クリスマスローズのせい
liquid-kaleido crystal 第三話
~ 十二月二十四日(月振休) 紫水晶 ~
クリスマスローズの花言葉
不安を取り除いて下さい
健治君の記憶も新しいですし。
スキー場で声をかけられてお付き合いを始めたなどということですし。
どんなチャラい男を連れてくるかと思ったら。
「千歳さん? ごめん、お友達と気まずくならないかい?」
「みんないい奴だから平気っしょ! さあ、今日は二人で滑るっしょ!」
「でも、お友達は大切にしてほしいな、僕としては」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
日向さんの新しい彼氏さん。
腕を引っ張られて連れていかれるまで。
しきりに俺達にぺこぺことされていらっしゃいましたが。
「い、意外過ぎるほど素朴な方だったのです……」
「なんか、まるまる太ってたの」
予想外の、さらにはずれの方。
今どき美人の日向さんと並ぶと。
気の弱いお父さんのような佇まい。
そんな方と、幸せそうに楽しそうに。
リフトの列に並んだ日向さんが。
俺達に向かって手を振ります。
「……どうなのでしょう、あのカップル」
思わずつぶやいた俺を。
宇佐美さんがたしなめます。
「いや、さすが千歳。見る目有るよ。あの彼、逆ナンされたとはいえ付き合うことにしたってのに、友達付き合いを大切にとかなかなか言えねえぜ。……ほら、秋山も頑張りな」
そう言って微笑む彼女に、肩をぐいっと押されると。
よろけて穂咲にぶつかってしまいました。
「おっと、すいません」
「むむむ……」
ぶつかったのも気にしていないご様子の穂咲さん。
スノーボードの板を見つめて。
なにやら唸り声をあげているのですが。
「どうしました?」
「スノボって、横向きに乗るから難しいと思うの」
「はあ」
「縦にして欲しいの」
そう言いながら。
リフト乗り場のそばに置かれた調整用の台を指差しますが。
「そんな大規模な改築は無理です」
「できないの? ……はっ!?」
何かに気付いた穂咲はボードを俺に押し付けて。
ポケットから出した髭で、男爵へ変身です。
「ビジネスチャ~ンス」
「低いです、声。あとボードを押し付けて先に行かないでくださいよ、男爵」
まったく。
重たくてもてませんよ二つも。
「きっと誰も考えたことが無いの。来年からは、あたしの発明した縦スノボが世界を席巻するの」
「はあ。でも、縦に付けたら気を付けくらいの幅しかないですよ? そんな状態で滑るの、怖くないですか?」
「それは……、はっ!? 道久君がボードを二つ持ってるから閃いたの!」
「閃かなくていいから自分の持ってください」
「ボードを二本にすればいいの! こ、これは世紀の発明かもなの! きっとオリンピック競技になって世界中に……」
興奮する穂咲の横を。
プラスチックのスキー板を担いだ男の子がかけて行きました。
もうそれ。
オリンピック競技になってます。
「くそう! 先を越されたっ!」
「ニット帽、地面に投げつけなさんな」
まったく騒々しい。
そんな失意の男爵は。
新たなビジネスチャ~ンスを探して。
きょろきょろしながら。
リフトの列に並ぶのでした。
「自分の。持ってくださいな」
~💸~💸~💸~
宿に戻って、テレビをつけながらウェアを脱ぎます。
今日は思ったよりも汗をかいたようですね。
タイツが張り付いて、上手く脱げません。
テーブルの上に置かれた六本木君のカメラ。
四日間の写真ノルマ、大体撮れたでしょうか。
後は、時刻や天気によって変わる表情が撮れたらいいのですが。
「明日も晴れるみたいですね。残念です」
「いいじゃねえか。何が不満なんだ?」
今日は巨大なカメラを持って滑っていた晴花さん。
彼女が言うには、雪の降る様子を撮影するのはとても難しいらしく。
チャレンジしてみたかったとのことなのですが。
それはまたの機会で、ということになりそうなのです。
「あはははは! ちょっと、早くこっち来なさいよ!」
そんな中、お隣りから渡さんの大声が聞こえてきたのですが。
釘を刺しておかないと。
俺、タイツをお尻の半分まで下げた状態ですので。
「開けないで下さいよ渡さん!」
「……ちょーっと遅かった」
「うおおおおおおい!」
半分下ろしたタイツをそのままに。
スキーウェアの下を慌てて引き揚げましたが。
「女子は覗かれたら騒ぐのに! 逆は人類的に大した騒ぎにならないという事実に対してですね! 俺は警笛を鳴らすべく! 今、立ち上がろうと……」
「男子はお互いの下着見ないでしょ? 女子は見るのよ。それだけ価値が高いの」
……ぐうの音も出なくなりました。
「そんなことより早く見なさいよアレ!」
下がりタイツのまま渡さんに腕を引かれて。
お隣りの部屋へ上がると。
確かに楽しいものが待っていたのですが……。
「還暦のおばあちゃん?」
みんなが笑い転げる中。
ピンクのニット帽をかぶった穂咲がちょこんとお座りしていたのですが。
ニットがびろびろに伸びて。
烏帽子みたいになっています。
「どうしたのです? そのピンク烏帽子」
「ゲレンデから戻る前にね? それはそれは美しい雪玉を作ることに成功したの」
なんか作っていましたよね、確かに。
ボーリング玉みたいなやつ。
「そいつをこの部屋まで運んできたの」
「……帽子にいれて?」
「帽子にいれて」
バカですね。
おかげで皆がカメラを持って。
大撮影会なのです。
「……君も、撮られるがままになりなさんな」
「だって、お尻が痛くて、座布団の上から立ちたくないの」
「三日間、随分それで餅をつきましたからね」
「お尻が四つに割れてるの、きっと」
「その表現、よく聞きますけど。どういう感じ? 縦に割れるのですか?」
「十文字?」
「ちょっと怖いのです」
やれやれ。
おばあちゃん穂咲は堪能したので
部屋に戻って着替えてきますか。
あとで写真は誰かに貰おうと思いながら。
扉のところでお腹を抱えて笑う六本木君の脇を通って戻ろうとしたのですが。
「待つの! 道久君、カメラ取りに行く気なの!」
後ろから、穂咲が懸命に追いすがります。
「違いますよ、俺は着替えに……、いやああああん!」
慌てて走って来たからこてんと転んだ穂咲さん。
転げる穂咲は道久掴む。
よりによってこいつ、おれのウェアをずり下げると。
「ほ、ほんとに四つに割れてるのーーー!」
「違いますよ! ちょっと! みんなもシャッター切らないでください!」
あと。
キャーならともかく。
ぎゃーって叫ばないでください。
傷つきますので。
~🍑~🍑~🍑~
「まったく……、晴花さんまで一緒になって、何を撮影してますか」
「ご、ごめんなさい……」
初日は中華、二日目は和食。
そして今晩は、チキンのオーブン焼きと、バラエティーに富んだ夕食をいただきながら。
俺は全員から接収したカメラから、セクシーショットを次々と削除します。
「こんなのまーくんが見たら金返せと言われるのです」
「ほんとよね。経費で楽しませていただいているのに……」
しょんぼりしてしまった晴花さんですが。
真面目過ぎる方ですし、この辺で勘弁してあげましょうか。
「せっかくのご飯ですし、この件はもう怒りませんので楽しいお話をしましょう」
「そ、そうね。……千歳ちゃん、亀田さんは優しくしてくれてる?」
「もちろんっしょ! あたしの目に狂いはないっしょ!」
「びっくりしたわよ、急に付き合ってくださいなんて言い出すから。でも、あの人なら包容力あるから安心」
そうか、元カレさんのお友達ということは。
晴花さんはもともとご存じの方だったのか。
つい、宇佐美さんの表情をうかがってしまいそうになった俺は。
何とかこらえてポタージュを口にしたのですが。
当の本人が話を切り出したので。
思わずむせてしまいました。
「元カノのあたしとしては心配だからな。何かあったら、必ず相談に乗ってあげてくれないか」
でも、その口調は昨日の涙を全く感じさせない明るいものだったので。
晴花さんも、二人の恋人宣言は遊び感覚だったのだと感じたのでしょう。
気軽に胸を叩いて返事をします。
「任せておいて! レイナちゃんのお友達は私がしっかり守ります!」
うう、悪気は無いのでしょうけれど。
その言葉、宇佐美さんにはズシンと響いているのでは?
胃が痛いのです。
「それより……、柊さんの方はどうなんだよ」
そして宇佐美さんはニヤリと聞いていたりしますが。
君は強いのですね。
どうして普通に会話を続けることができるのやら。
俺は今更ながらに知りました。
女性は強いのです。
あと。
女性の言葉は金輪際信用しません。
「正直に言うとね、一旦距離を置いて、逆に良く分からなくなっていたの。未だに好きだとは思うんだけど、それ以上に自分の仕事のことで頭がいっぱいで」
気付けば、みんな箸を進めづらいお話になっているようですが。
そんな空気を察したのか。
晴花さんはチキンを頬張りながら言いました。
「みんなと旅行できて本当に良かった。私、あなた達から大切なものを沢山教わった気がする。……明日、会うことになってるの。私、自分の気持ちをちゃんと打ち明ける」
「大切なもの? それは何です?」
「大切なものは、大切な事」
「は???」
ええと。
なんの禅問答?
俺ばかりでなく、全員がきょとんとする中。
大人な宇佐美さんだけは。
得心顔で頷きました。
「なるほどね。……そりゃ、言わなきゃ後悔する。行動しなきゃ後悔する。恋についても、仕事についても」
「すごい。分かるの? さすがレイナちゃん、あたしより大人ね~!」
目をキラキラさせた晴花さんに褒められて。
宇佐美さんは照れたのか。
「いや。……やっぱりあたしは、まだ子供さ」
スープを口にして。
それきりお話を打ち切ってしまいました。
~🍗~🍰~🍴~
――言わなきゃ後悔する。
宇佐美さんのさっきの言葉。
そんなことは、ずっと前から分かっていて。
でも、伝えた後の事を考えると。
踏み出すことなんかできなくて。
いやはや、まったく眠れません。
俺は、窓際にかかる障子を見つめながら考えます。
お隣りで、気持ちよさそうにいびきをかく六本木君。
穂咲の手助けがあったとはいえ、こいつは男らしく告白しましたが。
それはきっと、好きという気持ちに迷いが無かったからなのでしょう。
俺は違いますので、こんなにも悩むのです。
好きなのは間違いない。
でも、嫌いというか、迷惑千万なところがこいつにはありますので。
……こいつには。
…………そう、こいつ。
いつからそこにいました!!!???
真っ赤な衣装に身を包み。
白い袋を背中にしょった。
カイゼル髭をつけた怪しい不審者が。
俺の枕元になにやら置いていたのですが。
「ちょっとサンタさん! 心臓に悪いですよ何やってるんですか!」
「し……」
「し?」
「証拠隠滅!」
右手に持ったピコピコハンマーで叩かれましたけど。
「むう、気絶しないの」
「しませんよ。でも、見ていないことにした方がいいのですか?」
「うむ。通りすがりのサンタさんとしては、明日の朝驚いてくれる方がうれしかったのぢゃよふぉっふぉっふぉなの」
おしい。
堪えていたのに、最後の最後でなのになっちゃいましたね。
「なるほど、サプライズプレゼントなのですね? 確かに驚くことになっていたでしょうね」
この、リボンのついたカイゼル髭を見たら。
……しかし六本木君。
これだけ騒いでも起きないご様子。
これなら穂咲とお話できるかも。
俺はむくりと起き上がって、穂咲を枕元に座らせました。
「サンタ服、わざわざ持って来たのですか?」
「帽子忘れちったの」
なるほど。
だからさっきの、ピンクのニット帽をかぶっているのですね?
「そのピコピコハンマーも?」
「もしも正体がばれそうになった時、一年間良い子にしていた幸せになるべきお友達を、永久の眠りに叩き落すため誰もが持ってる装備なの」
「サンタさん、その隠密性を保つためとは言え本末転倒です」
「…………パパがね、これ、毎年やってたんだって」
不意打ちのように発せられたその名前。
確かに、おじさんなら嬉々としてやっていそう。
毎年、小さなお家で行われていた。
小さな小さな、どこにでもある幸せ。
それがこんなにも。
胸をぽかぽかにするなんて。
でもね?
「赤い烏帽子、カイゼル髭、白い袋にピコピコハンマー」
「うん」
「…………それ、大黒様」
「はっ!?」
やれやれ。
ほんとに君ってやつは。
慌てふためいて。
そしてにへへと笑って烏帽子を掻いて。
普段なら、ばかばかしくて嫌いの側に倒れる穂咲のおかしな行動。
でも、きっと聖夜だからでしょう。
おじさんの顔を思い出したからでしょう。
今夜は珍しく。
俺の中の天秤は。
好きの側に倒れたのでした。
「……メリークリスマスなの」
「はい。メリークリスマス、大黒様」
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