手を繋ぐ

@yoll

手を繋ぐ

 何時からだろうか。あれ程待ち焦がれていた彼女からのメールが来なくなったのは。いや、来なくなったのには勿論理由がある。それも分かっている。

 

 理由とは実に簡単で、私が彼女にメールを送ることが少なくなったからだ。彼女は家庭の事情もあり、自宅で携帯電話を触る時間が極端に少ないからだ。そのため、自分からメールを送ってくることは数えるほどしか無いからだ。それでも、早めに就寝する彼女は私からのメールを見つけるとベッドでこっそりと返信を送ってくれていた。それにお互い返信を繰り返し随分と夜が更けていったことが今となれば懐かしく感じてしまう。

 

 スマートフォンではなく携帯電話を持つ彼女はどちらかと言えば、良く言えば物を大事にする人間だ。少し意地悪に言うとなると新しいものには手を出さず、変化を嫌うところがある。そんな彼女が始めて私にメールを送ってくれたときはどんな気持ちだったのか。私と彼女の関係を始めるに至った、あの短いメールを送った時は。


 彼女はどちらかというとハッキリとした自分の意思を示さないことが多かった。「何が食べたい?」何て聞くと、大抵は「何でも良いよ」と言う。「抱いてもいい?」と聞くと、「抱きたいなら良いよ」と言う。そんなふわふわとした自主性の無いように捉えられる言葉はきっと、彼女なりの精一杯の表現だったのだろう。あのメールのように。


 安物のソファーに背中を預けた体を少し起こし、手を伸ばして弓矢のマークが画かれた煙草の箱を掴む。箱をスライドさせて中から一本の短い煙草を取り出して咥えると、シルバーのジッポで先端に火を付けた。先端の火が消えないうちに一度軽く煙草を吸う。

 甘い香りのする煙を肺にたっぷりと充満させてからゆるゆるとそれを吐き出すと、ヤニで少し汚れた蛍光灯のシーリングの元に向かって拡散していった。よく煙草の煙は紫煙と表現されることがあるが、私の昼光色の蛍光灯の下では少し黄色がかって見えるようだ。


 少し長くなった煙草の灰を灰皿に叩いて落とすともう一度肺を煙で満たし、ゆるゆると時間をかけて吐き出していく。それを何度か繰り返し行うことでニコチンを摂取した影響なのか、次第に頭がすっきりしていった。


 灰皿の底にフィルターまで吸い終え既に火が消えた煙草を押し付けると再び安物のソファーに背中を預ける。随分とスプリングがへたったクッションが悲鳴を上げるが何時ものことだ。ゆっくりと目を閉じると鼻腔に残った煙草の香りが少しだけ強く感じられた。


 目蓋の裏に浮かび上がるのは彼女の姿。私よりも大分年上だが、小柄と言うよりも単純に背が低いため遠目に見ると非常に若く見えるようだ。美容にはかなり気を使っているのでそれを褒めてあげるとまるで少女のように屈託なく笑う。その笑顔を見るのが好きで、よく彼女の少しの変化に気付けたときには口に出すようにしていた。


 それが酷く楽しかったことを思い出す。


 ああ。ああ。そうだ。

 彼女と過ごしていた長い時間は私に彼女への甘えと増長を産み、何時しかその愛情の上に胡坐を掻いていた。自分本位な願望ばかりを押し付けて、彼女が自分の意見を言わないことを良いことに。


 随分と酷いことをしてしまったし、言ってしまった。疲れきってしまった彼女に。


 二人で逢うことも随分と少なくなってしまったのは必然だ。それに怒りを覚える自分はもう、本当に、どうしようもない。


 久しぶりに彼女にメールを送ろうと考えるが、どんな文面にしようかと考えて、止める。簡単な理由だ。何も思いつかない。ニコチンが切れてしまったのだろうか。なら、もっと簡単な手段で言ってみてはどうだろうか?


 明日、彼女と手を繋いでみよう。

 まだ、その手を握り返してくれることを少しだけ期待して。

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