昔歳ノ断章
ギィは、パラガイナ教って知ってる?
知らないか。わたしの
信じられないかもしれないけど、パラガイナ教では、近親相姦が最高の陰徳とされているの。親子間、兄弟姉妹間でつくった子供は、人間より、神に近い魂を持って産まれてくる。しかも、代を重ねるごとに、その純度は増す。
狂った思想だと思うよね。でも、この思想に盲従して、2000年の長きにわたり、近親者同士で子をなし続けた家系がある。
わたしは、その末裔。
開祖ハルバドンナの思想が真実だと、証明する者。人の身体に、神の魂を宿して産まれ落ちた、埒外の奇形児。
わたしの歌には、
抗いようのない死を贈ることも。傷を癒し、また病を治すことも。記憶や思考を操作することも。歌に祈りを込めるだけで、わたしは神の所業を顕現できる。物心ついたころから、ずっと、この力と一緒に生きてきた。
一族郎党に、偶像として崇拝されながら。
島のみんなに、天災の権化と畏れられながら。
18歳になると、肉体の成長が止まった。わたしに向けられる畏敬と恐怖の念は、より一層強まって……あの頃の重圧は、いま思い出しても胸くそが悪くなる。
あるとき、思考操作で島民全員をわたしの理想通りに変えてやろうって思い立ったの。家族は、家族に。それ以外のみんなは、友達に。なんで今まで実行しなかったのか不思議なくらい、それはあっさり実現した。
そして、あっさり瓦解した。
虚構であることがわかりきってる楽園って、すごいよ。おぞましいほど何も感じない。愛も友情も小さな敵意すらも、心に響かないの。むしろ、空虚な穴が広がるばっかり。どんどん『自分』が
わたしは島を出ることにした。偶像に戻るより、偽物の理想郷で暮らすより、見ず知らずの土地へ渡って独りで生きるほうが、ずっとマシ。そう思ったの。
島のみんなの思考操作を解いて。わたしに関する記憶をすべて消し去って。
小舟で何日も海の上を漂った末、この大陸に流れ着いた。
それからは、波乱の日々。牧場の雑用とか、食堂の給仕とか、色んな仕事に就いてみたけれど、陰気な性格のせいで嫌われて、いびられて、すぐにやめちゃった。仕方ないよね。物心ついてこの方、まともな人付き合いなんて、したことなかったんだもん。むしろ、
そんな日々を過ごして10年くらいが経ったときかな。
何もかも、面倒くさくなっちゃったんだ。
それで、因習的に滅多に人の寄りつかない、この
何年も使われていなかった山小屋を修理して、掃除して。必要な物資は、ふもとの村に下りて調達して、村人たちの記憶は消して。時々やってくる旅人を追い払ったり、
かれこれ60年、わたしはここで暮らしてる。
ギィが聞いた、100年云々っていう噂は、ちょっと大げさだね。
――さて。これで、わたしの昔話は閉幕。
わかったでしょ? 承認欲求でも、自己同一性の表れでもない。
単なる事実として、わたしは異端で、異形なの。
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