FAIRY LAND

猫目 青

FAIRY LAND



 銀河鉄道と呼ばれるその流星群は、夏の盛りにこの島に接近する。雨期が終わった夏の雨上がりの空には無数の流れ星がこの島に流れ着くのだ。

 この島に住む人々は、昔からその流れ星に乗って人々は旅立っていくと考えていた。流星は人と人の絆を結ぶ汽車なのだという。その汽車に乗って、人々は遠くにいる大切な人に会いにいけるというのだ。

 さぁさぁと雨音を耳にしながら、メルはそんな島の言い伝えを語る幼馴染の声に耳を傾けていた。錆びた遊具の並ぶ公園。足元の水たまりに蒼い眼を向けると、幼馴染の彼と自分の姿が映り込んでいた。

「だから、何かあったら僕は君を追いかけるために、銀河鉄道に乗るよ。どこまでも、どこまでも君を追いかける。だからね、メル。離れ離れになっても、僕たちはきっとまた会える」

 眼を瞑る彼は、歌を紡ぐように言葉を唱えていく。雨音と共に心地よく響き渡る彼の声を、メルは静かに聴いていた。

 ぱしゃん、ぱしゃんと降りしきる雨は彼の姿を映す水たまりをゆらしていく。水たまりがゆれるたびに涼やかな水の香りが鼻孔に広がって、メルは気持ちよさに眼を瞑っていた。

「だから、僕はこの狂った世界を変えてやるんだ……。君にまた会うために、僕は狂ったゲームをしにいくんだよ。僕がこのゲームのルールを変えてやるんだ……。君を守るために」

 彼の声が暗さを帯びる。

 はっとメルは蒼い眼を大きく見開いて、彼の映る水たまりを見つめていた。そこに彼の姿はない。先ほどまで彼の映っていた水たまりには、白銀の輝きを帯びた天の川が広がっていた。

 メルは彼と最後に交わした言葉を思い出していたのだ。メルが思い出していた言葉を残して、彼はこの島を去っていった。

 水たまりに映る天の川から、蒼い尾を伴った星々が地上へと放たれていく。今年も銀河鉄道流星群はこの島の夜空を彩る。一緒に流星をを見あげているはずの彼の姿は、水たまりに映っていなかった。

 また、彼がいなくなった。

 これで、何度目だろう。彼を喪うのは。

 ほろほろとメルの蒼い眼から涙が零れ落ちる。

 涙を流すメルの唇は、歌を奏でていた。それは、この世界の神を呪う言葉。

 自分の愛しいものを救ってくれなかった神をメルは遠い昔に捨てたのだ。

 そして彼女は決意する。彼との未来を取り戻すと。

 そんな彼女に島に流れ着いた流星たちは囁いた。

 罪を犯してでも、彼との未来を取り戻したいかと。

 その声に応え、メルは銀河鉄道に乗って彼を追いかけることを決意した。もう何度もメルは銀河鉄道流星群に乗り、彼との別れを繰り返している。

 歌う彼女のもとへと蒼い星々が集う。

 さぁ、彼の元に戻ろうとメルは星々に歌いかける。

 集う星はメルの眼前で光り輝く汽車となる。メルは蒼い眼に凛とした光を宿し、その汽車へと乗った。

 汽車は銀河の輝く空へと昇っていく。メルを『過去にいる彼の元へと』誘うために。

 



 始まりは、一つの戦争だった。

 長い長いその戦争は、メルたちの住んでいた小さな島にも押し寄せた。

 真っ白な砂浜を駆けていた幼いメルたちの元に、人の形をした機械が降りてきたのはいつの事だったろうか。機械兵と呼ばれる羽の生えたその兵器は、平和だった島を戦場へと変えた。

 砂浜で遊んでいた子供たちの中で、生き残ったのはメルと幼馴染の彼だけ。

 幼い頃の平和な島を取り戻したいと、成長した彼は機械兵乗りになった。その頃、長閑だった島は大きく様変わりし、機械兵を生み出す工業地帯へと生まれ変わっていたのだ。

 FAIRYと称される虫の翅を模した翼を持つ機械兵たちが、島ではいくつも生み出された。そのことに因んで、人々はこの島をFAIRY LANDと呼ぶようになる。 

 妖精の国と揶揄される島で成長した彼は機械兵乗りとして才覚を表し、島で創られたFALRYに乗って戦場へと旅立っていった。

 今でもメルは後悔していることがある。

 戦場へと出かけていく彼を、メルは冷たく突き放したのだ。

 あの夏の砂浜で友達を殺した恐ろしい兵器に彼を乗せたくなかったから。

 彼に人を殺して欲しくなかったから。

 それでも彼は戦場へと旅立っていった。メルを独り、島に残して。

 メルの待つ島に彼が帰ってくることはなかった。

 彼の代わりに戻ってきたのは、小さな歯車。戦いの最中、彼の乗るFAIRYは敵に攻撃され大破したという。彼はそのさいの爆発に巻き込まれて、死んだ。

 彼の遺体はばらばらになり、探すことすら出来なかったという。

 彼が葬られた砂浜で、メルはひたすらに神に祈った。彼を返して欲しいと祈った。メルの言葉に神は耳を貸さなかった。

 メルは、神を信じることをやめた。彼女は自分の中の神を殺したのだ。

 涙を流すメルの眼には美しい流星が映り込む。人々が愛しい者に巡り会うために乗るという銀河鉄道流星群が。

 島に伝わる言い伝えを思い出して、メルは祈ったのだ。

 彼に会いたいと。私を彼の元に誘ってと。

 その想いは歌となって、暗い砂浜に響き渡っていた。

 彼を想いメルは歌う。彼に会いたいとメルは歌う。その歌に応えるように、メルの持つFAIRYの歯車が淡い輝きを放った。

 驚くメルの前で歯車は宙に浮かびあがり、くるくると回転してみせる。その回転に引き寄せられるように、空を舞う流れ星がメルの元へと集ってきたのだ。

 青い閃光を放つ星々はメルの周囲に集い、メルに語りかける。

 彼に会いたいかと。そのために、罪を犯す覚悟があるかと。

 その声に、メルは応えていた。

「彼との未来を取り戻したい」



 そうしてメルは、銀河鉄道に乗って過去へと旅立った。何度も戦場へ旅立つ前の彼に会い、彼を引き留めた。その度に彼はメルを冷たく突き放し、冷たい歯車となって帰ってくる。

 メルは何度も遡る過去を変え、彼を救おうとした。

 FAIRY LANDになる前の島に跳び、死ぬはずだった友達を救ったこともある。島が機械兵の攻撃を受ける前に島民に非難を呼びかけ、みんなの命を救ったこともある。けれど、彼は変わることなく戦場へと赴き、島には帰ってこなかった。

 だからメルは、彼を追い戦場へと向かうことにした。

 戦場にいる彼の元へと、メルは旅立つことを決めたのだ。

 




 そこは翅を纏うFAIRYたちが駆けまわる戦場だった。百合の咲く丘の上を、蝶の翅を持つ機械兵たちが優美に飛び立っていく。

 彼らは蒼い空を機械の翅で舞い、去り際に鋼の腕に持つ巨大な剣をぶつけ合う。火花が飛び散る剣戟は銀の軌道を空に描き、さながら流星が待っているような光景を描き出してみせるのだ。

 その戦いをメルは百合の丘の上で見あげている。優美な剣戟を放つFAIRYの中に彼がいる。彼は、この場所で亡くなる運命を背負っているのだ。

 メルが何度過去をやり直しても、彼はこの場所で繰り返し帰らぬ人となった。

 だからメルは、罪を犯すことにした。

 この世界の運命ルールを変える罪を。

 真っ白な百合の丘を駆けながら、メルは歌う。銀河鉄道に語りかける歌を。

 私のすべてを捧げるとメルは歌で告げる。私のすべてを捧げて、彼を救うと。

 あなたの側に行ってみせると。

 白銀の髪を翻すメルの周囲を百合の花びらが舞う。その花びらは真っ白な蝶となって、駆けるメルの周囲を舞う。蝶たちは蒼い光を放ちながら、メルの前方に蝶列を創り出した。

 その蝶列に乗って、メルは空を駆ける。

 蒼い空をメルは駆けあがり、敵と剣を交えるFAIRYの元へと跳んだ。

 交差する巨大な鋼の刃の狭間に、メルの体が投げ出される。白銀の髪を陽光に照らしながら、メルはその刃を駆けあがり、彼の乗るFAIRYの腕へと跳び移っていた。その時だ。敵の剣がFAIRYの胸を貫いたのは。深々と刺さった刃は、FAIRYの胴体を無慈悲に切り裂いていく。

 切りつけられたFAIRYは切断面から蒼い火花を放ちながら、大地へと落ちていく。FAIRYの体は小さく爆発を繰り返しながら、空中で砕け散った。

 機械の妖精を構成していた歯車が、陽光に照らされながら空へと散らばる。その歯車の中に落ちていく彼がいた。機械兵の残骸と共に落ちるメルは、彼の元へと向かう。

 メルを見つめる彼の眼が大きく見開かれる。メルは優しく彼に微笑んでいた。そんなメルを見て、彼の顔にも笑みが広がる。

「やっと、やっと会えた……。やっと、あなたを救えた」

 メルの蒼い眼からほろほろと涙が零れる。

 この時をどんなに待ち望んだだろうか。彼を救うこのときを。

 二人は蒼い空の中でお互いに抱きしめ合った。抱きしめ合う二人を輝く蝶列が優しく包み込む。蝶たちの光に守られながら、メルと彼はゆったりと地上に降りていく。

 二人はお互いに強く体を抱き寄せ、唇を重ねた。

 やがてメルと彼は、百合の咲き誇る丘へと降りたつ。メルが彼から体を放した瞬間、メルは光る蝶たちに取り囲まれた。

「メルっ!」

 異変に気がついた彼が叫ぶ。彼は急いでメルに手を伸ばすが、その手がメルに届くことはなかった。メルの体は蝶たちと共に蒼い空へと昇っていく。

 メルは罪を犯した。死ぬはずだった運命ルールを背負わされた彼を、自らの命と引き換えに救ったのだ。

 銀河鉄道の流星たちは、神様の代わりにメルの願いを叶えてくれた。

 メルの願いはこの世界の運命を覆すという罪そのもの。その罪を償うために、メルは自身の命をこの世界に差し出したのだ。

 だから、彼とはここでお別れ。

 ただ一つの祈りを歌にして、メルは空へと昇っていく。


 どうか、私を見つけて。

 私に会に来て。

 あなたとの未来は、そこにあるから。

 

 メルを連れ去る蝶たちの群れは、大地を離れ、蒼い空から星々の舞う銀河へと行き着く。そこには、蒼く輝く銀河鉄道の汽車が待っていた。

 メルは涙を拭ってその汽車に乗る。

 彼と、再び会えることを信じて。




 そうして彼女は時を巡る。

 銀河鉄道の願いを聞き入れ、メルは離れ離れになった人々を歌で繋ぐ存在となった。遠く離れた愛しい人々の前に表れては、メルはその人々のために歌い、彼らを巡り会わせる。

 それは、行方知れずの子供を探す親だったり、飼い主を探す猫だったこともあった。亡くなった人と、取り残された遺族の心を繋いで、彼らを再開させたこともあった。機械兵たちの戦場に赴き、亡くなった彼らの魂を残された遺族の元に導いたこともあった。

 メルは出会いを求める人々のために歌い続け、やがて自分が何者なのかも分からなくなっていった。歌で、遠く離れた人々を繋ぐのがメルの役目。でも、なぜその人々のために歌をうたうのか、メルは思いだすことすらできなくなっていた。

 ただ、自分にもそんな存在がいたことを朧げに覚えている。彼と二度と会うことが叶わないことも。

 孤独を抱え続けながら、メルは愛しい人に会いたいと願う人々のために歌い続けた。 

 そんな中で、メルは一人の女性と巡り会う。

 美しい百合の丘で亡くなった夫と再会した彼女は、ずっと独りだというメルのためにこう言ってくれた。

 だったら、私の所に来ればいい。そしたら、あなたは独りじゃなくなると。

 彼女は涙を流すメルを優しく抱きしめたくれた。

 そうしてメルは願う。彼女と共に生きたいと。

 メルの願いを銀河鉄道流星群は聞き入れる。

 メル・アイヴィーは、母となる女性と巡り会い、再びこの世に生を受けた。


 


 その百合の丘で、メルは銀河鉄道流星群を見るのが好きだった。煌めく流星は、メルの首飾りにつけられた歯車の蒼い煌めきを想わせる。機械兵乗りだった父の形見であるその歯車をメルは片時も離さず身に着けていた。

 それは、父の乗っていた機械兵の一部だという。機械兵の爆発に巻き込まれて亡くなった父の遺体の代わりに、この歯車は父を待っていた母の元に届けられたというのだ。

 ぎゅっとメルは首飾りにつけられた歯車を握りしめる。

 銀河鉄道流星群を見あげていると、とても懐かしい気持ちになるのはなぜなのだろうか。それは、自分が生まれる前に亡くなった父のせいだとメルは思っている。

 この島に伝わる言い伝えによると、銀河鉄道流星群は離れ離れになった人々を結ぶ汽車なのだそうだ。その汽車に乗って、人々は愛しい人に会いに行けるという。

 かつて、この小さな島にはFAIRYと呼ばれる機械兵を創る大きな工場地帯があった。戦争が終わった今では機械兵の工場も閉鎖され、島はかつての穏やかさを取り戻そうとしている。

 ここはそのせいでFAIRY LANDと呼ばれていたんだよと母が教えてくれたことが

ある。島でFAIRYと呼ばれる機械兵が造られるようになったのは、この島を機械兵が襲ったせいだとも母は教えてくれた。

 島で造られた機械の妖精たちに乗って、父たちは戦場へと向かい帰っては来なかった。

 メルは後方へと顔を向ける。そこには、鋼鉄の翅を持つ機械兵たちが横たわっていた。錆びて、土に埋もれたFAIRYたちを慰めるように、白い百合の花々は

人形たちの周囲で優しく咲き誇る。

 戦争が終わり打ち捨てられたFAIRYたちを見ていると、メルは無性に悲しくなってくるのだ。ほろほろと涙が蒼い眼から零れて、堪えられなくなる。

 乗る人もいなくなり忘れ去られ機械たちは、遠い昔の自分と似ていたから。

 それがいつのことなのかメルには分らない。

 分らないけれど、メルはずっと独りでいた。

 誰かを探して、誰かに会いたくて、メルはここまでやってきた。

 それが誰なのか、思い出せない。

「会いたい……」 

 涙に濡れるメルの眼は、流星の流れる夜空へと向けられる。

「会いたいよ……」

 思い出せないのに、その人に会いたくて、会いたくてたまらない。

「もう私を、独りにしないで……」

 メルは思いを囁いていた。遠い昔に忘れた孤独を嘆いていた。

 それは涙となってメルの眼から零れていく。濡れる顔を両手で覆って、メルは大声をあげて泣いていた。

 その時だ。一条の流れ星がメルの元へと向かってきたのは。

 眩いその光に驚いて、メルは空を仰ぐ。蒼い流星が尾を引きながら、次々とメルの元へと降ってくるではないか。

 星々は一つとなり、光り輝く汽車になる。その汽車が、銀河色の煙を吐きながら、メルの元へと降りたった。

 汽車の扉が静かに開かれ、そこから一人の青年が姿を現す。ボロボロの軍服を纏った機械兵乗りの彼は、メルを見て嬉しそうに微笑んだ。

 彼は汽車から跳び下りて、メルへと向かってくる。彼に抱きしめられ、メルは大きく眼を見開いていた。

 鼻孔に水の香りが広がる。これは、夏の雨の香りだ。

 彼が好きだった雨の香り。

 その雨が降る寂れた公園で、静かに眼を瞑って彼と唇を重ねた。唇を離して俯くと、足元の水たまりに恥ずかしそうにはにかむ自分と彼の姿が映り込んでいた。

 その水たまりを見つめながら、彼は自分のために戦うと言い残し戦場へと赴いた。彼は戻ってこず、メルは自分の中の神を殺し、流星群に祈ったのだ。

 彼にまた会いたいと。

 メルの頭の中を、様々な映像が過っていく。

 彼と過ごした白い砂浜。初めてキスをした雨の日。

 そして、自分の中の神を殺した旅立ちの日。

 長い時を旅して、メルは彼をこの世界の残酷なルールから解き放った。

 自分の存在と引き換えに。

 そんな彼が、眼の前にいる。

 彼の腕の中で、メルは眼を拭っていた。潤んだ眼を細めて、メルは彼に言葉を送る。

「お帰りなさい……」

「ただいま、メル」

 そっと二人は微笑み合い、流星の流れる空の下でキスをした。

 

 

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FAIRY LAND 猫目 青 @namakemono

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