事象の再現者 〜S級パーティーから追放されたパラディン、事象再現スキルで世界支配の魔女王を眷属に従える〜
一夢 翔
第一話 お払い箱の聖騎士
「なんだって……?」
俺の口から絶望にも似た呟きがこぼれた。
この
だが、そのメンバーの一人である俺――アイトは、パーティーに加入して以来の最大の窮地に追い込まれていた。
光の翼のリーダーロアンは、もう一度はっきりと地獄に叩き落とすように告げた。
「おいおい、耳糞詰まって聞こえなかったのか? ――今日限りでこの《光の翼》のメンバーである
俺はどれだけその言葉を噛み砕こうとも意味がわからなかった。何かやらかしたか? と一瞬考えたが、当然そんなものに心当たりはない。
俺は堪らず声を荒らげて反論した。
「い、一体なんの冗談だよ!? 今までずっと一緒に戦ってきた仲だろう!? いきなりなんでこんな仕打ちなんかするんだよ!?」
それに対し、三人の仲間たちは互いに顔を見合わせると、何やら意地の悪い笑みを浮かべる。
「お前のステータス、見せてみろよ」
普段のロアンからは考えられない横柄な態度で要求してくる。
いくら同じ釜の飯を食ってきた仲間たちと言えど、ステータス情報の公開は生命線に関わってくることなので他人に気軽に見せびらかしていいものではない。
だが、立場的に追い込まれた今の俺にそんな拒否権などあるわけもなく、言われるがまま左手の人差し指と中指をそろえて横に切り、空中に半透明の矩形のメニューウィンドウを出現させる。ステータスの項目をタップし、他人にも見えるように可視化して情報を開示する。
◆――――――――――――――――◆
職業
LV98
HP/7620 MP/9863
体力 762
魔力 991
攻撃力 638
防御力 654
敏捷性 675
耐性 闇
◆――――――――――――――――◆
お世辞にも決して良いとは言えない数値の羅列に、ロアンは呆れ返った顔で辛辣に言った。
「もうレベルカンスト間近の聖騎士のくせに、ただ魔力が無駄に馬鹿高いだけの役立たずじゃねぇか。
「なっ……」
冷酷に突きつけられたその言葉に、俺はただただ愕然とする。
それを待っていたように、
「はっきり言って邪魔なんですよ。戦闘中にあなたに前に立たれると僕の槍の攻撃範囲に入って目障りなんです。ただでさえ火力もメンバーいち低いというのに、毎回率先して前に出ようとするところがまた鬱陶しい」
「そ、それは……少しでも皆の役に立とうと思って……」
「それが余計なお世話だと言ってるんです!! あなたがここから出ていってくれることこそが一番私たちのためになるんですよ!!」
今まで激昂している姿など見たことがない青年の怒声に、俺はどうしようもなく気圧され、萎縮してしまう。
ここぞとばかりに
「それに、魔法も回復もこっちは間に合ってるのよねー。あんたがいつも必死に使用してる低レベルの魔法スキルも、高位魔道士の私なら一人で全部補えるってわけ。前々からずっとウザいと思ってたから、やっと直接本人に口で言えて良かったわー」
これには痛いところを突かれてしまい、俺はぐうの音も出ない。
これまでモンスターとの戦闘では、自分が前衛を担当しながら魔法スキルでパーティーの精神的支柱を支えてきたつもりだった。
だが、剣技スキルと魔法スキルを兼ね備えた半端な聖騎士故に、魔法スキルに特化された高位魔道士のロゼとの決定的な差を埋めるどころか、ここ最近は引き離される一方で完全に彼女にお株を奪われていた。
「まだソロプレイヤーだった時のお前は多少は使えるかと思って今まで大目に見てやってたが……まさかここまで無能な奴だったとはな。どれだけ努力しようがお前のステータスはすでに手遅れ。最強の俺たちS級パーティーに、お前みたいな半端者の聖騎士は必要ねぇんだよ」
ロアンがゴミを見るような目つきで俺を見下す。
五年前に当時一人で活動していた俺は、この光の翼がまだB級パーティーの時にリーダーであるロアンに誘われ、今日まで共に魔女王打倒に向けて邁進してきた。最初は地道に難易度の低い任務をたくさんこなし、純粋に喜びを分かち合うような深い仲だった。
だが、光の翼が世間に名を馳せるに連れ、仲間たちの態度は実力に差が開いていく自分に対して次第に冷たくなっていた。
そして今日、ついに彼らから無情にも除名宣告が下された。
いつかこの四人で魔女王を倒して世界を救おう、というあの日の約束は一体どこへ消えてしまったのか。俺の望んでいた夢の冒険は、いつしかこのパーティーでは完全に出来なくなっていた。
最後にロアンは俺の肩に手を置くと、とどめを刺すように耳元で粘ついた声で囁いた。
「長い間ご苦労様でしたァー。本日限りで君はこの《光の翼》から解雇でぇーす。まあ俺たちが魔女王をさくっと倒して世界を救ってきてやるから、お前はせいぜいここで指をくわえてその朗報でも待ってるんだな。ハッハッハーッ!!」
青年たちは下品に高笑いしながら、魔女王の城に続く森の一本道へと入り消えていった。
その不快な残響がいつまでも耳の底にこびりついたまま、俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。
∞
長年付き合ってきた仲間たちから突然の戦力外通告を受けた俺は、ダクスタン近辺の森の中でふらふらと一人さまよっていた。
未だに現実が受け入れられなかった。一体どうしてこんなことになってしまったのか。つい数分前からの自分では到底考えられない状況だった。
確かに俺は半端者だったのかもしれない。今まで自分が良かれと思ってしてきたことは、あいつらにとってほとんど余計なお世話だったのかもしれない。それならば、もう少し他にも使いようがあったのではないか。何もあんな酷い仕打ちをしてまで、俺を無理やりパーティーから追い出す必要なんてなかったじゃないか。結局自分は、あいつらがただ成り上がるための踏み台に過ぎなかったわけだ。
もう何もかも終わった。今後誰かとパーティーを組むこともないだろう。これからまたソロプレイヤーとして一人地道に活動していくしかない。それだけが、今の自分に残された唯一の道だ。
不意に、ガサガサッと何かの音が近くから聞こえてくる。
俺はゆるりと首をもたげてそちらに目をやると、鬱蒼とした茂みの中から一匹の黒い狼が出てくるところだった。
「グルルル……」
低い唸り声を上げて威嚇してきたのは、上位モンスターの《ダークウルフ》だ。
体長は一メートル半ほどで、頭に鋭くとがった二つの三角耳と全身に漆黒の体毛をまとっている。この近辺を縄張りにしているモンスターで、確かレベルは80台とかなりの強敵だったはず。
正直今はとても戦えるような気分ではなかったが、命がかかっている状況でそんな悠長なことを言っている場合ではない。
俺は染み付いた動作で左腰に差した鞘から白い直剣を抜き、無造作に片手で構える。互いに一定の間合いを維持したまま、攻撃を仕掛けるタイミングをじっくりと窺う。殺伐とした空気が、辺りに重々しく流れる。
次の瞬間、先に黒狼が痺れを切らしたように勢いよく飛びかかってくる。
だが、その動き出しを完璧に見計らっていた俺は、同時に直剣の上位剣技スキル――《ホーリームーン》を即座に発動する。純白の細い刀身が、眼を灼くような眩い白光をまとう。
「せあッ!!」
裂帛の気合とともに横一文字に剣を薙ぎ払う。半月を描くように振るわれた刀身が、間合いに飛び込んできた黒狼を捉えた瞬間――
「ギャアアアアアアアッ!!」
けたたましい断末魔の悲鳴を上げ、生々しい鮮血の尾を引きながら奴の首が吹っ飛ぶと、地面に転がって近くの緑陰の中へと消えた。
もはや動かなくなった目の前の死体を虚しく一瞥し、俺は血の付いた剣を払うと、静かに鞘に収めようとした。
不意に周囲から複数の殺気を感じ、素早く視線を巡らせる。
薄暗い木立の奥から、大量の黒狼たちがぞろぞろと姿を現すところだった。どうやら最初から囲まれていたらしい。
「……俺はいま機嫌が悪いんだ。かかってくるなら容赦はしないぞ」
凄まじい怒気を込めた声で黒狼たちに忠告する。
だが、知性のないモンスターたちに何を言ったところで通じるわけもなく、血に飢えた奴らは理性を抑えきれないように一斉に襲いかかってくる。
先ほどと同様に俺はホーリームーンのスキルを発動し、黒狼たちを容赦なく叩き斬っていく。剣を振るうたびに血しぶきを派手に撒き散らし、辺りの地面を黒く濡らす。時折腕や足を噛まれてHPバーがじりじりと削り取られていくが、本来魔女王戦で使用するはずだったメガポーションを惜しみなくガブ飲みし、俺は一心不乱に剣を振り続けた。こうしてモンスターを狩っている時だけ嫌だったことを全部忘れて、ただひたすら無心になることができた。
だから、テッテレー♪ というもはや聞き慣れたレベルアップの効果音で翌日の明け方になっていることに気づいた時は、さすがに少し驚いたのだった。
時間で言うとほぼ一日中ぶっ通しで狩りをしていたというのだから、我ながらとんだ無茶をしたものだ。辺りを見渡すと、いつの間にか黒狼たちの骸の山があちこちに無残に折り重なっていた。
俺は左手の人差し指と中指をそろえて横に切り、ステータス詳細を確認する。
◆――――――――――――――――◆
職業
LV99
HP/7770 MP/9999
体力 770
魔力 999
攻撃力 645
防御力 661
敏捷性 681
耐性 闇
◆――――――――――――――――◆
レベルカンストしようともいつもと変わらぬ数値の並びに、俺は深く嘆息する。
七年前に
この世界の生物たちには、ステータスという個人情報が生まれつき存在する。上限レベルは99までと決まっており、1レベル上がるごとに各パラメーターが6から10上昇する。期待値は8だが、当然個人によってばらつきがある。
数ある職業の中から長年の憧れだった聖騎士を選んだ俺は、毎日大量のモンスターを狩ってレベルアップに明け暮れた。だが思い描いていた強さとは対照的に、自分のステータスはどんどん悪化の一途をたどっていったのだった。それでもいつかは最強のパラメーターになることを信じ、愚直にひたすら剣を振るい続けた。
しかし、結局いつまでもその日が訪れることはなく、気づいた時にはもはや引き返せないレベルにまで達していた。こんなことなら早い段階で見切りをつけて、別の職業に潔く変えていればよかったのだ。この馬鹿みたいなステータスのせいで今の状況に至ってしまったのだから、やはり目の敵にしてしまうことは否めない。
特に感慨深いわけでもなく、俺は早々にメニュー画面を閉じようとした。
「……ん?」
ふとあることに気づき、それに思わず目が留まる。
よく見ると、画面端の魔法スキルの項目がちかちかと白く明滅していた。引かれるようにタップして開くと、そこに明らかに見知らぬスキルが登録されていた。
【レジェンダリースキル――《再現》】
「……なんだこれ?」
正体不明のそのスキルに、俺は訝しく小首をかしげる。
レアスキルやユニークスキル、エピックスキルなどこれまで数多くの希少度のスキルを実際目にしてきたが、レジェンダリースキルというのは生まれて初めて見た。
とりあえずスキル説明欄を開いてみる。
【再現:使用者から半径10メートル以内の再現したい対象の過去の日付と時間、最大10段階で再現速度を範囲指定し、当スキルを使用することでその時の抽出した事象だけを正確に再現する。逆再現も可。再現した事象を現在に固定することが可能だが、事象はそのまま時間とベクトル通りに進行する。ただし、一度再現した事象を元の状態に戻すことはできず、また、一年以上前の事象は再現することができない。さらに、使用者以外の生物とスキルの半径10メートルの干渉範囲を超える大きさの対象に使用することはできず、事象の再現中に他者の干渉もできない。】
「…………」
その長ったらしい文面を見て、俺は内心辟易した。
なんなんだ、如何にも役に立ちそうにないこのクソスキルは。七年の歳月をかけてようやくレベルカンストしたのだから、もう少しまともな見返りがあってもいいではないか。過去の事象を正確に再現して一体何になるのだ。
――いや、待てよ?
ふと俺はあることに思い至り、それを実行に移すため再び剣を構える。
ホーリームーンのスキルを発動すると、その場で高速に横一回転して剣を振り払う。びゅん!! と唸りを上げて鋭く空気を切り裂き、一瞬の木々の葉擦れの訪れとともにすぐに森に静寂が戻る。
特に何か起こるわけでもなく、俺は清々しい金属音を鳴らし、素早く剣を鞘に収める。
だが、これで準備は整った。あとは獲物がかかるのをひたすら待つだけ。
飛んで火に入る夏の虫、と言うべきか、ちょうどまた複数の黒狼たちが木立の奥から出てくるところだった。俺の意図などつゆ知らず、奴らはこちらを取り囲むようにわらわらと群がってくる。
俺は決して焦ることなく、冷静に周囲に視線を巡らせる。出来る限り刺激しないようにしながら、黒狼たちをぎりぎりまで引きつける。
「グルルル……グルァ!!」
直後、黒狼たちが我慢の限界を迎えたようにこちらに一斉に飛びかかってくる。
だが、今度は俺は剣を抜くことはない。代わりに、ある呪文を言い放った。
「魔暦635年4月24日午前6時52分36秒から37秒の《ホーリームーン》のスキルを速度10で再現!」
そう唱えた瞬間、腰の鞘から剣がすっと消える。
突如俺の周囲に一筋の光が閃いたかと思うと、躍りかかってきた黒狼たちが空中で真っ二つに斬り裂かれる。奴らの体からおびただしい量の鮮血が噴き出し、一匹残らず肉塊と化してばらばらと地面に落ちる。
そして、その事象を起こした俺の愛剣も、スキルの効力が切れて一緒に空中から地面に落下した。
「なっ……」
その衝撃的な光景を目にした俺は、思わず絶句する。
前言撤回しよう。――この《再現》というスキルは、もはや天災レベルのとんでもない高位魔法だった、と。
まさかホーリームーンのスキルを完全に再現してしまうとは夢にも思わなかった。こんな禁忌レベルの魔法が世間に知れ渡れば、冒険者たちの間でも間違いなく大騒ぎになるだろう。ロアンたちもすでにレベルカンストしていたが、これほど強大なスキルは所持していなかったはずだ。
おそらく、この世界で初めて俺にだけ与えられた唯一無二の最強スキル――。
再現したい事象の起きた時間を正確に指定しないと使用できないため扱いは難しいが、それは慣れでどうにかなるだろう。MP消費500、と普通これほど強力なスキルは戦闘に不向きかもしれないが、魔力パラメーターが異常に高い俺ならば話は別だ。使い方次第では、もしかしたら自分一人でもあの魔女王に勝てるのではないか……?
そんな安直なことを一瞬考えたが、もうじき魔女王を倒したロアンたちが朗報を持ち帰ってくる頃だろう。結局は宝の持ち腐れで、辛い現実へと一気に引き戻された俺は、力のない足取りでとぼとぼとダクスタンの街に引き返すことにした。
だが、ここから俺の人生を大きく変える怒濤の快進撃が始まろうとは、今はまだ誰も知るよしもなかったのだった。
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