エピローグ
エピローグ
トンネルを抜けると、そこは宗仁の自宅のリビングだった。
光司や梨央はいなかった代わりに、テーブルの椅子に座る宗仁。その前に腰かけていたのは、白髪の婦人、ユリ・ニイガサだった。
ユリは細やかな拍手を送り、
「素晴らしかったわ。よくぞソルアージュを倒してくれました、宗仁……」
「ユリさん……」
宗仁は一度瞼を閉じ、いえ……、と小さくかぶりを振り、
「あなたは、綾鳥結ですね?」
ユリではなく老婦人の姿の結は、目を丸くし、
「よくわかったわね……」
「お名前が僕ら四人をもじった名前だったというのと……。やはりその、高校生のときの結の面影を感じさせたので、恐らくそうではないか、と……」
「ええ、そうよ。私は綾鳥結……でも、もっと真実を伝えると桜坂結……」
「え……?」今度は宗仁が目を見張った。
「二〇二〇年の春、高校生のときにあなたは私に告白した。そこからあなたとの交際がスタートし、二〇三〇年に結婚した……。ふふ……驚いたでしょう?」
いたずら心を含んだような、妙な笑みを一瞬見せた結だったが、その顔はすぐに憂いた。
「でも、その時から世界はおかしくなっていった。氷河期の訪れによって、世界は食糧難に遭い、やがて争いまでに発展……。夏でも零度を下回る気温になって、死者も多く出た。そんなとき、あなたや光ちゃん、りおりんも亡き人となってしまった……」
かける言葉も見つからなかった。とは言うものの、その後自分たちはAIとして皆平市で生活をしていた。その謎についての答えを教えてもらうために、宗仁は結の次の言葉を待った。
「私は高校卒業後、大学に行ってプログラミングの勉強をした。その後宗くんたちが亡くなるあとも、とあるプロジェクトに参加していたの」
「もしかして、それが以前言っていた、仮想現実世界の?」
宗仁は思い出しつつそう聞いた。
結は、そう、と頷き、
「私はどうしても宗くんたちのことを忘れたくなかった。だから研究の一貫として、当時はもうゴーストタウンと化してしまった皆平市を、仮想現実世界に復元させ、宗くんやりおりんたちの性格や行動などを、タブレットに納めていた画像や動画を見ながら思い出しつつ、記憶をデータ化、そして仮想現実空間に移送した。四人分の記憶は膨大な量だったけれど、その行為自体が新たなAIを作り出す切っ掛けとなった」
「そのAIが、ジェネオス……」
宗仁の言葉に結は、ええ、と首肯し、
「あなたたちの記憶はデジタル化した肉体に換装され、もう一つの皆平市で普通に人として暮らしてもらっていた。それが私の悲願だった。三人ともあの時のように皆平市で生活していたわ。私は思い出の泉に浸かっているようで、すごく安心していた。あなたたちの生活をどこからでも眺められたし、ある機械を通じていつでも皆平市にログインできたから……。でもそんなとき、レドムゾンが攻めてきて、コンピューターウイルス、ソルアージュに他の仮想世界が襲われた。皆平市内にその被害が及ばないよう、他の世界とは隔絶させたのだけど、……遅かったみたいで、徐々にウイルスに侵されていった。私は見るに耐えなくて、一石を投じた。それは宗くんから光ちゃんやりおりんたちに伝播する、ウイルスバスターとしてのバージョンアップだった」
「それって結に告白した時のことですか?」
「そうよ。二〇二〇年当時も宗くんから同じことをされたというのは覚えていた。それをなぞるように、仮空の皆平市で宗くんにウイルスバスターとしてバージョンアップするデータを上書きし、その後私に告白したとき、ウイルスバスターとしての機能を私やりおりんたちにコピーしていくという仕組みだった。私は私のコピーを作成し、ソルアージュが侵入してきた皆平市で日常を送ってもらっていた。やがてもう一人のユイはウイルスバスターとして覚醒――バージョンアップ――した。そこから光ちゃんたちにも同じ能力が伝播していったというわけ……」
「ネーガやソルアージュが言うに、僕たちはソルアージュ側のシステムに強制介入され、ワーブアーツやワーブェポンなどという力を得たと聞きましたが……」
「それも告白した時期と重なるの。どちらが先で後かはもうわからなくなっているけれど、私の方からも、あなたたち四人へ介入したのも確かよ。ワーブダイというのが私の所属する社名。だからワーブアーツやワーブェポンという名称になったのもその部分が、ソルアージュ側よりも先んじていたからだと思われるわ」
なるほど、と宗仁は腕組みをして納得した。
結は俯き加減で一度、「ごめんなさい」と謝罪すると、
「あなたたちを利用したのは私のエゴよ。AI とは言え、ましてや友達とは言え、あなたたちの命を預かりながらも、私は合理的にあなたたちに皆平市の災厄に立ち向かってもらった……。でもこれだけはわかって。私はあの町と宗くんたちを守るために、あなたたちを英雄として奮い立たせた。結果、あの町は滅びかけたけど、あなたたちのしたことは間違いではない。皆平市は今修復作業を行っているわ。あなたたちも元の姿であの町で再び生活できるよう、修復中よ……」
打ち明けられた真実は、もうすでに解決したことを蒸し返すというわけでもなく、AIという自覚のあった宗仁はただその事実を真摯に受け止めるのだった。
宗仁はこれだけは聞いておかねばとの思いで、結にこう尋ねた。
「本当の宗仁たちに先立たれて、あなた自身は寂しかったと思います。作り物の宗仁――僕たちであなたは満足だったんですか……?」
「満足だったわ……。でも寂しい時もあった。それはこれから死を迎えるまで、何度もあることよ……。死と生は表裏一体なの。紙一重で危なっかしくて、それでも楽しいこともちゃんとあって……。世界が雪や氷の白い世界になって以来、もちろん辛いことの方が多かったわ。でも、いいのよ。私はこうしてまた宗くんやりおりんたちと過ごしている感覚を得られたのだから……」
年老いた顔で、結はそう言った。結いは続ける。
「私ね、思うんだけど。これまで生きてきた人生がすごくあっという間で、光の中を駆け巡ってきたように思えるの。まるで夢や幻のようだった。人は生まれ変わるっていうでしょ? 私が思うに、前世の記憶さえも失って、こうしてあっという間に人生を生きて、生まれ変わるっていうのなら、常に生まれ変わってるんじゃないかって思うときがあるのよ。だって前世の記憶がないのならこれまで何回生まれ変わり死んできたかわからないんだもの。子供の頃の記憶さえ薄れてあとは死を待つだけなら、錯覚って言われるかもしれないけど、生まれ変わりは常々起きているのかなって思うのね……」
「それって僕にはわかりづらいですが、結さんはそのあっという間だった友達との時間を大切にしている。僕らと僕らが暮らすセカンドアースや皆平市を自分で作って……」
思い出を大切にしてこなければ、きっと現実世界の結は様々な困難を乗り越えられなかったかもしれない。
自分たちが電子の世界で一つのAIとして生きていようとも、誰かの支えになることもあり得るのだ。名も知らぬ、ただの一般市民でも、誰かが自分たちの行いを見ている。
それはどんな小さなことにも言えるのではないか。
人に親切にしたり、あるいは、誰かの妨げになったり――。
誰かは見ているのだ、きっと……。
「ありがとう宗くん……。再びあの世界で暮らす時、ここでの私との会話や、ネーガさんのこと、ソルアージュのことも一切忘れるけどそれでいいかしら?」
「もちろんです……。その方が過ごしやすいですし。……また結には会えるんですよね?」
「会えるわ。光ちゃんやりおりんにもね……。告白したあとの世界で、また四人で仲良く暮らしていってね……」
宗仁はどこかふわふわと浮遊したような気分になった。
それは人工的に作られた思考や行動の及ばない、謎めいていて不思議な感覚だった。
それがAI としての自覚をもって以来、初めて感じた幸せというものなのか。しかし果たしてそれが初めてだったのかさえも宗仁にはわからない。ただ一つ思えるのは、
「困難を踏破できてよかった……」
そう、よかった、という気持ちだったのだ。
堤防の上を制服姿で自転車を押しながら、宗仁はふと空模様が気になった。
振り仰いで天空を凝視する。
「宗くん、どうしたの?」
先に進んでいた結が宗仁の傍に寄りつつそう呼び止める。
「何となく、誰かが見てるんじゃないかって思ってさ」
空を見上げたまま宗仁はそう言った。
「厨二的な?」結は若干怪訝な面持ちになった。
「いや……。気のせいだろう……」
「遅いぞ、宗仁!」
遠くから光司の声がする。
「早く行かないと、売り切れちゃう!」
最近できたばかりだという駅前のたい焼き屋に行くというのが、今日の放課後の用事だった。梨央にせかされ、宗仁と結は二人に追い付いた。
何気ない日常を静かに眺めるのは、お天道様か、雲か、風か。
宗仁たちはその世界で今も暮らしている。
夢、まぼろしのような現実世界で――。
了
夢幻世界の現実世界 ポンコツ・サイシン @nikushio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます