林檎とか檸檬とか

東京廃墟

林檎とか檸檬とか

久しぶりに制服をクローゼットから出したらスカートが虫に食われていた。

辛うじてパンツの柄が分かっちゃうくらいの小さな虫食い穴。

タンスにゴンを入れてあったのにと思って見てみると交換時期を知らせる青い色に黒カビがぽつぽつと生えていた。

他に着るものもないわけで、私は着たきりの下着を脱いで、お姉ちゃんの黒い勝負下着に着替えた。黒ければごまかせると思ったからだ。すごいな、シルクってスベスベだ。お母さんがしまむらで買ってきた綿のパンツとは大違いだ。でも、ヒラヒラが太ももに当たって痒い。

ごわごわにこんがらがった髪を梳いだら、櫛に髪の毛をごっそり持ってかれた。

それなりに身なりを整えて、お母さんの花柄の傘とお父さんの長靴を履いて、外へ出た。

雨の音しか聞こえない。晴れた日の雑音はどこに行ってしまったのだろうかと、いつも思うのだ。

だから雨の日は嫌いじゃない。

しばらく私が住んでいるアパートの周りをほてほて歩いていると、擦れて穴が空いた靴底から水がしみ込んできた。だからお父さんは水虫になってしまうんだと思った。ちょっと、笑ってしまったかもしれない。・・・誰も見ていないよね。

2,3周して、分かった。雨の日は私を拒絶していない。

そうだ、あの日も雨の日だった。東名高速海老名パーキングエリア、私がトイレに行っている間、家族旅行の帰り、家族を乗せたリムジンバスが爆発したあの日。

アパートに戻ると、隣人の玄関ドアの前で配達人のお兄さんが、呼び鈴のボタンを連打していた。きっと居留守ですよ、だって夜明け前くらいまでセックスしてる音が薄い壁越しに聞こえていましたもの、今頃いびきでもかいているんじゃないかしら。とでも言ってやろうと思ったが、だまって、部屋に入った。


またセックスの音がする。ギシギシベッドが軋む音。あさから、もう、うるさい、ふざけんな。

私は、ヘッドホンで耳をふさぎ、ガムランの音色でごまかした。

今日が決行の日。拒絶されていない今日しかない。材料は揃っている、何度も実験した。最初の方で指を何本か持っていかれて挫折しそうになったけど、大丈夫だ。大丈夫だと思う。


私は角が焦げた大学ノートをめくった。蟻のような字でぎっちりと書かれたレシピを確認する。

爆弾のレシピだ。

バス大爆発はガスのせいじゃなくて、お父さんのせいだった。お父さんのカバンから爆弾の痕跡が発見されたのだ。

ノートの最後のページに記された遺書を読んでみると、無理心中というかそんな感じだったんだと思う。

じゃあ、何故、赤の他人を巻き添えにしたのか、そればかりはお父さんに聞いてみなくちゃ分からない。

じゃあ、何故、私だけ生きているのか、それは、おしっこを我慢できなかったからだ。

トイレに行きたいと、告げた時、お父さんは我慢しろと言った。

我慢できるかクソオヤジと私が言ったら、お父さんは「早く戻って来い」とだけ言った。

用を足して、ソフトクリームを買いに行こうとしたその時、バスは爆発した。

今思えば、あの時、お父さんは、私を道連れにする決心が揺らいだのだと思う。

じゃなかったら、あと、数分でドカンなのだから、縛ってでもトイレに行かせないはずだもの。


ありがた迷惑だよね、それって、ふざけんなクソオヤジってさ、毎回思うのよ。

残された私がどんな苦労したか分からないよね、赤の他人を巻き添えにしちゃう癖に、我が子だけ生きるチャンスを与えちゃうオヤジだもん、想像できるわけないよね。

「爆弾魔の父をもつ悲劇の少女」って、週刊誌の見出しを引用しちゃうけど。

私は誰も巻き添えにしないよ。いい空き地を見つけたんだ。本当はもっと楽にいきたいけどさ、同じ方法でなきゃ、お父さんやお母さん、お姉ちゃんのところに行けそうもない気がしてね。


火薬をつめた水筒に起爆装置を取り付ける、塩ビパイプに切り込みを入れて、そこにプラ坂を挿し込む。プラ坂の上にはパチンコ屋からくすねてきたパチンコ玉。

プラ坂を引き抜けば、パチンコ玉が落下して、パイプの先に付けた電極と接触し、ドカンってわけ。


洗面台の鏡をのぞいて制服のリボンのズレを直す。

私の顔は笑顔に恐怖が混じった複雑な表情をしている。

私は、雨に濡れないようにきつく縛ったビニール袋に爆弾を入れて、玄関を開けた。

いつもの騒音が聞こえた。

雨があがっていた。私を拒絶する太陽がさんさんと輝いている。

なんてこった、私は唖然とし、ドアノブに手を掛けたまま固まってしまった。

隣のドアが開き、隣人の男が出てきて、私に会釈する。

私も、口をあんぐりと開けたまま会釈をした。

「お出かけですか?」

気まずさを紛らわす為か、隣人は話しかけてきた。

「僕たちもこれから出かけるんですよ」

ニコニコと嬉しそうに言う隣人の頭の上にぬうっと別の顔が出てきた。

眼鏡をかけた短髪の男だ・・・男・・・あれ・・・男?

眼鏡の男は、「ども」とぶっきらぼうに挨拶をすると、すぐに隣人に向き直り、「行くぞ」とこれまたぶっきらぼうに言った。

「はいはい、いやー晴れてよかったですね、ほら、虹が架かってますよ」

隣人が指さす方には、確かに虹が架かっていた。

なるほど、綺麗だなと私は素直に思い、部屋に戻り、お姉ちゃんの下着を脱いで、真っ裸のまま、爆弾の解体に励んだのだった。

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