未来から来た山田くん
樹一和宏
未来から来た山田くん
私のクラスには未来人がいます。とは言っても自称です。自称未来人です。証拠何てものはありません。分かりやすいほどに嘘くさいです。ですが、そんな彼を皆は「未来」と呼びます。それは別に山田くんを未来人だと思っているからではありません。
では、何故皆が未来と呼ぶのか、その決め手となったのは高校入学式の日のことでした。
「武志久しぶりだな! あ、飯田! お前この頃はまだ真ん丸だったんだな」
まるで同窓会に来たみたいなテンションの人が、一人廊下で騒いでいました。
まだ初々しい静けさの中で、彼の声はよく響いていました。
まぁ私には関係ないと高を括って、教室に入ろうとした矢先、「ハヤミンじゃん!」と彼は私の肩を叩いてきました。
集まる視線。私が目指しているのは平穏な高校生活であって、こんなに注目されるのは不本意極まりないことでした。こんな出ばなから挫かれては堪りません。
「人違いです」と目すら合わせず私は教室へと逃げ込みました。
彼、後に知る山田くんとは二度と関わりたくないと、心の底から思いました。
ですが、そういう願いというものは古今東西悲しくも叶わないことが約束されています。
出席番号順の席で、山田くんは私の一個後ろだったのです。
「そうだったそうだった。ハヤミン一個前だった」と彼は笑い、私は自分の運命を呪いました。
「確かハヤミン『何で早川から山田の間が誰もいないの』って不思議がってたよな」
「そ、そうなんですか……」
何故こうも馴れ馴れしいのか疑問でした。色々言いたいことや聞きたいことはありましたが、そんなことよりも関わりたくないという気持ちの方が大きかったです。
そんな中、自己紹介が始まりました。出席番号順に廊下側の一番前から一人ずつやっていきます。当たり障りのないことを言う人もいれば、妙に自己主張の強い自己紹介をする人など、様々でした。
私は目立ちたくないので「早川です。よろしくお願いします」とだけ言いました。変な人とは思われたくありません。
そしてこれ幸いに、私の話を聞いている人はいませんでした。それは当然、出席番号四十番、最後を締める後ろの山田くんに注目が集まっていたからです。
山田くんは意気揚々に立ち上がると、クラス中を見渡して言いました。
「皆さんお久しぶりです。山田です。誰も信じないと思いますが、俺は十年後の未来から来ました。頭がおかしいと思ってくれてもいいです。アニメや漫画の見過ぎと思ってくれても構いません。ただ、俺以外に未来から来た人を知っていたら俺に教えてください」
アニメや漫画の見過ぎだと思いました。高校デビューにしては随分トンデモ方向なデビューの仕方だとも感心しました。
近寄りたくない分類の人に定義されます。
それから間もなくして、山田くんはあっという間に学校中で有名になりました。良い意味でも悪い意味でも。
構内で歩く姿を見掛ければ「おいあれ未来人じゃね」「でた頭がおかしい奴」「きっと中学の時陰キャラだぜあいつ」と嘲笑から哀れみ、根も葉もない噂まで色んなものが聞こえてきました。
私なら間違いなく不登校になっているレベルです。
辛辣な言葉が聞こえると、流石に同情めいた感情も抱きましたが、当の本人は一切気にしている様子はありませんでした。カエルみたいに間抜けな表情のままです。
そんな四月のある日、山田くんが帰りのホームルームで「明日の朝、季節外れの雪が降って交通網が麻痺する」と言い出しました。当然誰にも相手にされず、翌朝を迎えました。
私が目覚める頃には、外は一面の銀景色へと変わっていました。予報にはなく、都心部を中心に降った雪のせいで、午前の授業は中止になりました。
それを機に、山田くんの株は鯉の滝登りのような右肩上がりをみせ、「おはよう未来人」「未来人、俺って彼女出来るの?」「ねぇ未来、うちって十年後結婚してる?」と見事な掌返しをさせ―――
「―――こうして、山田は親しみを込めて未来と呼ばれるようになったのでした。ちゃんちゃん」
教室の後ろで山田物語を語った生徒の話を盗み聞きしていたのか、「そうなの?」と山田くんが前のめりになって私の前に顔を出してきました。
「知りませんし興味ありません」と私は窓の方へ顔を向けます。
私は山田くんと親しい仲にはなりたくなかったので、敢えて未来と呼ばず『山田くん』と呼ぶことに徹底しました。
山田くんはその距離感が嫌だったみたいで「ハヤミンも未来って呼べばいいのに」と何度か言ってきました。私はその度に「やめてくださいセクハラで訴えますよ山田さん」と更に距離を取ろうとする姿勢を見せました。席替えはいつ行われるのでしょうか。
※
席が近いとはいえ、クラスで一番喋っているのが私というのはとても不本意でした。
『席替えがしたいです』
毎日お月様願っていると、月日はあっという間に夏へ変わっていきました。依然席替えが行われないことを鑑みて、恐らく神は死んだのでしょう。現実というのは厳しいものです。
入学から三ヶ月も経つと、クラスには特定のグループが形成されます。山田くんも武志と呼ばれる体育会系の男性と、飯田と呼ばれる恰幅の良い男性とで行動することが多くなりました。
山田くんの席によく集まっていたので、周りからは山田くんを組長として未来組と呼ばれ、親しまれていました。
私は特定のグループに属す気はなかったので、一日中自分の席から離れることはありませんでした。ですが、そのせいか「ハヤミンは夏休みどこ行きたい?」と山田くん達の会話に巻き込まれることもしょっちゅうでした。
「未来に帰省すればいいじゃないですか。というかしてください」
「早川さんはキッツいなぁ」と飯田くんが何故か満腹そうに言い、「まぁそれが早川譲の由縁だから」と武志くんが分かったような口を利きました。
残念。裁縫道具があれば縫えたのですが。
※
ある時の昼休み、私を囲むように未来組が机を並べてきて半ば強制的に一緒に昼食を取らされたこともありました。不愉快極まりなく、私が眉を寄せても気にする素振りもありませんでした。
何故彼らはこんな嫌がらせをしてくるのでしょう。
山田くんとは会話をしたくなかったので、唯一まともに会話できそうな武志くんを私は放課後の図書室に呼び出しました。
武志くんは顔を合わせるなり「何? 告白?」と言ってきたので、私は自分の愚かさに嫌気が差し、死のうと思いました。
「ごめん、冗談だよ早川譲! お願いだから窓に足を掛けないで!」
私は窓を閉めると、改めて「どうして私に構うのですか?」と訊きました。
武志くんは言い淀みました。追及すると、渋々と言った様子で答えくれました。
「未来の奴が言ってたんだ。『ハヤミンには十年前に世話になった。だからそのお礼をしたい』って」
「武志くんは山田くんが未来から来たことを信じているんですか?」
「そこに関しては半信半疑なんだけど、早川譲いっつも一人だから構ってやりたいって未来の気持ちは分かるんだ」
納得がいく回答ではありませんでしたが、嘘をついているようにも思えなかったので、それ以上は何も聞かないことにしました。
その翌日からも執拗な絡みは続きました。ですが、悪意がないことを知ってしまったので、邪険に扱い辛くなったのも事実でした。
※
夏休みのことでした。夏休み特別講義というものが私の高校ではありました。週三日、無料で学校が講義をしてくれるというもので、当然私は全日参加しました。参加するのは当然勤勉な方達です。
なのに……
「何で山田くんが来ているんですか」
「ハヤミンから話し掛けてくる何て珍しい」
話題はそこではありません。何故来ているのか、です。
そりゃ当然勉強するため、とのことでしたが、嘘としか思えませんでした。しかし、思い当たる理由も思い浮かず、泣く泣く時間を共にすることになりました。断腸の思いです。にしてもやけに「今日は早く帰れよ」としつこく言ってきました。
勿論そんな忠告聞いてやる義理はありません。三時間分の講義が終了すると、私は山田くんと帰宅時間をズラすために、あれこれと先生に質問をし、時間を稼ぐことにしました。
私が帰る頃には校内には誰もおらず、静まり返った廊下には蝉の鳴き声が響いていました。窓から差し込む日差しを避けて、影を踏みながら昇降口へと向かいます。
階段を下りた頃でした。ノイズのような大きな音が聞こえてきました。
何の音でしょうか。
疑問に思いつつ昇降口に辿り着くと、大雨が降っていました。
ついさっきまで晴れていたはず。予報にはありませんでした。困りました。このまま走って帰るか考えていると、後ろから足音がしました。
「だから早く帰れって言ったんだよ」
山田くんでした。
「十年前の特別講義の初日。折り畳み傘を忘れたハヤミンは、ゲリラ豪雨の中、走って帰宅して大熱を出したんだ」
そう言って紺色の傘を寄こしてきました。
「まるで未来から来たみたいですね」
「言ってんだろ、俺は未来人だって」
私は傘を借りることにしました。山田くんは満足そうに笑うと「じゃあな」と手を上げてきました。私は気恥ずかしくて、お辞儀だけしました。逃げるように雨の中に入ると、傘を叩く雨音と視界を遮る雨粒に呑まれていくようでした。
しばらくしてから気付きました。山田くんは他に傘を持っているようには見えませんでした。どうやって帰るのでしょうか。
振り返るも、校舎の姿は雨でかき消され、その姿を確認することは不可能でした。引き返そうかとも思いましたが、山田くんの善意を無駄にするような気がして、私は大人しく帰ることにしました。
翌日からの特別講義に、山田くんは来ませんでした。私に傘を貸すためだけに来たのか、それとも雨のせいで熱でも出したのか。どちらにしてもお礼はまだ言えていません。何だか勝ち逃げされたみたいで、悔しかったです。
夏休み明け以降も未来組の絡みは執拗に続きました。傘の一件で山田くんが熱を出したということもあるので、邪険にすることは出来ませんでした。最終的に私はイチイチ反論するのも面倒になり、高一の終わり頃にはなし崩し的に一員ということになっていました。
まぁ彼らと過ごす学生生活も悪くはなかったです。
授業中の雑談も、休み時間の談笑も、放課後の寄り道も、これまで一人でいることが多かった私には抵抗もありましたが、それなりには楽しめました。
※
二年生になった春の日、いつもの四人で帰っている時です。
「なぁ未来、次のテストの問題教えてくれよ」
「だから覚えてないって。武志は中学時代のテストの問題をイチイチ覚えてるのか?」と聞き飽きた問答をしていました。
山田くんは「細かいことは覚えてない」とキッパリ言う人でした。逆に印象深かったことや大きな出来事は的確に言い当てることがありました。
国語の岡本先生が産休でいなくなることや、高一の終わりに東日本大震災が起きることなど。今の所、山田くんが言うことは九割九分が実際に起こりました。
二ヶ月前も、クラス替えで一緒になるクラスメイトをほぼ全員言い当てました。流石にそこまでいくと、山田くんは本当に未来人かもしれないと思い始めてしまいます。
そこで私はずっと気になっていたことを訊くことにしました。
「ねぇ山田くん、あなたはどうして未来から来たんですか?」
大概のフィクション作品を例に出すならば、未来から来る人は大抵過去を改変するためにやってきます。ただ昔を懐かしむために来る人など聞いたことがありません。
山田くんはその質問に「それが分からないんだ」と笑って回答しました。
「どういうことですか?」と訊き返します。
「街を歩いていたら急に目を開けてられないほどの眩しい光が見えたんだ。で、次に目を覚ましたらこの時代。俺以外にタイムスリップをしてきた人がいたら色々聞きたいんだけどなー」
「信じ難いです。というか結局、他にタイムスリップしてきた人は見つかってないんですね」
「うん。だってお前ら聞いたことないっしょ? 俺以外にタイムスリップしてきたーなんて公言してる頭おかしい奴」
私達は首を縦に振り、肯定を示しました。
「あの光の正体も、タイムスリップした理由も、元の時代に戻る方法も、全部分からないままさ」
他にも色々と訊きましたが結局の所、何も進展してない、という結論でした。
その日夜、山田くんについて考えました。
突然過去に飛ばされ、理由も元の時代に帰る方法さえ分からいというのは想像を絶する不安があるでしょう。平然とした顔の裏では焦燥感が溜まっているはずです。友達がいるとはいえ、共感や共有を誰とも出来ないという孤独も可哀想に思えてきました。
そういうことを気にし出してしまって以来、私はまともに山田くんの顔を見られなくなってしまいました。
そんな折、山田くんに好きな人がいるということが発覚しました。
十年後の山田くんは彼女もいない独身だと知っていましたが、まさか高校時代に戻って好きな人が出来るというのはどうでしょうか。
山田くんの席を中心に、緊急会議が開かれました。
「山田くんって二十六ですよね? 十六、七の高校生を恋愛対象に見るのは犯罪だと思いますよ?」
「今は十七だよ! ……いちよ」
武志くんと飯田くんの問い詰めに、渋々と山田くんは答えていきました。名前やクラスなどの具体的な話はしてくれませんでしたが、どうやら高校三年生の夏に告白されて付き合うことになる予定とのことでした。
こんな変人に惚れる相手も気になる所ですが、それよりも告白される予定というのが気に食いませんでした。
※
山田くんの好きな人が分からないまま、高二の夏休みになりました。今年の夏休みも特別講義に全日参加しようとしましたが、「山に合宿に行こう」とか「海に行こう」とか「肝試しに行こう」とか、山田くんの思い付きに振り回され、私は夏休みの大半をいつものメンバーで過ごすことになってしまいました。夏の日差しだとか、海水だとか、誰かの怨念だとかを浴びに浴び、久しぶりに登校すると「早川譲が日焼けしてる」「遂に一皮剥けた」「一夏の恋でもあったんじゃない?」と色んな声が教室の隅々から聞こえてきました。
この夏にあったことを振り返ると、私は授業中に思わずニヤケてしまいました。誰かに見られないようにすぐに教科書で顔を隠します。正直に言うと、とても楽しい夏でした。夏が終わってほしくないと思ったのはいつ以来でしょうか。それからしばらくして後悔がやってきます。
……私がこんなに青春を謳歌していいのでしょうか、と。
それからしばらくした数日後、何やら廊下が騒がしかったです。野次馬から帰ってきた飯田くんに話を聞くと、どうやら隣のクラスに『秋林さん』という女子が転入してきたそうでした。
「興味ないですね」
「マジかよ見に行こうぜ!」
そう言って山田くんと武志くんは隣のクラスへと走っていきました。
転入生というのはつくづく可哀想だと思います。転入してきたら何よりも最初に容姿の良し悪しを評価されるのですから。
山田くんの様子が変わったのはその翌日からでした。
休み時間はいつも私達と過ごしていたはずの山田くんが時折姿を見せなくなったのです。
「なぁ未来、最近秋林さんにちょっかい出してるらしいじゃん」
いつもの帰り道で、武志くんが切り出しました。
「え……あぁ、まぁ」とここ最近、心ここに有らずな感じです。
「秋林さんのどこがいいのー?」と不満そうに飯田くんが続きます。
「頭は良いらしいけどさー、何か暗いし、特別可愛いって訳でもないし、眼鏡だしさー」
「眼鏡は関係ないですよね」
会話が途切れました。最近あからさまに山田くんの元気がなく、会話も弾みません。
間を繋ぐように武志くんが「もしかして未来、秋林さんが好きなの?」と言いました。
「いや、全然……」
そこでまたしても会話が途切れます。居心地の悪さを感じつつ、無言の中歩いていると、「あぁ! もう無理!」と堰を切ったように山田くんが飛び跳ねて叫びました。
「何で俺がここまで一人で溜め込まないといけないんだ!」
突然の出来事に私達が驚いていると、山田くんは「皆、話があるんだ」とこれまでに見たことないほど真剣な表情をしました。
きっと秋林さん関連のことだろうと思いながら私達が頷くと、予想外にも「今から十年後の未来の話をする」と言い出したのです。
※
今から十年後、第三次世界大戦が勃発する。
原因は国連総会での誤通訳とされている。だが、この誤通訳はわざと行われたという噂が存在する。
日本が用意した通訳は予備交代、秋林さんを含む五名。だが秋林さん含む五名は国連総会の前日に行方不明になった。そこで急遽代理の通訳者数名が出ることになったのだ。
そこでどんな会話がなされたのかまでは不明だが、その国連総会のせいで国家間に引き金を引かせるほどの亀裂が入ったのは間違いない。
その後、亡くなった秋林さん含む五名が発見され、誤通訳を行ったとされる代理人数名も遺体となって見つかった。
つまり、この急遽代理することになった通訳者数名がわざと間違った通訳を行い、国家間に亀裂を入れさせた。それで用済みとなったその数名は証拠隠滅のために殺された。戦争を引き起こした者がいるという陰謀論が存在する。
「俺がどうしてこの時代に戻ってきたのか分からなかった。でも秋林さんが同級生として同じ学校にきていたことを知って気付いたんだ。きっと俺は秋林さんを守るために、戦争を阻止するためにここに戻ってきたんだ」
武志くんと飯田くんは言葉を失ったようで、どう反応していいか分からない様子でした。
私はそこで幾つか質問しました。
一つ、「秋林さんが転入してくるは知っていたのではないですか?」
「忘れてたんだ」
二つ、「未来の話は未来を変えてしまう恐れがあるからあまりしないのでは?」
「戦争は別だろ。起きなかったことに変えるべき」
三つ、「何故私達にこんな話をしたのですか?」
「協力してほしいからさ」
私達は顔を見合わせました。
呆けていた武志くんがようやく口を開きます。
「協力っていうのは?」
「秋林さんを守って、戦争を阻止するためのさ」
そうして山田くんはアバウトに練られた何年間にも及ぶ壮大な阻止計画を発表しました。
私は思ず笑ってしまいました。
木枯らしが足元をくすぐっていきます。季節はもうすぐ、高二の冬に入ろうとしていました。
※
高校三年生の春。山田くんは縁も所縁もない他県の山奥で遺体となって見つかりました。
私達は山田くんの葬式に参加しました。
先日、予報外れの雨に打たれて大熱を出して寝込んでいた私でしたが、式当日までに何とか微熱まで下がり、式に出席することが出来ました。
会場には多くの生徒いました。大して関わりもなかった女生徒が涙を流していたり、大して仲良くもなかった男生徒が親友気取りで後悔を口にしていたり。
大勢の参列者が山田くん一人のために集まっていました。人一人死んだだけで随分大げさだと思いました。
親族との挨拶や焼香などを済ませると、私達は会場の隅で一同に会しました。
無意識に集まっただけで、言葉が上手く出ません。
最初に口火を切ったのは飯田くんでした。
「早川さん大丈夫?」
「はい。熱は大分下がったので」
「熱もそうだけど、それよりも未来くんが死んだことだよ。早川さん、未来くんのこと好きだったんじゃないの?」
「私が山田くんのことを? 全く好きじゃありませんでしたよ」
「俺、未来が夏に付き合うことになる相手って早川譲のことだと思ってたのに」
「僕もそう思ってた。これじゃ分らず終いだね」
「早川譲嘘ついてたりしてない?」
「私は一度だって嘘ついたことありません」
「まぁ、嘘とか嫌いそうだもんな……」
武志くんが窓の外を見たので、私も釣られて顔を向けました。気怠けな雨雲が空一面に広がり、あの日のような雨が降り続いていました。
しばしの沈黙の後、武志くんが言いました。
「何かさ、未来が死んだのって、凄い作為的に感じるんだ」
「作為的? 未来くん刺殺だったんでしょ? 殺人なんだから作為的ってことに……」
「そうじゃない。未来が本当に未来から来たのならこの歳で死ぬのはおかしいだろ」
「そこは未来くんは未来人じゃなかったってことなんじゃ」
「未来はこれまで色んなことを言い当ててたろ。俺は最初面白い奴だな程度で未来の話を信じていなかったけど、いつからかあいつは未来人だって信じ始めていた。そこでさ、思ったんだ。未来は高一の頃から未来から来たって公言していただろ? 実はさ、未来以外にもウチの学校には未来と同じ時代から来た奴がいて、そいつは未来が言っていた誤通訳事件に一枚噛んでる奴だったとしたら」
「ちょ、ちょっと待てよ。それってつまり、第三次世界大戦を引き起こすように仕向けた黒幕がウチの学校にいるかもしれないってこと?」
「そう。そいつが未来の阻止計画を止めるために未来を殺した」
か、考え過ぎだよ…… それに未来くんじゃなくて、秋林さんを殺せば済む話だったんじゃないの?」
「んー……まぁ確かにそうかもな。流石にないか」
二人は葬式会場ということもあり、抑え気味に笑いました。
私の目指しているのは平穏な学生生活です。それは下手なことしなければ、未来は変わらないという意味です。このままいけば、第三次世界は予定通りに起きます。なのでイレギュラーが起きないように、秋林さんは早々に殺すべきでありませんでした。予定通りに十年後の国連総会の前日に始末します。物事にはタイミングというものが重要です。
それにしても武志くんは勘が良いです。だからこそ危険です。しかし幸いなことに武志くんは重要な所まで頭が回っていません。誰が山田くんを殺したのか。身内に犯人がいないと思っているからこそ、そこまで考えつかなったのでしょう。
犯人は山田くんを未来人だと確信していて、尚且つ山田くんの阻止計画を知っている人物。山田くんの阻止計画を知っているのは恐らくここにいる私達三人だけ。そして私達の三人の中で、山田くんが未来人だと確信しているのは、山田くんが語った未来の話を事実だと知っている未来人のこの私だけです。
少し考えれば武志くんはこの三人の中に犯人がいること、いや犯人が私だと気付けたはずです。
だけどまぁ気付かなかったおかげで、無事に計画は成功するのですが。
とりあえず安全を取って近いうちに武志くんを始末することにしましょう。
全ては新生日本のために。
※
雨が降っていました。山道はぬかるみ、闇夜に浮かぶ葉っぱが雨に濡れて、不気味に光っていました。
泥まみれになること何てお構いなしに揉みくちゃになった私達は、最終的に斜面から滑り落ちました。どさくさに紛れて、私はナイフを山田くんのお腹に刺しました。これまで八人を刺殺しているのです。人を刺すのは慣れていたつもりでした。なのに。
「いつから私が未来人だと気付いていたんですか?」
「……最初から。十年前のハヤミンは、敬語なんて一度も使わなかったから」
「失態です。では何故、それを追求しなかったのですか」
「俺が未来から来たって言ってるのに、『私も未来から来た』って教えてくれないから何か理由があると思ったんだ。だから前みたいに仲良くなって、ハヤミンの方から言い出してくれるのを待ってたんだけど、流石にこれは……予想できなかったかな……」
小刻みに震える両手に無理矢理力を込めて押さえ付けます。山田くんが苦しそうに声を上げました。
「……雨……また、ハヤミンが……熱を、出しちゃう……」
意識が朦朧としてきたのか、山田くんがうわ言を言い始めました。
私は未来の日本のために身も心も捧げました。感情を殺します。無心に無関心に、何も考えないように。
雨が強くなっていきます。私の頬を伝って、幾つもの水滴が落ちていきます。
「ねぇ、ハヤミン……最後に、一つだけ……教えてよ……」
「……はい、何ですか」
「俺と過ごした……高三の、夏は……楽しかった……?」
「……私の人生の中で、一番、最も、最高に、幸せな時間でした……」
山田くんは満足そうな顔を最後に、動かなくなりました。
私はこれから何十億人もの人間を殺します。だから神様、せめて、最愛の人をこの手で殺すことで、贖いをさせてください。罪に罪を重ねているだけかもしれません。罪で罪を拭おうとするなんて馬鹿げているかもしれません。結局は自分の中に残っているちっぽけな偽善意識を満たすために、山田くんを身勝手に殺しただけかもしれません。
ですが、この涙だけは本物のつもりです。
気持ちが体に追い付かず、嗚咽するように私は泣きました。
どうか今この時だけは、許してください。
せめて、この雨が降っている間だけは。
未来から来た山田くん 樹一和宏 @hitobasira1129
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