まぁ結局、そーいうところに落ち着くよね。

第32話

 さて。

 天気は快晴、場所は結婚式場。パリっとノリの効いたフロックコートを身にまとって、小学生達に絡まれている俺は誰でしょう。塾のお兄さん、小野池弥勒だよ! とエッジの効いた挨拶をしたところで誰にも振り向いてもらえないような気がした。しばらく石の中にでも埋まっていたい気分だから、それでも別にいいんだけどさ。

 俺がどうしてスーツを着ているか?

 それは、結婚式のモデルをやることになったからだ。勿論、俺みたいな奴がモデルとしてスカウトされるはずがない。将来は式場でのプロモーション写真に掲載されることだってあるかもしれないが、丁度肩の辺りまでしか載せないようにするから大丈夫とプロの人にも言われてしまった。畜生、春日との身長差がもう少し小さければ、「顔が入らないようにしたいのでもう少し離れて撮影したいですー」とか言ってくれそうなのに。本番前のリハーサルではべったべたに甘えられて困ってしまった。式場の人だって若干引いていたぞ。なんでこいつ、本物の結婚式でもないのにこんなに幸せそうなんだって。

 嬉々として引き受けて、俺を本人の許可なく新郎役に仕立て上げたのはいつもの彼女、純白のウェディングドレスに身を包んだ春日宮姫である。彼女は初めて雪を目にした仔犬のようにはしゃいで、彼女の両親やら友人やら、偶然近くを通りかかった人に衣装を自慢しまくっていた。あとなぜか、俺の塾に通っている生徒も数人見学に訪れていた。

「すげー、みろくのくせに恰好いいじゃん!」

「なんでスーツなの? 本当に結婚式?」

「五月蠅いやい。俺だってなぁ、着るつもりはなかったんだぞ」

 新郎役を知らない奴にやらせると春日が心細いかと思って、機転を効かしてやっただけなんだ。それがどうだ、蓋を開けてみれば俺はまんまと春日の術中にはまり、……本当にはまったのか? 自分から罠にかかったような気がしなくもないぞ。というか、マジで、どうして引き受けちゃったんだろうなぁ。

 自分で自分が分からなくなってきたぜ。

 一通りの自慢を終えたのか、春日がてこてこと走り寄って来た。満面の笑みが、青空の下によく映えている。

「やーん。幸せー」

「春日! 人をたばかるのも大概にしろよな」

「もーう、実は嬉しいくせにー」

 ベシベシと背中を叩かれて辟易してしまった。こいつ、まるで遠慮というものを知らないようだ。春日とはまだ付き合いたくない、と彼女からの告白を改めて断ったと言うのにこれである。友人としての付き合いを続けていればそのうち、ということもあるはずなのに手加減も一切してくれない。出会ったその瞬間から恋人じゃなきゃ嫌だ! とでも言いたいのかもしれないな。

 春日にも家族がいるのだろう、と暗に実家への帰省を促してみたこともあったのだが、「付き合った期間がなくても結婚は出来るし、いずれ結婚する未来は確定しているのだから大丈夫!」といって聞かなかった。結局そのまま俺の家に住みついているし、もはや実家に帰るつもりはないのかもしれない。実は妖怪の類じゃないかと心配になっているが、いや、本当に妖怪なんじゃないだろうか?

 俺自身が作られた人間なんだから、春日の両親も……と胡乱な目で彼らを見ていたら佐内につねられてしまった。その場合は俺も妖怪という話になるが、まぁ、それは別に構わないし。

「宮姫さん出番ですよ。というか化粧直ししますから、早く来てください」

「はーい。みゆちゃんも、いつか着られるといいね」

「遠慮しときます。結婚前に着ると婚期を逃すそうですから」

「かっちーん。小さくて可愛いからって、調子に乗らない方がいいと思いますけどー」

 また喧嘩を始めた二人を横目に、深々と溜息を吐く。あぁ、これも、何日目のことだろう。

 堤防で二人から同時に張り手を食らったあの日以来、春日と佐内がなぜか仲良くなっているのだ。雨降って地固まるという奴だろうか。人生は小説より奇なりというが、ここまで露骨に不思議なものは、人間の感情をおいて他にないだろうな。俺が仲介するまでもなく二人で遊びに行ったりしているようで、出会った当初の距離感などどこ吹く風だ。どちらが本物のミヤなのかも結局分からずじまいだし、なんだかなー。

 でも、こう考えればいいのかもしれない。

 ミヤという少女は、恋した弥勒とは結ばれなかった。しかし彼女にも旦那が出来て、その人のことも愛することが出来たはずで。弥勒への恋心を封じ込めた少女と、弥勒のことを想い続けた少女へと魂が別れてしまった、と。

 でもなー。そうやって魂で繋がった姉妹みたいな二人を眺めていると、疎外感を覚えるのはなぜだろう。いや、いいんだけどさ。家主をほっぽって消えるのはないと思うぜ? 朝起きたら卵焼きと味噌汁が用意してあって、「夕方頃に帰ってきます」という置手紙だけが残されているなんて失恋映画の導入にありそうじゃないか。

 今はまだ夏休みで、二人共、俺の家で寝泊まりをしてくれているけれど。

 それも、いつか終わる幸せなのかもしれないのだ。

 深々と溜息を吐いて、煙草を取り出そうとしたけれど、小学生たちに取り囲まれている現状を鑑みて諦めた。まぁ、家に帰ってから吸えばいいしな。ヘビースモーカーじゃないんだし、一週間くらい禁煙してもどうってことはないのだから。

 楽しそうに口喧嘩をしていた二人が別れて、春日は撮影の準備に向かい、佐内は俺の元へとやって来る。周囲に群れていた小学生達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していって、ひょっとすると佐内は怖いお姉ちゃんみたいな認識をされているのかもしれないな。

 いつの間にか笑っていたらしく、頬をつままれてしまった。

「みーくん、キスまでは台本にありませんからね」

「はいはい。大丈夫だって」

「もう。本当ですか?」

「だって、誰ともしたことがないし。やれって言われても出来ないだろうな」

「そうですか……」

 がははと笑い飛ばしたら、佐内がしゅんとした。

 何がそんなに心配なんだよ、と彼女の肩に手を置いた。佐内の口が小さく動いて、聞き取れなかったから腰をかがめて彼女の口許へと耳を寄せる。

「ということは、私が初めての相手ですよね」

 言うが早いか、佐内は動いた。

 再び二人の身体に距離が開いたとき、彼女の頬は旬のトマトみたいに赤くなっていた。視線を合わせると、恥ずかしくなったのか、何も言わずに式場の外へと駆け出していってしまう。逃げ出した佐内を、呆気にとられた俺は追いかけることもできなった。

 えっ。

 これは、マジですか。

「あの、そろそろ出番なんですけど。どうされました?」

「いや、うん、なんでもないです」

 嘘だけど。そんなはずがあるもんか。

 ……佐内と、キスを、してしまった。脚が震えて、一拍遅れの緊張が心臓を苛む。

 撮影員に促されるまま、動揺を隠せないままバージンロードを歩き始めた。

 祭壇で待ち構えていた春日は、誰よりも幸せそうに笑っていた。その笑顔に救いを求めて、浮足立って足元を見失ってしまいそうな俺は、どんどん前に進んでいく。

「みろく! 私と結婚しよ?」

「嫌だ。……俺には、先約があるんだ」

 前世からの縁がなかったとしても、ただ、昔から仲が良かったと言う理由だけで。

 佐内みゆが大好きだったことを、ようやく俺は、知ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マのない世界の魔法使い 倉石ティア @KamQ

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ