されない。

 3年前にどこかの宇宙コロニーで大規模なテロがあった際には、邦人救助の名目で国連軍の混成鎮圧部隊に参加したが、その時も、彼女の名前は聞こえてこなかった。 

 ことわざ曰く、『便りが無いのは、良い便り』らしいが、たった一人の家族となった俺に安否を知らせるくらい、してくれたって良いのではないだろうか?


「・・・思い出したら、急に腹が立ってきたっ!」


 俺は残りの朝食を自棄やけ食いし、姉へのいら立ちを麦茶で飲み下してから席を立つ。

 そして、盛飯を3分の2ほど平らげ、自前のふりかけの小袋と格闘しているヤクモに声をかける。


「俺、先に教官たちに挨拶して回るわ。ヤクモはどうする?」

「パス。最後の日まで、おっさんたちの説教聞くのはごめんだよっ・・とぉあ!?」


 本当は涙腺が緩くなるからだろうに。

 と、意外と小心者なヤクモを心中でからかいながら、テーブルにノリタマをぶちまけて、違う意味で涙目になっている悪友を残し、俺は食堂を後にした。

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