第3話スカウトと家
「つまり、『転校しなければ告発するぞ』と?」
問いに対してシノギは表情を崩さない。
「どうとでも捉えて貰って構わない。ただ、これは君へのある種のスカウトだ」
「スカウト?」
「久喜君からの報告で君が我々の備品を所持していることが分かった……。そう、刀だよ。報告によると君はあの刀を召喚したらしいじゃないか」
シノギの問いに黙って頷く。
「あれは本来なら魔術師が持つべきモノ、外の世界にはあってはならないモノだ。だから、それを所持する君をスカウトしに来た」
「断ったら?」
「どうもしないさ。ただ、今の君の容姿などを考慮しても悪い話ではないはずだ」
確かに、悪い話ではない。こんな別人のような姿になってしまっては元の生活はできない。
「ああ、それと君については家族構成、趣味、学校での成績等々、色々と調べさせて貰った。その上でのスカウトだ」
「プライバシーの侵害だな」
不貞腐れたように言う。
「心配しなくても他言はしないし、君の保護者からの許可も得ている。『お子さんを留学プログラムにスカウトします』とね。幸いにもあっさりと許可が降りたよ」
確かにあの親なら『留学』なんて言われたら簡単に認めるな。
「分かった。転校するよ。ただ面倒な書類なんかは絶対に書かないからな」
ぶっきらぼうにそう答えると、
「ようこそ魔術学園へ、布都炯君。我々は君を歓迎するよ」
そう満足そうに言って握手を求める。
信用はできない男だが、今はこいつに頼るしかない。
そう自分に言い聞かせるようにしてシノギの握手に答える。
***
その後、しばらくシノギと学園の話をすると、
『ああ、そう言えば君には在学中、家を一軒提供するから』
などと爆弾発言をして退院手続きをしに消えていった。
そして今、俺は病院から解放されてその家に連れて行かれたわけだが、
「このサイズの家を一人でとかデカすぎるだろ」
なぜか俺に提供された家は優に家族二世帯が余裕をもって住めそうなサイズだった。見たところ外装が古びて年期が感じられる色をしている。
「心配しなくても手入れなどは全て魔術的や機能が働くから掃除の必要はない。掃除、ゴミ捨て、風呂掃除に至ってはカビ取りまでやってくれる。どうだい?気に入ってくれたか?」
説明をしながらシノギが家に上がる。自分も後を追うようにして靴を脱ぐと、先を行くシノギは一足先にリビングに入っていく。
「気に入るとかそう言う話じゃなくて……」
「確かに、このサイズだからね。一人で住むには大きすぎるというのも分かる。
そういうのは住んでるうちに慣れていくものだよ。
それに、前の住人も一人暮らしだったようだし」
「前の住人って?」
「そのことはおいおい説明しよう。……っと、家電も問題なく動きそうだ」
そういって照明やらエアコンやらを確認がてら動かしている。
「この家、外観だけだとそこそこな歴史がありそうだったのに、中は普通なんだな」
「実際、建築からは結構な年数がたってるよ。それこそ君の想像よりも百年くらいは使い込まれている。中身に関しては今までの住人が時代の流れに合わせて変えていった結果だね。ほら、古民家に水道が通っていたりするだろう?あれと同じ感覚さ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ。古くても使えるものっていうのは骨を残して肉だけが変わっていくんだよ」
一通りの確認が終わったのか、シノギが玄関へと向かう。
「さて、君はしばらくの間、家の中を探検でもしていてくれ。私はこれから君が学園で使う物を用意しに行くよ」
シノギは捨て台詞のように言うと家の鍵を投げて消えた。
シノギに渡された鍵を見る。凝った造りの古い鍵だ。確認するように手の中で回す。よく見ると、鍵の持ち手の部分に文字が彫られている。
所々擦り減っているせいでまともに読めそうにない。
玄関に取り残されて手持ち無沙汰になってしまい、とりあえずシノギの言うように家を周る。
外観通りのこの家はやはり中も広くリビング、寝室、浴室、図書室etc……数多くの部屋があった。その中でも図書室にはビックリした。部屋自体が大きく、壁一面に本棚が備え付けられその中にビッシリと本が並んでいたのだから。
部屋を見た時は蔵書量に受験勉強で籠る学校の図書室を思い出して目眩がした。いつもの受験勉強を連想させるトラウマのような景色から逃げ出すように扉を閉めた。
一応、一回りした家の廊下を俯瞰すると改めて長いと感じる。間取りの問題があるのかもしれないが、廊下に限らず同じ事が家全体が長い。通路を見るとそれをより強く実感する。
それにしてもこの家、図書室の大量の本や一通りの家具などが置いてあるが誰か住んでいたんだろうか?
***
夕暮れ時、図書室から持ち出した本を読んでいると家のドアが開く音がする。
インターホンを鳴らさずに入った人物を出迎えるため、読んでいる途中の本を置いて玄関に向かうとそこには荷物を抱えたシノギと……
「
思わず身構えてしまう。
昨日、問答無用で襲い掛かってきた相手がそこにはいた。
「落ち着きたまえ。
「指導?」
思わず聞き返してしまう。
昨日、自分を襲ってきたような奴に指導してもらえと?自分はかまわないが向こうはどうなんだ?まだ襲う気はあるのか?等々の疑問で頭がいっぱいになる。
そんな頭の中の状況を察したのかシノギが困ったように言う。
「心配しなくても彼女には襲わせないよ」
シノギがそう言うと彼女は悔しそうに唇をかむ。
どう見ても襲う気満々に見えるんだが村上もそれを分かったのか、いつもの笑顔が苦笑に変わる。
「荷物も置きたいし、上がらせてもらってもいいかな?」
シノギが荷物を持った手を震わせながら言う。
***
シノギから一通りの荷物を貰うと三人でリビングにきた。
「布都君、まずは君の学園での扱いと今後についての説明だが、君には『最近保護された突然変異で魔術が使えるようになったただの一般人』という設定で転校してもらう」
「突然変異?」
「ああ、魔術師には大きく分けて二種類ある。もともと魔術が使える家系から生まれた者と魔術の使えない家系から突然生まれる場合だ」
「けど、俺は魔術師じゃ無い」
「いや、それは少し誤認している。確かに君自身は魔術師では《《なかった》が今の君の肉体は病院で検査した限りでは魔術師としてとても恵まれている。ただ、魔術師としての肉体の使い方を知らないだけだ。そして、それを習得してもらうために久喜君を連れてきた」
久喜を見ると嫌そうに目を背けられる。
「今はこんなだが、これでも教えることに関しては問題ない」
「ものすごく嫌そうだが?」
「問題ない、はずだ」
シノギの口調が少し弱気になる。
本当に心配になってきた。
「では次の君の『今後』についてだが、昼にも言ったように君には魔術学園に転校してもらう。大事なのはその後だ。君には申し訳ないが学校を卒業したら我々の組織で働いてもらう」
急にシノギは真剣な表情になる。しかし、すぐにいつもの飄々とした笑顔に戻る。
「もちろん給料や職務中の事故などは法に則り対応するから心配しなくてもいい」
シノギの組織、総務省魔術管理課について今の所何も分かっていない。ただ、久喜と村上、そして俺を刺したというシノギの部下が所属していたこと以外は。情報量の少なさも問題だが、最もたるのは職務内容だ。
一般人だったはずの自分を殺そうとするような職務内容とは一体なんなのか。あの刀のような明るさまな武器を使うような職務。
血生臭い職務である気しかしない。
「職務内容は?」
恐る恐る聴くとシノギは少し笑った。
「主に、魔術師にとっても国家にとっても禁忌になり得ることを行なった魔術師の捕縛および排除。代表的なのは異世界に住むといわれる悪魔を召喚した魔術師、通称:異端魔術師。ただ、魔術学園を卒業した後しばらくは研修期間ということになるがね」
そこで一旦、話を切り上げるとシノギはソファーから腰を上げる。
「このまま話してばかりいるのも疲れるだろう。夕食を食べに行こうか」
***
シノギとの食事は思ったよりまともだった。
「ここにもファミレスはあるんだな」
この街に来てから見かけることが少なかった今までの日常風景に意外性を感じた。
「そんなに意外だったかい?」
「ああ。この街に来てから初めて見たからな」
「それは君が病院から出て見たのがそうであるだけさ。魔術師だって科学の力は認めている。ただ、『古きを尊ぶ』が魔術の基本理念だ。日常生活と魔術師としての生活の棲み分けをしているだけだよ」
そう説明するとシノギは自分の注文した親子丼を口に運ぶ。その横では久喜が無言で食事をする。
病院での一件の後、久喜とは一言も喋っていない。別に嫌っているわけではないし、突然襲われたことを根に持っているわけでもない。
……あまりにも気まずい。
「……久喜。その……魔術の指導ありがとう」
「別に、仕事だから。それに、彼女の件を許したわけじゃないし」
食べるのを止めてこちらに顔を向けると不機嫌そうに答える。
これから魔術を教えてもらうのがこんな風に気まずくなりそうで不安になる。
***
夕食を食べ終わり家に戻ってくる。
久喜はついてすぐに『庭で待っていて』と一言だけ言うと家の奥に颯爽と歩いて行った。
それに従ってシノギと一緒に十分ほど庭で久喜を待つ。シノギと一緒にいるのは久喜が再び俺を襲わないようにする為だ。久喜を待っている間、シノギは手持ちの鞄からノートパソコンを取り出して何かを始めた。
「お待たせ」
家から久喜が釣り糸のような物を二個持ってやってくる。
「始める前に聞くけど図書室の本を読んだ跡。あれ、どれくらいまで読んだ?」
手に持った釣り糸のような物を投げて言う。
「魔術の基本的な原理と通常の人と魔術師の人体構造の差。それから基本的な魔術の分類まで」
「魔術の原理の説明できる?」
「たしか、魔術は魔術師が持つ
「大丈夫。あってる」
「けれど」と久喜が続ける。
「あなたの場合は将来的にはその原理のところをこの町の研究者の並程度には理解してもらわないといけないから」
すると、久喜が手に持った釣り糸のようなものを引き出す。
「これは魔力に反応して自在に動く特殊なワイヤー。
一般的に魔術師の子どもなんかが幼いころに魔力の操作を鍛えるためのものなんだけど。あなたの場合はその年齢で魔術どころか魔力すらも感じられない・知らない状態からの出発。なのに中途半端に力が使えるわけだからちぐはぐもいいところね」
久喜がワイヤーに魔力を流す。
そして、久喜の魔力に反応して椅子を形作っていく。
「まずは今日中に手足と同じくらいにまでコレを動かせるようになってもらう」
久喜に説明を受けて何時間経ったのだろうか……
気づいたらシノギも庭の椅子に座って眠り始めていた。
最初は簡単だろうと高を括っていたが、思った以上に難しい。最初は棒を作る事から始めて次にボール、箱、酒瓶、ここまで来て軽い頭痛と
「辛そうね。魔術神経が疲労している証拠だわ」
「どうやら今日はここまでの様だね」
「はい、今日のところは」
久喜がワイヤーを巻き直しながら答える。
「では、帰るとしようか」
寝ていた椅子の横に置いてあった鞄を持つ。
「では、また明日会おう布都くん」
どうやら世界には魔法があったようだ 唾棄 蓑 @s54716
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。どうやら世界には魔法があったようだの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます