集背駅
安良巻祐介
或る朝、眠い頭で家を出て、定期バスに乗り遅れたので悪態をつきながら駅へと向かったところ、通勤客がいつもの倍ほどに多い。いったい何事かと思ってついつい立ち止まった瞬間、その沢山の通勤客が一時に、ソバか何か啜るように、駅の入口へズルズルズルっと吸い込まれていった。ビデオの早回しを見ているようでもあった。
目の前で起こったことが信じられずに、酒も飲んでいないのに酔っ払ったかと怖くなっていると、やがて大量の客を食った駅舎の屋根が上下に息をし始め、見る間に粘土を捏ねるような具合で、形を変えて行った。そしてどのようなことになったか。その答えが、この平たい、莫迦に広い、灰色の延べ台である。一体何に使うかわからないこの背の低い、長々とした台こそが、昨日までは確かに多くの通勤客が行き来していた駅舎であったのだ。あれだけ沢山の人間と、それからここをも通っていた筈の線路と、電車とが、いったいどこに行ってしまったのか、それは自分にも答えることが出来ないが、どれだけ待ってみても、世間はまるで駅が消えたことに動揺する気配がないので、こののっぺりとした灰色のかたちが、騙し絵のように駅やら人やら線路やらの消えた物事と、上手く辻褄を合わせているらしい。それがどうにも怖いような、安らかなような、奇妙な気持ちが胸を去らない。
集背駅 安良巻祐介 @aramaki88
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