第二話 愚者たちの帰還

 ダクスタンの街に異変が起きていたのは、朝方俺がへとへとになりながら帰ってきた頃だった。


 まだ七時だと言うのに街全体がやけに騒々しかった。それもそのはずで、冒険者ギルドの前にたくさんの黒山の人だかりができていたからだ。


 理由は明白で、ロアンたちがちょうど魔女王討伐任務から戻ってきたのだろう。さすがに世界の命運がかかった最高難度のS級任務ということもあり、昨夜は住民たちもろくに寝つけなかったに違いない。自分を追い出したパーティーの任務報告など聞きたくもないが、今回ばかりは内容が内容ということもあって正直気になる。


 黒い外套のフードを目深に被って素顔を隠しながら、俺はその人垣にゆっくりと近づく。


「おいおい、それって本当か……?」


「ああ。あの《光の翼ライトウイング》が魔女王から敗走したってよ……」


 目の前の青年たちの会話が、小声でこそこそと耳に入ってくる。


 ――なんだって?


 俺は思わず自分の耳を疑った。


 ロアンたちが負けた? 何万人もいる冒険者の中でもトップクラスの実力を誇るあいつらが……?


 到底信じがたいその話に、俺はある種の凄まじい衝撃に打たれていた。これまで光の翼の団員としてひたむきに活動してきたが、一度たりとも任務には失敗したことがなかったのだ。その無敗神話が今回、ひとりの魔女王によってついに崩された。自分を今の状況に追い込んだ最低な奴らだが、戦闘能力に関しては間違いなく本物なのだ。魔女王の実力が一体どれほどのものなのか、それはもはや想像にかたくなかった。


 だが、やはり直接本人たちの口から聞くまでは納得できない。


 ちょうどその時だった。冒険者ギルドの入り口扉が開いたかと思うと、ロアンたち三人が中から出てくる。


 それを待っていた記者たちが、彼らに一斉に殺到する。


「質問よろしいでしょうか、ロアン隊長!? 魔女王に敗れたというのは本当ですか!?」


「是非とも詳細な話をお聞かせください!」


 両手に手帳とペンを握りながら、我先にと大勢で圧力をかける。


 全身ボロボロに変わり果てた青年たちはその場で立ち止まると、ロアンが憔悴しきった顔で代表して答えた。


「……魔女王に敗れたのは本当だ。魔女王ディザベートは、俺たちが想像していた以上の強さを秘めていた……。あまりの強さに手も足も出ず、ついに傷一つ付けることすらできなかった……」


 無念さを滲ませたその言葉に、記者も民衆たちも全員静まり返る。


 この結果は、さしもの俺も想定外だった。光の翼は、世界でも言わずと知れた最強のパーティーの一つだ。


 最初の頃はまだ無名だったものの、数々の高難度クエストを達成していくたびに瞬く間に急成長を遂げ、今では自他共に認めるトップクラスのパーティーにまで上り詰めた。その彼らが敗れたということは、事実上人類そのものが敗北したと言っても過言ではない。魔女王を倒せる人類唯一の希望だったということもあってか、さすがに民衆たちも落胆の色を隠せない様子だった。


 記者は動揺した声で気まずげに言った。


「そ、そうですか……。それは非常に残念です……。――今回S級パーティーである光の翼によって世界初の魔女王討伐任務が正式に行われましたが、敵のステータスとスキルに関して何かわかった情報などはありますか?」


 その問いに対し、ロアンはすぐに左右に首を振った。


「……残念ながら、魔女王のステータスは解析できなかった。レベルカンストした俺たちでも解析できないステータスとなると、奴のレベルはすでに99を超えている可能性が充分に考えられる。スキルは遠距離攻撃の魔法主体で、黒い業火を放つ技や空間の広範囲に暗黒物質ダークマターを生成する技などを多用してきた。中でも自身の周囲にバリアを張り巡らせる技は非常に頑丈で容易に破壊することができず、たとえ破壊しても十秒足らずですぐに再生してしまう。こんなことはあまり考えたくないが、もしかしたら奴はあれでもまだ奥の手を隠していたかもしれない。正直今は、あの化け物から五体満足で逃げ帰れただけでも奇跡としか言いようがない……」


 彼の口から明かされた衝撃的な事実に、現場の空気が一層凍り付く。


 それはそうだ。あらゆる生物のステータスの上限レベルは99までのはずだというのに、それを超える存在などついぞ聞いたことがない。スキルに関してもどれも耳にしたことがなく、おまけに切り札まで隠している可能性があるのだというのだから、やはり魔女王の実力は本物なのだろう。


 さらさらと手帳にペンを走らせながら、記者はさらに質問を重ねる。


「なるほど……それは有益な情報ですね……。――残念ながら今回は魔女王に敗れたわけですが、ずばり最大の敗因はなんだったと考えられますか?」


 もっともな疑問に、ロアンとルーク、ロゼは互いに顔を見合わせる。


 すると、突然口々に言い合いを始めた。


「そりゃ、前衛のお前が積極的に前に出て攻撃しなかったからだろ」


「ちょっと、なんで私だけなんですか? あなただって敵の攻撃を避けてばかりで人のことは全然言えないじゃないですか。だいたい後衛のロゼがほとんど魔法攻撃で支援してくれなかったせいで、こっちはまともに反撃に移ることすらままならかったんですよ」


「はあ? こっちは回復ヒール補助バフで手一杯だったのよ! そもそも前衛のアンタたちが無駄にダメージ受けるから、私の手間が余計に増えたんでしょ!?」


「なっ……俺たちが悪いっていうのか!?」


「ええそうよ! それ以外に何かある!?」


「元はと言えば、前衛と後衛を支えていた司令塔のアイトがいなくなったからこんなことになったわけで……」


 ルークがそこまで口にしたところで、三人はそのメンバーがすでにいないことにようやく気づいたようにハッとなる。


 それを聞いた記者が、不思議そうに首を傾げる。


「そういえば……光の翼は四人パーティーで、確か聖騎士パラディンの方がいましたよね? 先ほどから姿が見当たりませんが……どうかされたんですか?」


 その鋭い質問に対し、ロアンがばつの悪そうな顔で頭を掻く。


「あー……それが昨日、魔女王討伐の直前に怖気づいて急遽脱退したんですよ。俺たちは世界一の称号を背負った最強パーティーだっていうのに、ホント情けない奴ですよねぇー。まあ近いうちに今度はもっと有能な奴を雇って必ず魔女王を倒してくるんで、皆さんはせいぜい期待して待っててくださいよ。それじゃ、自分たちはもうヘトヘトなんでこの辺で失礼しますねぇー」


 適当なところで話を切り上げ、青年たちはおぼつかない足取りでこの場から去っていった。


 程なくして、止まっていた時間が動き出したかのように、民衆たちが口々に話し始める。


「おいおい……まさか本当に光の翼が負けちまうなんて、これから俺たちどうなっちまうんだ……?」


「ようやくこの災厄の時代から解放されると思ってたんだが……こりゃもう駄目かもな……」


 誰もが期待を裏切られたように呟き、それぞれの今日の仕事に戻るべく散り散りになっていく。


 ロアンたちの取材の一部始終を聞いていた俺は、内心で酷く呆れ返っていた。


 何が怖気づいただよ。一方的にパーティーから追い出したのはそっちのほうだろう。今回ロアンたちは魔女王の圧倒的な強さと俺の脱退によって無様な敗北を喫してしまったようだが、今の自分の立場から言わせてもらえばとてもいい気味だとしか言いようがない。


 しかも、これは千載一遇のチャンスだと思った。


 ロアンたちが魔女王に敗れたのなら今のうちに俺が奴を倒し、決定的な功績を打ち立ててしまえばいい。そうすれば、誰しもが自分の力を認めざるを得なくなり、光の翼の威信はたちまち地に落ちることだろう。本来なら魔女王に単独で挑むなど死にに行くに等しい行為だが、今の俺には《再現》という新たな力がある。ロアンたちの情報だけでは魔女王の実力は正直未知数ではあるものの、それは実際戦ってみれば嫌でもわかることだろう。


 そうと決まれば、今日はもう飯と風呂を済ませて睡眠をとり、明日にしっかり備えよう。


 俺は素早く踵を返し、新鮮な朝日の射し込む市街地へと向けてゆっくりと歩み出したのだった。



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事象の再現者 〜S級パーティーから追放されたパラディン、事象再現スキルで世界支配の魔女王を眷属に従える〜 一夢 翔 @hitoyume_sho

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