4/25 今日からここを青春同好会とします!

 ――ちょっと付き合ってほしいんだけどさ。


 放課後。

 美空にそう言われて、大樹が連れてこられた場所は、通称『部室棟』と呼ばれる、文科系の部や同好会の部室が割り当てられている棟だった。本来は家庭科室や化学室等の特別教室を集めた棟なのだが、各教室は授業で使用するよりも部室としての役割を果たすことが多いので、そう呼ばれていた。

 進学校といえど、部や同好会に所属する生徒はそれなりにいる。あちこちの教室から楽しそうな声や真面目な声が聞こえてきていて、放課後の部室棟はそれなりの賑わいを見せていた。

「――ごめんね、足怪我してるのに階段昇らせて」

 大樹の数段上を先行している美空が申し訳なさそうに言った。大樹の歩調に合わせてか、美空もまた、ゆっくりと昇っている。

「別に大――」

「ほんと。これで階段から落ちたらどうすんのよ」

「お、お姉ちゃん……」

 大丈夫、と大樹が答えるよりも早く、その隣に並んで手を貸していた茉莉が不機嫌さを隠そうともせず言った。その後ろには未利もいて、大樹の松葉杖を胸に抱えている。なぜか美空と茉莉の間には(茉莉から美空への一方的な)険悪な空気が流れていて、未利はさっきからおろおろしっぱなしである。茉莉の機嫌が悪いのはいつものことなので、大樹はあまり気にしていなかったが。

 美空に誘われたのは大樹なのに、なぜ二人が一緒にいるのか。それは、帰りのホームルームが終わり、美空に「じゃあいこっか」と声を掛けられる段になって、何を思ったのかいきなり茉莉が「あたしもついていっていい?」と乱入してきたからに他ならない。先にホームルームが終わって昨日のように廊下で待っていた未利も、茉莉に巻き込まれる形でついてくることになっていた。

 美空は茉莉の鋭い視線や刺々しい言葉を特に気にした様子もなく、

「榊さんがちゃんと支えてくれてるから落ちないよ」

 にこり、と思わず見惚れてしまいそうな笑顔で茉莉に言葉を返した。その言葉には嫌味や皮肉といったものは内包されていないように大樹は感じた。恐らく、美空は心からそう思って言っている。

 その笑顔を向けられた茉莉は、そういうことじゃないんだけど……、と口の中で呟くだけで、結局美空へと何か言い返そうとすることはなかった。

「――到着っ。ちょっと待ってね、今鍵開けるから」

 美空が足を止めたのは、部室棟最上階、その角部屋だった。最上階は使われていない部屋が多いのか他の階に比べると静かで、あまり人の気配を感じない。角部屋の隣の部屋も使われていないのか、そこからは物音一つしていなかった。

 美空は制服のポケットから鍵を出して開錠する。途中で職員室に寄っていたのは、ここの鍵を借りるためだったのか、と大樹は今更ながら思う。

「さー、入って入って」

 美空に促されて入った部屋は、はっきり言って手狭な部屋だった。突き当りに少々大きめな窓が二枚。その窓際には教室で普段使っている空の机が置かれていて、そこから少し離れた壁際にはその机が二台並んでいる。その上にはデスクトップパソコンとディスレプレイが置かれていた。その反対側の壁の入り口側には事務用のスチール書庫が鎮座している。その脇には壁に立てかけられた長机が二つにパイプ椅子が数個。そして、ここは元々何かの準備室だったのか、部屋の奥の壁には隣の教室へと続くドアがあった。

「ここは……?」

 思わず、大樹の口から疑問が洩れた。独り言のような声量だったのだが、美空はパイプ椅子を三人分広げながらもそれをちゃんと聞き取っていて、

「ここはね、パソコン研究会の部室」

 と、大樹に答えを教えた。なぜそんなところへと連れてこられたのかわからないが、とりあえず美空に勧められるままにパイプ椅子へと腰を下ろす。大樹と同じように顔にハテナマークを張り付かせている茉莉と未利も大樹にならう。

 美空は一人、パソコン前の椅子に三人と相対するように座ると、その口を開いた。

「パソコン研究会は今一人しかいなくて、今月中にあと二人入らなかったら廃部なの」

 そんな同好会があることを大樹は初めて知った。運動系の部ならともかく、文化系の部や同好会は全く興味がなかったので把握していなかった。未利が入った料理部すら知らなかったくらいだ。

 連れてこられたということは、そのパソコン研究会に入らせるつもりなのだろうか。人を見かけで判断してはいけないことは重々承知しているが、美空はあまりパソコンに詳しそうな感じでもない。

「――で? その研究会とやらに大樹を誘うつもり?」

 茉莉が大樹の考えを代弁するかのように、美空へと問い掛けた。相も変わらず機嫌が悪そうではあるが、先ほどまでよりはその切っ先は少しだけ丸くなっている。

 茉莉の問いに美空は笑って首を横に振って、あっけらかんと言う。

「まさか、だよ。私、パソコンのことよくわかんないしさ」

 には誘わないよ、と美空は言う。

 いよいよもって美空の目的がよくわからなくなる。パソコンのことがよくわからないのに、どうしてなのか。職員室で鍵を借りたということは、美空自身はパソコン研究会に所属しているのだろうが。

「じゃあどうしてここに大樹を連れてきたのよ」

 怪訝な表情をした茉莉がさらに問う。大樹も茉莉と似たような表情をしている。話が見えていない未利は、物珍しそうに書庫に収められている本のタイトルを目で追っていた。

 美空はその質問にイタズラを企む子供みたく、にやりと笑って、


「それはね、部員が一人しかいないここを私が乗っ取ったからです」


「「は??」」


 大樹と茉莉の声が重なった。

 怪訝な表情、ここに極まれり、である。

 そんな二人を前に、得意げな表情をした美空は続ける。

「こうして放課後に集まれるところが欲しかったの。でも一から同好会にしろ部にしろ作るのは手間だし。それなら既にあるところを使わせてもらった方が楽じゃない?」

 確かに楽は楽だが、だからといって乗っ取ろうなどとは普通は思わない。大樹は目の前の女の子の豪胆な面を垣間見たような気がした。人は本当に見かけによらない。

「私、転校ばっかりでさ、どんな学校にも人数の少ない部や同好会があるのを見てきたから。だからこの学校にもあると思って、昨日一昨日とそういうところを探して、パソコン研究会を見つけたんだ」

 で乗っ取りました、と美空は屈託なく笑って言った。

 大樹の脳裏に、放課後になると一目散に教室を飛び出していた美空の姿が思い起こされる。あれはそういうことだったのか。

 でもどうして、と大樹は思う。どうして美空はパソコン研究会を乗っ取ってまで、ここを欲したというのか。


 ――だから、今度は私が君を救ってあげる!


 転校してきたその日、はっきりと自分にそう告げた美空の声が、唐突に頭の中で再生された。まさか。

「乗っ取ったって……」

 唖然とした様子で茉莉が呟いた。確かに乗っ取ったという言葉は穏やかではない。あと二人入らなければ廃部とはいえ、所属していたそのたった一人が素直に頷いたとは到底思えない。しかし、美空の表情からは後ろ暗いことをしたというような気配は読み取れない。

「あ、乗っ取ったって言っても、ちゃんと話して円満に譲ってもらったよ? 元々、もうあまりやる気なかったらしくて。新入生も誰一人として見学すら来ないから、お好きにどうぞ、って」

 その話が本当なら、確かに円満解決のように聞こえる。茉莉も似たような感想を持ったのか、ふーん、と相槌を打つと、

「それで? 転校生さんはそんな廃部寸前の同好会を乗っ取って何するつもり?」

 よくぞ聞いてくれました! とばかりに満面の笑みを浮かべて美空が急に立ち上がった。その勢いで椅子が床に擦れて音を立てる。その少々耳障りな音に吸い寄せられるように、三人の視線が美空に集中した。

 というわけで、と美空は改め、腰に両手を当て嬉々とした表情で高らかに宣言した。


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今日からここを青春同好会とします! 高月麻澄 @takatsuki-masumi

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