第6話 吟味
そして、殿様直々の吟味の日。陣屋の前は人だかりができていた。もちろん、中までは入れない。
忠利の座る座敷の障子が開け放たれた。縁側の先の筵の上には、越前屋与兵衛や上州屋とその家中の者が平伏している。本山がお取調べの開始を告げた。
「それでは、吟味を始める。一同面を上げい」
越前屋が顔を上げるとその上には疲労と心痛の色が濃かった。ただ、お殿様直々のお取り調べということに一縷の望みを繋いでいる様子も見える。
一方の越前屋は憎いほど落ち着き払っていた。代官所の役人により、訴えの内容が読み上げられ、次いで、数々の証言が同様に読み上げられる。いずれも越前屋の有する天狗の掛け軸が、妖を引き起こしているとの内容だった。
「かように申しておるが、越前屋。何か申し述べることはあるか」
越前屋は面に緊張を漲らせ、口を開く。
「恐れながら、それがしには全く身に覚えがございません。確かに天狗の掛け軸は奥座敷にございましたが、ただの絵。そのような大それたことを引き起こせるものではございません」
それを聞いた本山が余裕たっぷりで言う。
「だがのう。そなたを引き立て、その掛け軸を代官所に収めてからは変異は起こっておらぬのだぞ。それが何よりの証ではないか」
越前屋は唇を噛みしめるが言葉が出てこない。
それまで、黙って聞いていた忠利が口を開く。
「肝心なものがこの場にないようだな」
「確かに人が多くなりますゆえ、全ての者は入れておりませぬが、口書きもあり十分かと存じます」
「人ではない。その天狗の掛け軸とやらが無いではないか」
「はっ。されど、人に災いをなすもの。こちらに運ぶのはいかがかと存じますが」
「いや。その掛け軸の真贋を見極めずして何とする。構わぬ。ここへ持って参れ」
代官所の役人が桐の箱に収めた掛け軸を持ってくる。中から取り出して広げて見せた。忠利はそれを興味深そうに眺めている。尺三立の小ぶりのもので、松林にすっくと立つ天狗の姿が描かれている。
「このようにどこから見ても観るものを睨んでおります」
確かに八方睨みの技法が使ってあり、掛け軸の角度を変えても天狗の目は忠利を睨んでいた。
のんびりと掛け軸を鑑賞している忠利にしびれを切らしたのか、本山が咳払いをする。
「ま、その掛け軸のことはもうよろしいでしょう。そろそろ、裁きを下されては」
「そうだな。まず、本山、そなたの存念を述べよ」
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