久遠ノ断章
長ったらしい、へたくそな
ギィは目をつむっていた。背筋をピンと伸ばし、腕組みをしたままだから、眠っているわけではないだろう。
息の詰まるような沈黙が漂う。
わたしは、これからギィが発する言葉をあれこれ想像して、勝手に戦々恐々とした気分になっていた。
怖い。とか。気持ち悪い。とか。
優しいギィが、そんなことを言うはずがない――と確信できるほど、わたしは幸福な人生を歩んでいない。わたしの力を知る人も、知らない人も。わたしから離れていかなかった人間は、今まで、ひとりだっていなかった。
やがて、たっぷりとした静寂を堪能しきったかのように、ギィがゆっくりと目を開けた。
「興味深い話だったよ」
その声音は、いつになく真剣で、厳かだ。
「未知の宗教。奇怪な思想。大自然の
ギィが、胸に手を当てる。
「やっぱり、恐怖と……卑しい好奇心だった」
「いやだ……」
震える声で、わたしは反射的につぶやいた。
聞きたくない。その先は、もう。
耳が、かぁっと熱くなる。心臓が早鐘を鳴らす。視界が、
「……ていうのが、1割。単なる
残りの9割は――メルと仲良しなおれの内心は、別だ」
ああ――灯った、と感じた。何が灯ったのか。どこに灯ったのか。言葉ではとても説明できない。でも、ギィの言葉を聞いた瞬間、どこかに、何かが灯ったのだ。
「知ったこっちゃないね。知ったこっちゃないんだ。
ねえ、メル。おれはきみが大好きだよ。出会ってから、まだ一ヶ月も経っていないけど、この想いに間違いはないって確信できる。
お手製の花茶をおれに褒められて、うれしそうに
口から飛び出た肉のかけらを、慌てて隠蔽しようとする、おっちょこちょいなきみが好きだ。
星空の魅力と自分の魅力を、実はちょっと本気になって比べちゃう、お茶目なきみが好きだ。
きみとふたり、大自然に囲まれて、楽しいことを共有する時間が好きだ。
おれを救ってくれた、きみの、きみだけの力が好きだ。
弱いおれが、どんなにメルを否定しても。
メルとの絆に支えられた、強いおれが、ずっとメルを肯定し続ける。
だから、さ。これからは、ふたりで狩りに行こう」
耳が、かぁっと熱くなる。心臓が早鐘を鳴らす。視界が、
「……ふしぎ」
うれしくて、幸せでたまらないのに、怖くて、悲しくてたまらなかったさっきまでと、まったく同じ反応を身体が示している。
違うのは、身体じゃなくて、心。春の陽ざしをたっぷりと浴びた、清らかな小川のように、心がほんのりとあたたかい。
長い、長すぎる人生の中で、初めて味わう感覚だった。
「……ねぇ、ギィ」
うまく伝えられないかもしれないけど。
まっすぐな言葉をくれたあなたに、わたしも、まっすぐな言葉で返したい。
「わたしは、わたしのことが大嫌い。この醜悪な力も……ギィが挙げてくれた、おっちょこちょいとか、お茶目とかの性格も、昔から、みんなみんな大っ嫌い。
――でも。ギィが、そうやって『好きだ』って言い続けてくれたら、わたしも少しは、わたしを好きになれるかもしれない。だって……」
言葉が、のどに引っかかる。息を吸うことも、吐くこともできなくて、今にも倒れてしまいそうだ。
彼方の光明にすがるように、視線をギィの顔に向ける。その瞳は、がんばれ、と。負けるな、と、わたしを激励しているように見えた。
「だって、わたしは……ギィのことが、大好きだから」
*
「宣言。今日から、日記をつけます」
「なんでいきなり……」
「文章を書く練習になるし。――なにより、メルと過ごす時間を、形にして残しておきたいからね」
「そっか」
相槌をうちながら、窓の外の夜空に目を向ける。
白くかがやく片割れ月が、わたしたちを静かに見守っていた。
「ノート、いくらあっても足りないだろうね」
「そりゃそうだよ。ずっと、ずっと続いていくんだから」
「……うん」
ずっと、ずっと続いていく。
片割れ月に捧ぐ篇章 原城鯉一 @writerY
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