最終話 ヒイラギのせい
liquid-kaleido crystal 第四話
~ 十二月二十五日(火) 金剛 ~
ヒイラギの花言葉 先見
白の視界を満たす息の白さ。
それが目に見えるということは。
息の白さには、雪の白さと違いがあるようで。
俺達の目には。
温度で違って見えるのかもしれません。
だって、耳に聞こえる言葉からも。
温度が感じられるのですから。
昨日聞いたメリークリスマスには。
あんなに温かさを感じたのに。
今、耳にしたメリークリスマスには。
冷たい寂しさを感じたのですから。
~❆~❆~❆~
リフトを降りて、コースから少し外れた秘密の木立。
俺と穂咲が迷い込んだ時には深雪のせいで脱出するまでずいぶん時間がかかったものですけど。
樹氷が目に見えるほどの結晶を飾りつけられた凍てつく朝は。
スノーボードに立ったままの二人を。
凍った雪がしっかり支え切っているようでした。
そんな天然のクリスマスツリー。
こんもり大きな樹氷に隠れた俺たちは。
「体が半分かたもぐっちまったの」
「静かになさい。風の音が大きいとは言え、他に音が無いのですからバレちゃいますよ」
一旦、この密会場所より下へ降りて。
必死に雪をかき分けて。
徒歩でこの場へたどり着きました。
荒くなった息を必死に落ち着かせ。
二人に一番近い樹氷の後ろで耳をすまします。
耳を露出させていると。
もげてしまいそうなほど痛いのですが。
それでも。風鳴りにかき消される二人の会話を。
聞き取るためにはしかたありません。
今も、元カレさんの声は雪のクッションに吸い込まれて。
ほとんど聞き取ることができないのですから。
「まるで聞こえないの。もうちっと顔を出すの」
「……しょうがないですね。それでは秘密兵器を出しましょう」
「なんだ道久。収音マイクでも持って来てるのか?」
「いいえ。こんなこともあろうかと、早朝の売店でこいつを六個ほど買っておいたのです」
「ぷっ! ……やだ秋山。バレちゃうから笑わさないでよ」
「文句を言ってないで、早くこのウサギのぬいぐるみを帽子に乗せるのです」
先頭を行く穂咲が大真面目にウサギを頭に乗せて、頭だけ雪から出しながら前進し始めたのですが。
またもうるさいことを言い出します。
「……まるで現場が見えないの」
「しょうがないですね。ではこれを」
穂咲の烏帽子を取って。
ウサギが付いた、真っ白な目出し帽をかぶせると。
全員が肩を揺すって笑いをこらえ始めましたが。
「やめてください。覗き見がバレちゃいます。……いえ、俺をつねられましても。笑いをこらえる時はご自分の体でお願いいたします」
と言いますか。
宇佐美さんの笑いこらえなんて珍しい。
今回の一件を経て、なにか心境に変化でもあったのでしょうか。
さて、そんなおふざけよりも。
肝心なのは晴花さんの方。
雪面すれすれの視界からうかがうと。
いよいよ、本題へ入る雰囲気。
昨日は、言わないと後悔するというお話でしたが。
それが肯定なのか否定なのか、はたまた違う何かなのか。
そこのところが分かりませんので。
緊張と共に。
不安なども感じております。
「晴花。……考えてくれたか?」
元カレさん。
その口調からは、晴花さんへ復縁を迫っているように感じます。
ウェアの襟のせいで表情は読み取れませんが。
どこか不安そうな感じが伝わって来るのです。
そして同じように。
フードをすっぽりかぶった晴花さんの横顔もほとんど見えません。
手袋を胸の前で合わせて。
ちょっと俯いて。
でも、意を決したのでしょうか。
フードを背中に倒すと、線の細い美麗な笑顔で。
こう答えました。
「はい。……やっぱり、あなたが好きです」
俺達は思わず顔を見合わせて。
音が出ないように、拍手のふりで祝福です。
……ですが。
晴花さんはその言葉の後に、悲しい接続詞をつけたのです。
「でも。……仕事で失敗続きだった時。一番苦しかった時。今は会わないでおこうって言われた時の悲しさは忘れない。私が辛い時に、そばに居てくれる人じゃないんだって、その時に知ったの」
「あれは……、俺が逆の立場だったら、そうして欲しいから……」
晴花さんは、笑顔のままで首を振ります。
まるで、価値観が違うのなら話しても無駄とでも言うように。
言葉ではなく、態度で彼の言い訳を拒絶しました。
……大人の恋愛。
それは、ドラマの中だけのお話だと思っていたのですが。
こうして実在するものと知って。
そして、雪の塹壕から身を乗り出すおバカの頭を押さえ付けました。
「それに、会社をクビになった時にも、連絡したのにあなたは会いに来てくれなかった。……あなたより、私を気遣ってくれる男性がいたくらいよ」
そうなんだ。
四六時中バイトをしていたように思うけど、支えになってくれた方がいらっしゃったのですね。
「じゃあ、そいつの事を?」
「いいえ? その人には大切な方がいるから……。その人じゃない。でも、あなたでもない。……ちゃんとお別れしてくれると、私も次の恋を探せる。そうしてくれるのが、一番の優しさよ」
とうとう別れを明言した晴花さんが、ウェアのポケットから指輪のケースのようなものを取り出します。
それを男性に返そうとしたのですが、彼は肩を落として首を振りました。
「そう。……じゃあ、これで終わりにしましょう」
いつもおどおどとして。
いつも優しい晴花さん。
きっと、ご無理をなさっているに違いない。
俺はそのことが辛くて。
悲しくて。
はっきりと言いたい事を伝えたその勇気に胸を打たれながら。
彼女が放り投げた指輪を追う瞳から。
涙が零れてしまいました。
ダイヤモンド。
永久不変の名を持つ石。
でも、例えその石が不変であろうとも。
手から離れれば。
すべてが。
無に帰すのですね。
気付けば。
俺のウェアをつねっていたみんなの手が。
ぎゅうっと握られて。
感情豊かな日向さんは。
嗚咽が漏れないように必死にこらえて。
宇佐美さんは、先日のように。
俺のウェアで涙をぬぐうと。
震えを伴ったため息をつきました。
「……私、行くわ」
「いや。……最後くらい優しさを見せたい。俺が先に行く」
そんな言葉を残して。
元カレさんが滑り出したので。
俺達は慌てて塹壕に頭を隠します。
そんな彼の姿を見送っていたのでしょう。
晴花さんはいつまでもその場に立ち尽くしていたのですが。
……そうですね。
鉢合わせしちゃいますもんね。
でも、あなたがそうしていると。
「……重……」
「失礼っしょ秋山!」
「そうよ! 男なら根性見せなさい!」
「道久よ。おまえ、ハーレム願望があったのか?」
「とぼけたこと言ってないで、まずはお前がどくのです!」
俺の前にいた穂咲がひょいっとどいたせいで。
必然的に、みんなは俺にかぶさるように隠れたのですが。
冷たいし重いし苦しいし。
「も……、もう限界なのです……っ!」
そんな俺の思いを汲んでくれたのか。
はたまた偶然か。
「い~っくしょ! てやんでぃ」
穂咲がおっさんくしゃみをしたせいで。
晴花さんが気付いてしまったようです。
「え? うそ!? え? え? え?」
そしていつものパニック状態。
いままでの毅然とした態度がウソのよう。
まあ、とにもかくにも。
「は、はやくどいて!」
なんとか、潰れる前に助け出され……。
ませんでした。
「ちょっと待って! 雪に手が潜って立ち上がれない!」
「ひゃあ! 踏ん張ろうとしたら足が潜ったっしょ!」
「慌てるなみんな! 道久を足場にすれば立てるから!」
こうして俺は。
レスキューの方に揃って叱られるまで。
みんなのスノーボードにされたのでした。
「はっ!? ビジネスチャ~ンス!」
「男爵! 道久ボードは却下です!」
~👢~👢~👢~
白い大地を飛び立つと。
窓は水色に塗り替えられて。
なんだか、夢のような国から。
自分たちの世界へ帰ってきたような気がします。
離陸前には、はしゃいでいた面々も。
半分は眠ってしまったよう。
そうですね。
体も、心も。
くたくたになりましたよね。
そんな前の席から。
渡さんのひそひそ声が聞こえてきたのです。
「……隼人は、私が夢と恋の板挟みになってるって言ったらどうする?」
晴花さんの事をきっかけに。
なにか思うところを確認しているのでしょうか。
普段は耳にすることのない類の話に。
思わず耳をそばだてる……。
穂咲の頭をこつんと叩きました。
しかし、なんという難問。
俺の悩みの、何ステージも先のお話に。
六本木君は返事を誤魔化すのかと思っていたら。
「思う存分夢を追えよ」
そんな返事をしたものですから。
穂咲は頬を膨らませて。
そして渡さんのため息が聞こえてきました。
ううん。
六本木君、あなたにデリカシーというものは無いのでしょうか。
俺は穂咲と顔を見合わせて。
眉根を寄せて頷き合っていたのですが。
そんな顔が。
一瞬で驚きに変わったのです。
「ただし。…………浮気は許さん」
おお。
なんということでしょう。
俺は、そんな切り返しができる友人を。
大人だなあと感心して。
そして。
久しぶりに、落ち込むことになりました。
ひょっとしたら。
俺は、まだまだ子供だから。
穂咲との関係に答えが出せないのでしょうか。
同級生の皆も。
このくらいのことは普通に言えるのでしょうか。
……いつも、子供みたいなことばかりする穂咲も。
気付けば真ん丸なほっぺたが。
大人びた線を浮かせるようになり。
君も渡さんの様なことを考えるのでしょうか。
そして俺は、そんな質問に正しく答えることができるのでしょうか。
また、悩み事が増えた気がする。
そんな思いでシートに体を沈めると。
前の席から、押し殺した六本木君の抗議の声が上がったので。
再び元の位置へ舞い戻ります。
「ば、バカやろう! 公衆の面前でそういうのは嫌いだといつも言ってるだろ!」
「あたしも嫌いよ? でも、ほっぺたじゃない。そんなにムキにならないでよ」
……え?
うええええええええ!?
なななななな、なに!?
ほほほ、穂咲! 待て! シートの上から覗き込もうとするんじゃありません!
慌てて頭を押さえ付けて座らせましたが。
六本木君の返事がそんなに嬉しかったの!?
いやはや、驚きなのです。
そして、頭を押さえ付けているということは。
穂咲の顔が目の前にあるわけで。
急に心臓がばくばくと言い始めてしまったのですが。
……大人びてきた頬。
最近、たまに感じる大人な仕草。
つい視線が。
穂咲の唇に向いてしまいます。
ちゅう。
キス。
接吻。
テーゼ。
……最後のだけ自信がありませんが。
君も、そんなことを……。
「ちゅうしたの」
「…………はい」
思えば、晴花さんも橋の上でキスをしていましたし。
大人なら、普通の行為なのでしょうか。
「ちゅうしてたの」
「そ、そうですね」
普通に言いますが。
君は俺より大人なところありますもんね。
キスくらい。
自然なことだとでも考えているのでしょうか。
俺ばっかりドキドキして。
ちょっと恥ずかしくなってきました。
「大変なの」
「……ああ、よかったのです。大人な穂咲でも、大変と思ってくれますか」
「もちろん大変なの」
「そうですよね、ちゅうなんて……」
「赤ちゃんが出来ちゃうの」
「子供かっ!」
いけねえ。
つい大声をあげてしまいました。
しかし、何を言い出しました?
「……バカなことを言いなさんな。誰に教わりましたか」
「パパ」
……ああ、なるほど。
やれやれ。
ほっとしたと言いますか。
呆れたと言いますか。
やっぱり君は。
ガキンチョのままなのですね。
いえ、おじさんの言ったことをずっと覚えているなんて。
穂咲らしいと言えば、穂咲らしいのですが。
「むむ。赤ちゃんが生まれるとすれば、平成じゃない可能性があるの」
「おお、そうか、ほんとですね」
ばかばかしいお話ではありますが。
そう考えると、ちょっと感慨深いものがあります。
……もうすぐ、平成が終わる。
君と一緒に、時代を越えるのか。
時代を越えるその時。
俺と君の関係は。
一体、どんなものになっているのか。
どういうわけか壮大に感じて。
そして。
大きな目標が出来たような気がしたのでした。
「……よし。そんなら、名前はあえてひらなり君にするの」
「せっかく時代を越えたのに?」
「あたしは、平成が好きなの。新しい年号なんか嫌なの」
おい。
俺の壮大感は。
……大きな目標は。
また君のとぼけた感性のせいで。
あえなく白紙に帰るのでした。
liquid-kaleido crystal fin.
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17冊目🍃
おしまい♪
……
…………
………………
「あ、そうだ。一つ聞きたかったの」
「はい、なんでしょうか」
「大黒様って、昔なんかでやらなかった?」
げ。
久しぶりに出ましたね。
君の得意技。
昔、ほにゃららしなかった。
さっき、おじさんの言葉を君がよく覚えていると思ったというのに。
俺の感想も当てになりません。
「やっぱ、なんかでやった気がするの」
「してませんから迷惑なので考えないでください」
まったく休まる暇が無いのですから。
たまには何も考えることなく過ごさせてください。
年末年始ですし。
「…………打ち出の小づち」
「知りませんよ」
「宝船」
「知りません」
「弁天……」
「知りませんってば」
「小僧菊之助」
「…………しらざあいってぇ、きかぁせやぁしょお」
「なら教えるの」
…………そんな詐欺に引っかかる俺は。
けっこうお調子者なのだと自覚しました。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17.5冊目⛵
2018年12月26日(水)、予告編より開始!
今回は、予定! ちょっと生活がパンパンだぞ!
がんばれ作者!
年末年始は、宝探し! パンパンだから、得意ジャンル!
とは言え暗号とか出てきませんので、一部の皆様には過剰な期待などどうかなさいませんように……。
まさかのフリ、大黒様。
打ち出の小づちくらい絵文字は無いのか?
などというクレームはいいから早くプロット書かねば!
そんなこんなですが、相も変わらずとぼけた楽しいお話をご提供いたしますので、どうぞお楽しみに!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17冊目🍃 如月 仁成 @hitomi_aki
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