第5話 国入り

 川中村の陣屋に入った忠利を形だけは慇懃に代官の本山が出迎えた。挨拶が済むと本山は言う。

「道中お疲れではございましょうが、殿にご挨拶申したいという者が控えてございます」


「何者だ?」

「は。上郷の名主の上州屋惣兵衛でございます。人望も厚く、諸役にもかいがいしく働きおる者。殿の初の国入りにぜひご挨拶をと申しております」

「左様か。では構わぬ。連れてまいれ」


 本山はしたやったりとほくそ笑みながら、上州屋を座敷に入れる。平伏した上州屋は挨拶の口上を述べた。おべんちゃらにかけては川中村で一番との評判の上州屋は舌を回転させて、忠利を褒め上げる。大人しく聞いていた忠利だったが、上州屋が手土産を差し出そうとするとそれを押し止めた。


「そなたの気持ちだけで十分だ。そのような気遣いは無用」

 きっぱりと断られてしまい、上州屋も二の句が継げない。本山がとりなそうとしても、無用じゃ、の一言で片づけられてしまう。上州屋は仕方なく、手土産を置いたまま退出しようとするが、近習に忘れ物だと突き返されてしまった。


 その夜、某所で顔を突き合わせて、上州屋と本山は善後策を協議する。

「まさかあそこまで四角四面なお方だとは手前の思料を越えておりました」

「うむ。まさかあそこまで頑固だとはのう」

まいないを忍ばせるつもりが、このままでは明後日の吟味もいかがなりますことか……」


 思案をしていた本山が言う。

「結果として渡せなかったのは良かったのかもしらん。手土産だけならいざしらず、賂を忍ばせておればご不快に感じられたやもしれず、かえって良かったのじゃ」


「そうかもしれませぬな」

「うむ。明日のご視察では、いかにそなたが領内で重きをなしておるか、また、名主の仕事に励んでおるか、それとなく耳に入れることといたそう。その方が殿は喜ばれそうじゃ」


「さすがは備前守様。殿のお心のうちをぴたりと読んでおられますな」

「なに、この程度の忖度は朝飯前じゃ。殿の意に沿うてこそ立身の道も開けるというものよ」


 翌日の忠利の領内巡視では、本山が上州屋の働きぶりを忠利の耳に入れる。年貢を滞らせることなくきちんと納める忠義者と讃え、さりげなく小腹が空く頃合いに上州屋の店を訪れさせ、元祖なか餅を献上させる。なか餅とはその名の通り中に小豆の餡の入った薄い餅である。忠利はなかなかの美味だと褒めたが、一つを口にしたきりそれ以上手を付けようとはしない。

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