ドッペルゲンガーの夕べ
綾川知也
Greenback Boogie With Chaos Club
秋の夕暮れが教室を
教室にある机や椅子の痩せた影の中に、二人の男子高校生の影が混じっていた。
会話のない教室に、バイクの疾走音が通り抜けた。校庭を挟んだ向こう側の道を通ったのだろう。
甲高いその音は、この教室に
その音を聞いて、夕凪春彦が白い端正な顎を動かした。
「なあ、
明継と呼ばれた少年は、スマホから視線を外し、前の席で背を向けている春彦へと向けられる。
「ああ、知子のことか」
開けられた窓から、冷たい風が流れ込む。
スマホのガラス面から指を外し、明継は手の平で揉んで温めた。
投稿した小説の反応が気にはなるが、春彦から差し込まれた会話に、意識は中空へと浮かぶ。
そこに当たり前のように居た女性徒の存在は、もうここには……
………………居ない。
教室には二人だけ。閑散とした空間は広い。
余りにも広すぎた。
春彦は振り向いた。いつもは聡明な彼が眉を
「あいつ、バイクで光速を超えるだとか、ふざけたことばっか言いやがって、馬鹿野郎!」
悔しそうに春彦は唇を噛んでいる。
彼の白い歯は秋色に染まっていた。
冷たい色に染まっていた。
「いつも
下校時に駐輪場でバイクのエンジンを分解して、目を輝かせていた星子。
油で頬を黒く汚しても、彼女はいつも笑っていた。
背が低いことを気にする彼女とは話しをしたことはない。
だが、シャフトを
星子はここしばらく欠席を続けている。
理由を知ったのは、白衣を着た担任、三谷の報告があったからだ。
三谷先生の淡々とした口調は、感情に染まっておらず、星子はしばらく学校に来ないという事実だけを伝えた。
並んだ生徒の間からざわついたものだったが、しばらくして皆は口を
教卓に飾られた真っ赤な薔薇の花びらが一枚。
その身を落とし横たえた。
ショッキングな内容だったが、毅然とした先生の態度を見て、明継は先生は大人なんだな、とボンヤリと考えたものだった。
「勝手だ。勝手すぎる! 知子の奴! どうしていつもそうなんだよ!」
握られた春彦の拳は硬く握られている。柔らかい拳に浮かんだ筋は細く、理不尽さに震えていた。
スマホに意識を移す気にもなれず、明継は口を歪めて呟く。
「春彦、もういいからよ。いい加減に文化祭の準備をしようぜ」
この高校での文化祭はクリスマスになる。
凍てつく空の下。冬至の夜には、高校はイルミネーションで明るくなるはずだ。
日が傾き、建物の中に埋もれようとしている今とは違って————
「だけど、俺は、俺は……」
「春彦、そこまでにしとけよ!」
声を荒げた明継に驚き、顔を上げた春彦。額に細い髪がかかっていた。
日は夜に近づいたのか、窓から差し込む光は、赤に染まっていた。空気は冴え冴えと寒さを帯びている。壁に伸びている影は輪郭を淡く溶けさせていた。
時の流れに浮かぶ、
この教室には残っているのは二人だけだ。
文化祭準備前に唐突に突きつけられた事実を明継は決して忘れないだろう。そして、恐らくは春彦も。
黙り込む春彦は細い顎を床へと向けたまま。
二人だけしかいない教室で、明継は急かすようにして春彦に語りかける。
「時間もねえんだ。いい加減にしろ。文化祭の予算を算出して、実行委員会会長に提出、だったろ?」
「……」
「急がなくちゃいけねえんだろう? な?」
「そうだ。そうだったな。だけど、あんまりじゃないか。お前はそうは思わないのか?」
不条理を
明継はやりきれない気分になる。
自分だっていい加減にしてくれと言いたいのを堪えていた。
机の上に置き去りにしたスマホは黙ったままだ。
「ああ、そうだな。あんまりだよな。俺だってそう思うさ。だけどさ、春彦。時間は何時だって待ってくれない。何もしないでいる今でも、時間は残酷に過ぎている」
「わかってるよ。明継が言うことは頭では理解してるんだ」
ふて腐れた表情をする春彦を見て、明継は意外な一面を見た気がする。爽やかイケメンと女子の中でも噂だったが、意外と傷付きやすい。
「しかし、どうして知子と星子は学校をサボってるんだ?」
「お前もさっき言ってたろ? 光速を超える、だとよ。とにかく予算提出だけは終わらせよう。その内、戻ってくる。いつもみたいに」
「やってらんねえ!」
<Ending Music>
その頃の知子と星子(光速とかどうでも良くなってるっぽい)
Greenback Boogie With Chaos Club
(安全確認済)
https://www.youtube.com/watch?v=jPBMOC1l3IA
※後半、男性の声がするが考えたら負けである。
</Ending Music>
ドッペルゲンガーの夕べ 綾川知也 @eed
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