闇の磁力はソリをひけるか
【闇の磁力はソリをひけるか】
クリスマスだ。だからといって自分たちには関係のない話だ。
こうして今も暗殺計画は水面下で進んでいる。
3日前からタカダノバーバリアン内の様子がおかしかった。どこかソワソワと落ち着かないような様子。それはただ近づいてくるクリスマスという人間どものイベントに浮かれているのだと思っていた。
しかし気付いたのだ。このノリについていけないのは自分の性格のせいではない。
明らかに「隠し事」をされている。自分にだけ、知らされていない作戦。
早稲田を襲撃するなら、例え自分に出番がなかったとしても詳細は知らされるはずなのだ。だから、今回の暗殺計画は「アーグネット」を狙っているのだと、気付いた。
そうとわかればこんなところにいるのは危険だ。
これは逃げではない。戦略的撤退だ。
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「カゲロウ、アーグネットいないぞ?」
先程アーグネットが入った部屋のドアを開けたマグマンドラが、後ろから歩いてくるカゲロウに声をかける。
「おいおいマグちゃん、アーグネットこそが今夜のパーリィーの主役だぞってマジかよ。」
二人そろって部屋を見渡してみるも、紺色の機体は見当たらなかった。
「セブンでも行ったのかな。」
「あいつがセブン行って何買うんだよ。」
「そっか。 つーか寒いと思ったら窓開いてんぞ。なんで開けたんだ。」
エアコンの暖気が逃げていく窓のサッシに挟まっているメモをカゲロウがつまみ上げた。
「いや、これ出ていったんだ。」
「え? アーグネットが?」
メモを見たカゲロウが確信を得たと言わんばかりに大きく頷いた。
「ああ。じゃなきゃわざわざ窓から出ていかねえよ。 こりゃ『家出』だな。」
「ど、どうするよカゲロウの旦那!?……とりあえず窓閉めていい?」
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今頃、向こうはパニックになっているはずだ。獲物に逃げられたのでは作戦は実行できない。
さてどのような追っ手を差し向けてくるだろうか。
おそらくあの中でブレインになるのはカゲロウだろう。
彼が使いそうな次の手をシミュレーションしながら逃亡劇というのも悪くない。
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「なんでばれるんですの? だって昨日まで普通に話していたのに! 私たちの作戦は完璧だったはずですわ。」
『マグちゃん、喋ったんじゃないよなあ!』
あらぬ疑いのかかったマグマンドラがベティちゃんに掴みかかる。
「喋ってねえよ! 口滑らすと思ったから、今日はあいつと話してない!!」
「いやあ、そういうのが一番ばれるんだよマグちゃん。」
返す言葉もなく頭を抱えた傀儡子ちゃんに代わり、カゲロウがマグマンドラの肩に手を回す。
「そうなのか!?」
『とりあえず問題は』
「この、お前たちの作戦は分かっている、のどこまでが分かっているかってことですわ。」
「そうだな傀儡子ちゃん。そして、どうやってこの『闇のパーリィー会場』に連れてくるかだ。」
「でもまだ、準備も終わってないぜ旦那。探すにしても人手が足りない。」
「確かに。」
「そうですわね。」
うーん、と四人が首を捻るも何も案は出ない。
『こんな時都合よくヒーローが助けてくれたりしないかなあ。』
「ちょっと早稲田で騒ぎ起こせば来るんじゃねえの?」
「いや、待てマグちゃん。 どうやら俺たちのとこにもサンタは来たらしい。」
窓の外を見るカゲロウに倣って全員が見たものはなかなか衝撃的な光景と言わざるを得ない。
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日頃から騒がしい街だと思っていたが、祭りごととなると余計に騒がしさは増すらしい。昼間から大声で騒ぐ集団に、やたら目につく男女のペア。
ほんの少しだけ、心臓部のコアが騒ぐ。
昨日までなら、自分も一人ではなかったのかもしれない。
いや、元から「人」でもなかったか。所詮自分は「装甲を着込んだ機械」。
これまでの人間たちと同じように、扱いに困ったから封じ込めるのだ。
きっと実行するのは傀儡子ちゃんだろう。傀儡子ちゃんの力は厄介だ。丁寧に腕を直していたのに悪い気もするが、ベティちゃんから処分しよう。
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「なんでウイングがぶっ倒れてんだ! 俺が決着を付けたかったのに!」
「ちょっと、透けてません?」
口に手を当てて、金曜夜の馬場のロータリーでも見るような顔をしている。
『死んでるのかあ?』
「いや、ウイングは誰かに憑依していないと透けているらしいからな。死んだわけじゃないだろう。知らねえけど。」
だがこれ自体は本物のウイングであることは確かだった。
「で、どうするんですの?」
「人質だな。」
「さすが旦那! で身代金代わりにアーグネットを探せって言うんだな?」
「話が早いなマグマンドラ。」
「まあ珍しい。」
『マグちゃんが珍しくちゃんとしたことを言うと本当に嵐が来るからやめて。』
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こちらには充電切れという致命的な弱点がある。長期戦に備え消費電力を限界まで削減しているから機熱が下がりきっている。当然機動力も落ちている。
雲行きが怪しいというか、本当に天気が悪くなってきた。元来寒さが苦手なマグマンドラはますます外へ出たがらなくなるだろう。
この冷え切った重い身体で体当たりするだけでもマグマンドラには効果がありそうだ。
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「通報があったのはこの辺りのはず・・・」
いつもより人の少ない大隈講堂前に二人の戦士。
「ダルフォン姐さん! ありました!」
声をあげたワセダブリューの足元にプレゼントのような箱が置かれている。
「これは、いわゆる電報ってやつか?」
「開けますね。」
「おいっワセダブリュー! もっと慎重に!」
果たしてソウダルフォンが危惧したような爆発などはなく、安いオルゴールの音が流れてきただけだった。
「なんかクリスマスソング流れてますけど、中身は全然平和じゃないっすね。」
メッセージカードの文言に眉をひそめた後輩からカードを受け取り、やはり同じような渋い顔になってソウダルフォンは答えた。
「ああ。ウイング、昨日から帰ってきていなかったからな。もっと真剣に探すべきだった。」
「ダルフォン姐さんだけじゃないですけど、ウイングさんが迷子なのみんな慣れ過ぎですよね。」
「日常茶飯事だったからな・・・今となってはもう遅れて来ても誰も突っ込まない。」
はぁ、と二人分の白いため息が重なる。
ふとワセダブリューがもう一度カードを見た。
「解放条件がアーグネットを連れてくること、ってちょっと変じゃないですか?」
ソウダルフォンも首をかしげる。
「確かに。これではまるでアーグネットが逃げているようだ。まさか、仲間割れでもしているのか?」
ただの推測のつもりだったが、真っ直ぐな後輩は弾かれたように顔をあげた。
「ということは、アーグネットを連れていったら・・・」
しまったという表情を隠さずソウダルフォンはなだめにかかる。
「ワセダブリュー、今はウイングを助けることだけ考えろ。」
「そんな、冷たすぎますよ! 怪人だろうが、何だろうが、早稲田で困っている人を見捨てないじゃないんですか!」
「ウイングの救出が最優先だ。これも罠かもしれない。 聞いているか?」
「あいつにも理由があるはずです。俺に任せてください!」
制止を振りきり段差を飛び降りて、あっという間に赤い星は小さくなった。
「ああもう、当てもないのに走ってどうするんだ! あっ、ごめんなさい。」
追い掛けようと一歩踏み出したところで誰かとぶつかった。
「あ、いえ俺も下見てたんでって、ソウダルフォンさん?」
ぶつかった男性はソウダルフォンにとって見覚えのない顔。それを感じてか男性が先に口を開いた。
「昨日まで、ウイングさんと一緒にいました。」
「あぁ、憑依されていた方!」
ソウダルフォンは元ウイングの肩を掴む。
「今、ウイングが人質になっているんです。」
「え、ウイングさんが?」
「ウイングはどこかに行くと言っていませんでしたか?」
しばらく間が空いて、男性はすまなそうに答える。
「行き先も何も、昨日ここで別れたきりなので・・・俺も酔ってたし・・・あ、あの俺もウイングさん探すの手伝いますよ。」
人の良さそうな笑顔を見て、ソウダルフォンは流石ウイングが選ぶだけのことはあるなと思った。
「ありがとうございます。ところで、何か探し物ですか?」
「いや、昨日ウイングにオルゴールあげたんですけど、その時ちょっと落とし物したみたいで。」
落とし物も気になったがそれ以上に気になることがあった。
「オルゴール? 曲はどんなものです?」
やはり少し間があって、やはりすまなそうに答えた。
「普通のクリスマスソング的な奴ですよ。曲名がなんだっけ…」
ソウダルフォンは先ほどから聞こえていたメロディラインをそのままなぞった。
「~♪」
「歌、お上手ですね…それです。」
これはウイングの流しているもので間違いないだろう。どこから流れてきているかはわかる。
「協力に感謝します、見つかりました。御礼に落とし物も一緒に探しますよ。」
「いや、ウイングさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。人質を痛め付けるような奴らではありません。それに、後輩から任せろと言われたので。」
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夜が近くなり、寒さが増してきた時に、まさかこの男が現れるとは。こういう展開は予想していなかった。
「探したぞ、アーグネット。」
「ふん、何の用だ。 生憎、貴様の相手をしてやる暇はないのだがな。」
「やっぱりそうか。 お前、なんで一人でこんなところにいる?」
やっぱり、とは何か引っ掛かるが。
「一人でいて悪いか? それとも、仲間にでもなろうって言うのか?」
「助けがいるんじゃないのか?」
質問に質問で返すなと思いはしたが、それよりもだ。なるほど、話が早いと言えば早いか。
「早稲田戦士にまで勘付かれているとは、あいつらは本当にやる気があるのか?」
「やる気ってなんだ? 質問に質問で返すなよ。」
「お前も質問に質問で返しただろうが。 いや、いい。 確かに助けがいる。」
残りの充電は心許ない。本人から申し出てきたので裏切る心配もない。癪に障るが、実力も認めている男だ。その場しのぎのバディとして申し分ない。
「ああ、喧嘩したんだろ? 一緒に謝ってやるよ。」
「喧嘩? ふっ、そんな生易しいものではない。・・・暗殺計画だ。」
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一方、闇のパーリー会場でウイングを囲って暇しているバーバリアン。
「そろそろ見つけてくれねえかなぁ、なあベティちゃん。」
武骨な手で掻き回す。
『勝手にモフモフするなマグまああああ。』
「ちょっと、やめてくださる?」
別室から戻ってきたカゲロウが声をかけた。
「はいはい喧嘩すんなって。 で、そっちの準備は終わってんだろうな?」
「もちろんですわ!」
意気揚々と答える傀儡子ちゃんの示す通り、パーティーが始まるのを待つばかりの会場。
「じゃあ本当に主役を待つだけってことか、暇だなベティちゃん。」
『だから勝手にモフモフすんなあ!カゲロウ!!』
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すっかり夜の闇に包まれた戸山公園をを歩く。
「やっぱ本当にこれでいいのか?」
出た。俺はそういうのが一番嫌いだ。今ちょうど作戦会議が終わったばかり、意見があるならその時に言うべきだ。
「俺は絶対にお前の思い込みだと思うぞ?」
しかもそういう輩は、新事実でも見落としでもなく根拠のない感情の部分で発言してくるのだ。
「なぜそう言い切れる。」
「タカダノバーバリアンは確かに怪人だけど、俺にはそんなに悪い奴らには見えないんだよなあ。暗殺計画なんて厨二病みたいなことお前以外考えそうもない。」
「親切の押し売りの次は喧嘩を売っているのか?買うぞ?」
「分かった分かった!俺が悪かったよ。」
「ふん、そういうところが貴様の甘さだワセダブリュー。まず憶測でモノを考えるべきではない。」
突然足を止めたワセダブリュー曰く。
「うわ、なんかその言い方ダルフォン姐さんみたい。」
「・・・」
この馬鹿をどうしてやろうか。
「そもそもお前、どっか変な方向に突き詰めて考える癖あるだろ。あいつらがおまえを消す理由がないし、やっぱ思い込みだと思うんだよなあ。」
「理由ならある。 早稲田戦士全滅計画が失敗に終わったことだ。」
また立ち止まっているマルチタスク出来ない系ヒーローは放っておこう。
「え? そんなことで?」
「そんなことってな、他ならぬ貴様に潰されたんだぞ俺は!」
「あ、ごめん。」
「所詮、俺はただの機械だ。使えないものは捨てられるだけなんだよ。」
だから、すぐに足を止めるな。
「お前、もっと自分を大切にしろよ。 少なくとも俺はそんな風に思ってないぜ。」
「ここにきて臆病風にでも吹かれたか?」
「・・・分かったよ。やればいいんだろ。」
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怪人たちと向き合うソウダルフォンとウイング。ウイングは先程までと違い透けてはいない。ソウダルフォンに落とし物を見つけてもらった御礼にとついてきた男が、またウイングに返信したからだ。
2人とも完全に臨戦態勢ということ。
「約束が違うんじゃねえの? アーグネットはどこだ。」
カゲロウが問いかけても答えが返ってくる気配がない。
「完全に怒らせましたわね。」
『でも暇だったからちょうどいいぞ!』
近くのパイプ椅子を蹴り倒し、パーツをむしり取ったマグマンドラが吠えた。
「歓迎するぜ、早稲田戦士!!」
地面をけり上げジャアックスに全体重をかける。
ウイングはそれを避けずに双剣で受け、後ろに流しながら、がら空きの背中にウイングスラッシュを叩き込んだ。
背後に回ったカゲロウが机に手をついて飛び越えた勢いのまま蹴りを繰り出してくる。ソウダルフォンは傀儡子ちゃんに向けていた槍を逆手に持ち替え、カゲロウが支点にした机の脚を叩き切った。さすがに机もろとも体勢を崩すことはなく、容赦ねえなとつぶやきながら着地した瞬間に赤い爪を向け飛び込んできた。寸でのところでかわすと、傀儡子ちゃんが技をかける動作に移ったのが見えた。
ソウダルフォンとウイングが背中合わせで、部屋のど真ん中。逃げ場がない。
「マリオネッタ!」
「紅蓮爆龍拳! はあっ! お待たせしましたっと!」
攻撃を中断させ割り込んできた男は自慢げに二人の先輩の間に立つ。
「助かった、ワセダブリュー。」
「いえいえ。ウイングさんこそ、ご無事で何よりです。」
「お前は呼んでないぞ。アーグネットはどこだ?」
「シンクロナス・サイクロン!!」
返事代わりと言わんばかりに最強形態で最高出力の技を繰り出す。しかしほんのわずかな発動待機時間が狙われていた。
「カリーノ!」
発動直前だったエネルギーが一気に逆流し、運動機能がマヒする。重力に従って膝をついたアーグネットにワセダブリューは手を差し伸べた。
「だからお前の思い込みだって、言っただろ?」
あの時のようだと思いながら、あの時とは違い、そのままシャットダウンした。
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全機能のオールグリーンを確認し再起動したときの光景は忘れられないだろう。
「メリークリスマス!!」
先程の戦場はどこへやら、室内には色とりどりの飾りつけと、華やかな料理が並ぶ。
「どういう、ことだ。」
全ての関節が錆び付いたような動きをしている自覚はあった。でもそんなに笑わなくてもいいだろう、お前たち。
「サプライズ・クリスマスパーティー大成功! だな、旦那!」
「予想以上にフリーズしてんな!」
「アーグネットが驚いている姿なんて」
『初めて見たぜえ!』
「ちょっとかわいそうな気がしないでもないが・・・」
「いやソウダルフォン、ここは笑ってやるべきだ。」
「あれ、まだ怒ってますか?ウイングさん?」
『酔っぱらって外で寝てた挙句巻き込まれたあなたもあなたですよ、ウイングさん。』
つまり、隠し事は暗殺計画などではなく、サプライズクリスマスパーティーだったと。
「ちょっと待て、ワセダブリュー! お前どこからそっちの仲間だった!?」
飛び起きた勢いのまま掴みかかりそのままヘッドロックをかける。
「割と始めからだけどあああもううるさいなあ~~~その前にお前どうすんのさ~~!」
分かるかそんなこと!
どうやって倒すか散々シミュレートした相手に今更会わせる顔などない。
一人で反撃計画を練っていた時の演算処理が普段より遅かったのは、エネルギーが不足していたからではないともう分かっている。
機械にだって情はあるのだ。
「まあ、俺たちもちょっとやり過ぎたな。悪かった、アーグネット。」
「家出なんてもうダメですわよ?」
『心配したんだぜ?』
「機嫌直してくれって。 闇の合同クリパ始めようぜ?」
闇の合同クリパという今年最大のパワーワードを聞いた気がするが、それはひとまず飲み込んだ。
どう返事すべきか困って思わず一時休戦した宿敵の顔を見る。思えば初めから勘違いだの一緒に謝ってやるだのとヒントは与えられていた気がする。
なんでも変な方向に突き詰めて考える癖、は確かに直すべきかもしれない。
「いや、その・・・俺こそ悪かった。」
ニヤニヤしているワセダブリューに腹が立つが、今日だけは許してやる。
仲間の笑顔に迎えられて、気分が良いから。
「ところで俺は食事は摂れないのだが。」
「「「「あ。」」」」
wsd戦士 クリスマス短編集 @lukousou
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