第7話 裁き

「領内の者どもも不安におびえております。このような騒ぎを起こすとは不届き千万。家財募集のうえ、所払いというところでいかがかと存じます」

「ふむ。ならば、この掛け軸を描いた絵師はどうだ」

「もちろん同罪ですな。このような忌まわしきものを描くなど許しておけませぬ」

「左様か。そちの存念はよく分かった。では、私の考えを申し渡そう」

 忠利が何を言い出すか、一同は固唾を飲んで静まりかえる。


「越前屋。此度の一件、その方は無罪放免といたす」


 すぐに本山が叫んだ。

「何故でございますか。これだけの証がありながらそのような裁下、承服できませぬ」

「騒ぐな。本山。家臣の身で私に異を唱えようというのか」


「お言葉ではございますが、理由もお示しにならずに無罪とは、領内の不安が収まらず、騒擾のたねとなりますぞ」

「今から、その理由を述べようというのだ。まあ聞け」


「今から十余年ほど前のことであったかな。越前屋、そなたの店で銭も持たずに、なか餅をたらふく食うた若者がおったであろう。それを咎めるでもなく、若者の持っていた絵を一時預かり、出世払いとしたこと覚えておるか」

 越前屋は、はっとしたように面を上げる。

「当店のなか餅は、名嘉餅とも申します。あなた様のご運もきっと開けましょう、とその若者にそなたは言ったそうだな」


 次いで、本山の方に向き直り、

「たかが画一枚に災いを呼ぶ力などあるか。たわけ。そのような流言飛語を鎮めぬとは、政を預かる身として資質に欠けるわ。謹慎を申し付ける。下がれ」

 顔面蒼白となった本山は平伏し、倉皇として退出する。


「上州屋。そちは、この画が様々な災いをもたらしたとか申したな。嘘偽りを申すな。追って沙汰を下す。引き立てい」

 慌てる上州屋を代官所の役人が連れ出していく。


「越前屋。家業に励み、末永く、なか餅の味を後世に伝えよ。そうじゃ、これはいつぞやのもち代として私が預かったものだ。三両確かに渡したぞ。これにて一件落着」

 家臣が懐紙に包んだものを縁側に置き、忠利は呵々大笑しながら座敷を出て行く。越前屋は筵に頭をこすりつけて、肩を震わせ始めた。



 数日後。

 阿部忠秋の前に忠利は平伏していた。土産として忠利が差し出したなか餅を忠秋はつまんで口に入れる。

「ふむ。うまいな。何を練り込んであるのか上品な香りがする」

「はっ」


「そなたの昔の悪事が一人の正直者を救うたのう。何が禍となり福となるかわからぬものじゃ」

 その言葉を忠利は噛みしめる。


「忘れろとも、恨むなとも言わぬ。ただな。あまり昔のことを引きずるでないぞ」

「はっ。此度の一件で身に染みましてございます」

「そうか。なら良い。そなたのお陰でわしもこのように美味なものにありつけたわ」


 晴れやかに笑う忠秋とその顔を見つめる忠利。こうして上州屋と本山備前守の陰謀は潰えたのである。めでたし、めでたし。

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武州名物なか餅裁き 新巻へもん @shakesama

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