鬼の棲む村

@asari_m

第1話

「むかーしむかし、ある村の隣に鬼の棲む村があったとな。

鬼は夜になると何処からか現れ人間を喰うという。

だでに、鬼の棲む村に行ったならば、日が沈む前に必ず家に帰らねばーならん。

鬼は人間のような体つきだが、顔は様々、小さい鬼から大きい鬼もあるに。

いいかい?夜はちゃーんと、自分の小屋におらねばならんよ。ここ数年、鬼を見たものはおらんに。」


叔母は、そう言うと遠くを見つめるように、この小即村の昔話を始めた。


「もしも、日が暮れてしまったら鬼に食べられてしまうの?」


「あぁそうとも、ここに棲む者は皆、鬼に喰われるに値する人間しかいないのだから。決まりごとは絶対なんじゃよ。いいかい?礼子、、、」


叔母は、とても悲しそうな顔をしながら私の頭を優しくなでた。



「ハァ、、、ハァ、、ハァ」


小さな5畳の部屋には、私しかいない。

寝汗でグッショリした寝衣が 、ここは夢の中でないことを物語っている。


「夢、、、か。」

私が棲むこの村は人口100人程度の小さな村である。


バンッ!と戸が開く音が響く。

「おい!礼子、お前遅いぞ!まだ寝てたのかよ。お前って呑気だな。」

「セッキ!勝手にドア開けないでよ!」

「村の大人が礼子がまだ来てないから様子を見て来いって言われたんだよ!誰が好き好んで開けるかよ!」

「そうか、、そう言えば今日だったな。鬼の棲む村に行く日は。」

セッキが「そうだよ!呑気な女だぜ。」と言って戸を閉めてスタスタと何処かに行ってしまった。その音を聞きながら礼子からため息が漏れる。


この村には誰が決めたのか判らない、決まりごとがいくつかあった。

一つ、鬼の棲む村に行けるのは、太陽が真上に昇った時から日が沈むまで。

一つ、夕日が沈むまでに、各自決められた小さい障子張りの小屋に入らなければいけない。

一つ、決して鬼に見つかってはいけない。


心の中でその決まりごとを頭に思い浮かべながら、

自分の胸の長さまである髪を結って村の門まで歩いて行った。


そこには、5列3人掛けのオンボロな車が一台と、これから隣の村に行く村人たちが15人集まっていた。車なのかトラックなのか、よく判らないその乗り物には、

屋根もなく人がむき出し状態になっている。


私は4列目の真ん中の席に座り両隣は知らない村人の男だった。


門番の村人は運転手とその乗客に「無事を祈る」とだけ伝え、門は閉められた。


上り坂と下り坂を何度か繰り返し、左右は木々の雑木林に囲まれていた。


なん分経ったのだろうか。暫くすると人が住んでいそうな小さな家がいくつか見えてきた。車が停車し、運転手が「日が沈む前までに迎えに来る。」と、それだけ言い残しどこかに去ってしまった。


そこには家があり、此処に鬼が棲んでいるなんて考えられないほどに自分たちが住んでいる小即村より明るい村だった。


「わぁ、、、」思わず心から声が漏れてしまう。

私が棲む村では、閑散としていて皆笑顔がなく空気が乾燥していてどこか冷たいのだ。

でも此処は、私が棲む村よりも暖かく少し気持ちが晴れたように感じた。


そんな私を見て「おい、礼子」セッキに呼ばれてしまった。

セッキもあの乗り物に乗り合わせていたのだ。


私が黙り込んでいるのを見て、セッキがもう一度私を呼ぶ。

「おい礼子!」

「何よ、私あなたに構っている暇はないの。早く仕事を済ませて帰らなきゃ」

「時間はまだまだあるじゃないか。それより礼子、今この村がいいなと思ったんだろう。」

「何を言うの?ここは鬼の棲む村なのよ。早く帰りたいに決まってるわ。」

「へーそうかよ。俺はな、この村に棲もうと考えているんだ。」

その言葉を聞いた瞬間、礼子の背筋が凍るのを感じた。

さっきまでの暖かい空気など一瞬で吹き飛んだのだ。


「何を言っているの?あなた、死ぬつもり?」

「礼子、俺は本気だぜ!だって見ろよ!家がこんなにあるし。ほらっ!あの家なんて煙突から煙が上がってるじゃないか!なんでここの方が気候がいいんだよ。俺らが棲んでいる村の方が如何にも鬼が棲んでいそうじゃないか。」


真剣に話すセッキの姿は、私が知る限り初めて見せる顔だった。


「もう知らない。好きにすればいいじゃない。私には頼まれた仕事があるの、私だけじゃない。勿論、あなたにも他の村人も皆同じよ!あなたがしようとしている事は自分勝手で無責任な行動よ。」

強めな私の口調は、静かな村に少し響き渡りそうな声だった。

「もういいよ。話した俺が馬鹿だった。なら俺一人ここに残る。」


何て馬鹿な男なんだと呆れつつも、大切な村人の一人には変わりなかった。

「はぁ、馬鹿セッキ。」小さい声で呟くとセッキが「なんだとぉ!?」と怒りだす。

そのやり取りがなんだか可笑しくクスクスとお互い笑い出した。

「お願いセッキ、私あなたがいなくなると寂しくなるの。村の人も皆そうよ?だからそんなこと言わないで」礼子の真剣な眼差しを向けられ、恥ずかしくなりセッキが顔を逸らす。

「わ、わかったよ。」顔が少し赤らんだセッキの顔を見て礼子が

「あら、顔が赤いわよ」クスっと礼子が微笑んで見せた。


その後、セッキと別れ頼まれていた鬼の棲む村にしか生えていない薬草や作物を調達する。


ここに来るのは初めてだが、薬草は他の村人の人たちが採ってきた物を観ていたので、頼まれていたものは初めてでも直ぐに分かった。


そんなことをしているうちに、日が3時の方向に移動していた。

「いけない、もうすぐ3時の方向だわ。早く乗り物の場所まで行かなくちゃ。」

礼子は駆け足で乗り場まで走る。もう乗り物は到着済みで村人も何人か戻ってきていた。

次第に皆乗り物に乗り運転手が点呼を取り始める。

「…11,12,13,14、、おい一人足りないぞ。」

その言葉で皆の顔が一気に青ざめていく。

礼子が辺りを見渡すが、セッキの姿が見当たらない。

「セッキ、セッキが居ないわ!!あの子もしかして、、」

運転手も青ざめていく日は少しずつ沈み始めていた。


「置いていくしかない」

村人の一人が口を開いた。その言葉を聞いてすかさず礼子は、

「そんな!セッキを置いていくなんて、酷い!」

礼子の言葉を聞いて何人か「そうだ!まだ時間はあるんだし、道に迷っているのかもしれないじゃないか!」

だが違う村人は、「何を言っているんだ、日が沈む前に帰らねば皆、鬼に喰われてしまうのだぞ。」「そんなの昔話ではないか!実際に鬼を見たものはいないではないか。」その話を聞き運転手は「いいか、鬼はいる。礼子、すまないがセッキは諦めろ。もう時期日が沈む。沈めば手遅れだ、いいか今日は大きな声を出しすぎた。もう時期鬼達は目を覚まし起きて来るだろう。帰り道に万が一体に変化が起きても叫ぶな。いいな。」それだけ言うと運転手は運転席に戻っていき暫くして乗り物が動き始めた。礼子は、(セッキ、、セッキ、、)と心の中で何度も呼んだが、セッキが乗り物乗り場まで来る事はなかった。


乗り物が走り始める時もう、日は沈みかけていた。

運転手は日の沈みを見ながら「不味いな、、」と怪訝そうな顔で呟き、行きとは比べ物にならないスピードで上り坂と下り坂を何度も繰り返していく。


先程まで夕日がかった道がいきなり真暗道に変わり、細い道筋を示す様に

灯りがついた。その時私は心底後悔した。


一緒にセッキと行動していれば、もう少し早く出発できていれば、、

こんなことにはならなかっただろうに。


次第に体が震え始めた。目の前を見ると、村人の男の襟足部分から何かが生えてきた。

(えっ何あれ!?)そう思った瞬間乗り物が大きく揺れた衝撃で顔を伏せ目を閉じた。礼子が直ぐに目を開け前を向くと、前に座っていた男の姿はない。

前に気を取られていると、小さく左隣から、「ぅわっ!!」と聞こえ直ぐ声が消えた。すかさず左に目を向けると、左に座っていた村人も居なくなっていた。


周りで何が起こっているのか訳が分からず礼子は乗り物の速さに体が飛ばされない様乗り物に必死でしがみつくしかなかった。


一気に加速した乗り物は小即村の門の前で止まっていた。

礼子は、乗り物にしがみついていた体を起こし村の門に目を向ける。


其処には、いつもとは違う何かがいた。

体全身が震えだす。乗り物に乗っていた全員がそうであろう。


初めて見る鬼は如何にも固そうな金棒を持ち歩きただひたすら徘徊していた。

村人の門番と鬼は何か話をしている様だが、恐怖で何も聞こえなかった。

人間はあまりの恐怖に至ると声が出ないものなんだと初めて知った。



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