終幕 - 6日目のその先も
まだまだ続く、物語へと
草むらをじいっと見つめる。やっぱり気のせいなんかじゃない。驚かせないようにそっと手を伸ばす。指を向けると、のそのそのその指に移って来た。ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。
「キンスーっ、見て見てーっ!」
「すぐ近くにいるんだから、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ」
「えへへ、ほら!てんとうむしだよ!」
湖の畔。四葉のクローバーを探そうとしゃがみ込んでいたところ、見つけた小さな命だった。赤い体に黒の模様。よじよじとココの手を登る様子が愛らしい。
「あら、本当。かわいらしいわね」
「私にも見せてー!」
少し向こうからウィットが駆けてくるのが見える。ほら、と右手を見せると、嬉しそうに目を輝かせた。
「あら、ウィット。それは?」
そんなウィットの手の中のものに、キンスが目を留めた。ウィットは笑顔のままそれを翳すと、
「お花の冠!かわいいでしょう?」
器用にも編み上げられた白い冠を、自らの頭にちょこんとのせた。艶やかな美しい黒髪に、シロツメクサの花がよく映える。
「本当だ。よく似合ってるよ」
世辞でも何でもなくそう告げると、ウィットは照れた様子だった。呆れたようなキンスの顔に気付く。なんだろう、と視線を向けた時、
「あ!」
指先から、てんとうむしが飛び立った。3人揃ってその姿を目で追うも、すぐに見失ってしまう。
「あーあ、行っちゃった」
「いいじゃない。ほら、四葉を探すんじゃなかったの?」
「そうよ、ココ!押し花にして、お守りにするんだから!」
「あ!そうだった!」
慌ててその場にしゃがみ込む。そんなココとウィットを見てキンスは軽く溜息をつき、少し離れた大樹の方へ視線をやった。
視線の先には少年が1人。そして、白い梟が1羽。あちらもこちらの様子を、見つめているようだった。
「いやあ、若いってのは元気でいいねぇ」
『何を呆けたことを言っているのでしょう。あなただってまだ広義に見れば充分子どもですよ』
「いや俺は最年長で家主だから。保護者よ保護者。はー、つらいわー」
大きく伸びをすると、首から提げた小さな鏡がきらりと揺れた。映りこんだ影らしき何かが、愉しそうに口を歪める。
『なら、家主も保護者もやめて出ていきゃァいいんじゃねェかァ?1度呼び止められたからって調子に乗りやがって。何ならまた一悶着起こしてもいいんだゼェ?』
「やめてクダサイまじで頼むから」
それだけは本気で勘弁だった。やっと手に入れたこの平穏を、ものの数日で崩されてたまるものか。何より、こちらの身がもたない。
そのやり取りに、静かに白梟が笑みを零す。それに気付いたヴァンははたとアウルを注視した。視線に気付いたアウルはぴたりと笑うのをやめる。
『……何でしょう、ヴァン』
「いやあんた、面白くて笑うことあったんだな」
『あなたは私を馬鹿にしているのでしょうか?』
「ああいや、そうじゃなくて」
ヴァンががりりと頭を掻いた。少し考える素振りの後、こう告げる。
「あんたもやっぱ、ただ真面目なだけだったんだなって。つまんなかったんじゃねぇの?『森の主』も『語り部』も」
『……ほら、やはり馬鹿にしているではありませんか』
アウルは溜息のような音を零す。役目に忠実たりたくてココを導こうとしたのは事実だが、明らかな勘違いもそこにはあった。
『私は語り部の役をつまらないと思ったことなんて、1度もありませんよ。そこの鏡とは違うんです』
『あン?』
何だァ、やんのかと挑発的な声がしたが無視をする。物理的に何の害があるわけでもない鏡の妖精に付き合うだけ、時間の無駄だからだ。
「語り部、好きでやってたんだ」
『ええ。私は物語が好きですから。ああ、そういう意味では此度の1件も、なかなか楽しませてもらいましたよ』
筋道通りの物語を完成することは出来なかった。そういう意味では森の主としての役割は失敗したのだろう。けれど1人の役者として、物語に関わることの出来た今回を、アウルはきっと忘れることはない。
明るい日差しの中、子どもたちが遊んでいる。各々が各々の考えるままに行動した結果、得ることのできた平穏だ。これを世間ではハッピーエンドと呼ぶのだろう。
けれど実際はそうじゃない。子どもたちの未来は続いていく。これから先に、思いの寄らない困難が待ち受けることもあるのかもしれない。それこそ自分たち、森の主と呼ばれる者にも予想もできない展開がこの先続いていくのかもしれない。
それも踏まえたその上で。今はこの物語に幕を閉じよう。
王子と姫と、狩人と魔女は、不思議な梟と喋る鏡と共に、きっとこれから先も末永く、仲良く幸せに暮らすのだろう。
彼らがそう望む限り、その道のりは明るく美しいものであるだろう。
めでたし、めでたし。
プレイハウス 無垢 @832mk
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