大好きなパパはゲイだった
くにえミリセ
第1話
【パパとママ】
「ただいまー」
パパが仕事から、帰宅した。
わたしは、幼稚園児のごとく、パパに
ハグし、
「おかえり」
と笑う。
高校2年、野口真紀。
吹奏楽部。
それがわたし。そしてパパは、むっちゃイケメン。
ミュージシャンでありながら俳優をしている芸能人みたいな。あっ、でもパパは美容師。
パパは、わたしの自慢の父。一緒にならんで歩いていて、クラスメイトに偶然会った時は、こっちからパパを紹介する。
当然、次の日のお昼休みは、超イケメンのパパの話題で盛り上がる。ご満悦のわたしだ。
ただ、16歳のわたしがいつも疑問に思うことがある。『なんで、このママと結婚したんだろ?』ってこと。
ママは、けっして、美人さんではない。
美人さんでなければ、性格がいいんでしょってか?いやいや、全く。喧嘩ぱやいし、毒舌だし、短気だし、物事すること、マジ雑。カレーに入れる具なんてちくわや、こんにゃくを入れる。筑前煮じゃないんだからねとツッコミたくなるよ。それからファションセンスゼロ。なのになんで?
パパは、こんなママのどこが良かったんだろ。
あっ、そうそう、ママは、バスが大嫌い。なんでかというと、小さい頃のママがママのママ(後のわたしのおばあちゃん)とバスに乗ってて、とあるバス停でママのママだけ先に降りちゃってママは、置いてけぼりになったことがあるらしい。何百メートルかママは、バスの中で号泣したんだって。ママのママはしゃっくりの止まらないママの弟(後のわたしのおじさん)を抱っこしててそれに気をとられ、ママは、忘れられたのであった。というわけ。それで今でもバスだけはどんなことがあろうとも絶対に乗らないのだ。
なんとなくいつも気になる近所の一軒家の女性は、1人暮らしなのに、毎日の洗濯物が異常に多い。白シャツ数枚、ズボン数枚。その他、色々。下着なんか毎日洗濯してるのに、なんで1枚じやない数干してんの?タオル、これいったい何に使ってんじゃい、半端ないほど、風にゆれてるこの光景。しっかも、わたしが学校へ行くときには、それは、しっかり干し終わっていて、毎朝、洗濯物を見ながら登校する。
だけど、わたしは、結論を出す。
1人暮らしだけどこの女性、すこぶる
洗濯が好きで、洗濯代行みたいな便利屋の仕事をしている。日中ずっと洗濯していて、洗い終わった衣類をかごにためておいて、次の日の早朝から一気に干して干してほしまくる‥‥。みたいな。
まぁ、想像だけど。いや、もしかしたら
何か犯罪が絡んでいたりして。そう思うとこの女性がとても極悪非道な顔してるように思えてくる。
疑問は、自分なりに、決着をつけなきゃ、気分が、すっとしないんだな。
なのにパパがどうして、あんなママを選んだのかずっと分からないままでいたんだ‥‥。
【計画】
わたしは、パパが大好き。小さい頃からそれは、全然、変わらなくてそれを友だちに話すと、ちょっとひかれる。
大好きなひとのことは、やっぱりなんでも知りたいから、わたしは、パパのスマホを覗いてみたくて仕方ない。
よし、計画を立てるぞ。
パパのスマホ覗くためにまずすることは、パパのスマホのパスコードを知ること。といっても、パパのアイフォーンは、指紋認証だ。寝ている間にパパの指をそっとアイフォーンに当てる?なんてよくドラマでやってるけど、かなり危険。気配で起きたら、今後の生活、地獄だよ、パパに嫌われて生きるなんてありえない。ない頭をひねり出して、ある作戦を立てた。
パパが、お風呂に入っている間にパパのアイフォーンのホームボタンに2ミリ四方くらいのセロテープを貼る。
当然、指紋認証出来ないはずだから、
アイフォーンは、パスコードを求めてくる。それを後ろから何気に見ていて
パスコードを覚える。あっ、成功したあかつきには、ちゃんと、テープを剥がしておくことは、忘れてはいけない。
お風呂から、出たパパが、スマホを手にする瞬間に、わたしがパパの背後に回り込めるかが最大のカギ。動体視力も鍛えておかなきゃならない。果たしてこのミッション、成功するか?神さまぁ!
【わたしの彼】
「なんか心、ここにあらずって感じだよな?」
一緒に下校していた彼が言う。
「えっ?んなこと、ないです。なんでよ、ココロ、ココアルヨ。」
なんでカタコトになってんだ?わたし。
いやはや、ほんとは、あの計画のことを考えていて彼氏の話は、ほとんど聞いてなかった。
わたしの彼は、同じ吹奏楽部の先輩で、
わたしと同じ、トランペットを吹いていた。もう引退したけど、11月あたまの定期演奏会まで、時々、後輩のために、練習を見に来てくれる。原(はら)大地(だいち)先輩。
もちろん、イケメン。
わたしは、この人と付き合うためにマジ、苦労した。ママ似のわたしの容姿だから、彼に認めてもらおうと、部活でのわたしは、雑用なんかを一手に引き受け、これみよがしに、先輩にアピったりしたんだ。でも、ピュアなわたしは、付き合って三ヶ月経ってもいまだ手も繋げないでいる。
【パスコード、こい!】
「真紀ぃー、風呂、一緒に入るかぁ?」
普通の家庭なら、父親に言われるこんな冗談は、もはや裁判沙汰にでもなりうるくらいの重罪な言葉だ。だけど
パパっ子のわたしには、むしろ
心地いのだ。
ってか、今日、パ、パッ、パスコード
覗く。
「ゆっくり疲れとってねぇー。」
と言いながら、わたしは、自分の手が
小刻みに震え、冷たくなっているのを感じてたんだ。
【パスコードゲット】
ほんわり湯気の立つパパは、パンいちで濡れた髪を拭きながらスマホを手に取った!
ドキドキの瞬間、背後に周り‥‥。目をこれ以上出来んというくらい見開いて、動体視力、オン。
やった、ゲットしたぜぃ。
ん?なんか。この数字、うっすら、覚えのある数字並びだ。なんだろ?まぁ、いっか‥‥。つか、それよりドキドキした割には、
結構簡単だったゎ。
【パパの職場】
パスコードをゲットしたものの、なんか
罪悪感というか、恐怖心というか、いろんなものが絡み合ってなかなかパパのスマホの中身を見ることのないままでいた。まあ、急ぐわけじゃないしね‥‥。
今日は、パパの誕生日だ。パパの仕事が終わる頃、パパの働いている美容院に
行った。びっくりサプライズしてケーキを一緒に選ぼうと思いお店の前で待っていたんだ。
10月の夜風ほ、少し寒いな。でも、たくさんの星は、きらきらと、おもいおもいにまばたきをしてとても綺麗だ。
しばらくしてパパが出てきた。
声をかけようとした瞬間、もうひとり、パパより若い男の人が出てきた。なんだか声がかけづらい雰囲気なんで、少し後をつけてみたんだ。
その数分後、ワケワカメの状況が飛び込んできた。パパと一緒に歩いていた男の人は、そっとパパの腕に手を回して、頭をパパの肩に擦り付けたんだ。
えっ!えっ?なんなん?これ、どういう状況?
もう、その後はつけるのをやめて、ただ、呆然と立ちすくんだ。
夜空の星々は、まばたきをやめ、一瞬で明かりを消した。冷たい風が首元に舞い、わたしの髪の毛を揺らした‥‥。
「あんた、ケーキは?」
どうやって家までたどり着いたか、定かじゃないけど、ママの声が、ぼやけて聞こえてきた。
『あっ、しまった‥‥。』
【パパスマホ、やっぱ、覗く!】
「野口!どこ見てますのんや!」
生物のおっさん先生、寺井にネチっと怒られた。
ああ、もっ、授業どころではないゎ。
今日は部活にも行かず、帰宅した。
当然、昨日見た状況をママに相談できるはずもなく、ただ、ただ自分の部屋に閉じこもって、膝を抱えていた。
パパ、もしかして女装とかするのか?
スカートはく?化粧も?つけまつげ?口紅?ピアス?
うわ、想像してしもた。へっ?いや
案外似合うかも。
玄関を開ける音がした。
パパが帰って来た。
今日は、パパにハグしに行かない。行きたくない。
パパが寝入る時間を待って、の、ぞ、く!
【愕然】
部屋のドアをそっと開ける。
パパが寝息を立て始めたのを確認して、
枕元のスマホを手に取り、抜き足差し足
その場を離れた。
覚えたパスコードをタップした。
指先、震えておるゎ、
ゆっくりゆっくりタップした。
まず、写真を見る。
おーのーっ!
パパと、おそらく、この間の男性、一緒に頭と頭を接触して、ピースサインをしている写真が飛び込んできた。
まあ、その後は、そんな類いの写真が、
何枚も何枚も画面の中でニコニコしていた。
オーマイゴット。や。
【パパの世界】
優馬
「野口さん、一緒に、鴨川に 行きたいです。」
パパ (圭太)
「どうした?急に。鴨川って京都の?」
優馬
「なんで僕らって、手を繋いで明るいとこ歩けないんですかね。
鴨川って、恋人達が等間隔で川沿いに座っているんです。夕方になるにつれ、間隔が狭くなるらしいです。 堂々とそこで野口さんの肩にもたれて野口さんの手のぬくもりを感じたい。」
優馬
「僕らみたいな性的マイノリティーのカップ ルがいても誰も色眼鏡で見たりな んかしない。今の世の中、なんでそういう世の中じゃないんですかね。」
圭太
「僕の両親って、公務員でさぁ、僕が
男性を好きだって知った時の両親のショックの受け方があまりにもすごくて、僕、この人達にこんな思いをさせてしまったんだって、自分自身を恨んだよ。」
圭太
「それでさ、今の生活を選んだんだ。」
圭太
「ママ、あっ、知香子と、真紀と一緒に生きる生活。」
圭太
「悔やんでる訳じゃないよ。今の生活があって、それで優馬に出会えたんだから。」
圭太
「優馬、ずっと僕のこと見て欲しい。」
優馬
「野口さん、頭、撫でてもいいですか?」
圭太
「えっ!いや、ここ、従業員ロッカー室だよ?誰かに見られたら、マズイで‥‥」
優馬
「二人です。今、たった二人です。」
圭太
「や、待って、やっぱ、よくない‥‥」
優馬
「目、つぶってください。」
圭太
「えっ、?」
優馬
「目、つぶって!」
「僕、もう我慢限界ですよ。」
優馬
「目ぇ、つぶってくださぁーーーいっ!」
圭太
「は、はい‥‥。」「あっ!さっき、にんにくたっぷりの餃子食べたんだよね、優馬に臭いが移っちゃ‥‥。」
圭太
「うぐっ。」
優馬
「もう、遅いですよ。野口さん。ふふっ。」
優馬
「僕も今、野口餃子食べちゃいます。」
2人
「…………。」
窓から見える星々は、きらきらと、まばたきをしていた。
【疑問】
「真紀ぃ!はよ起きないと、学校遅刻するよ!」
ママに布団をひっぺがされた。
あぁ。学校なんて行きたないゎ。
グダグダと制服に着替え、タラタラと
学校へ向かった。
生物のおっさん先生、寺井がこっち見てる。
いや、いや、あんたの授業より、こちとら大切なことがありますんや。
パパとあの男の人が頭ん中をぐるぐる回っている。
今日は、部活、休もうかな。
ほんとに部活さぼっちゃった。
家に帰ったわたしは、『男性が男性を好きになること』について調べたんだ。
男性が男性を好きになることを
『ゲイ』ということ。
「LGBT」とは、
L レズビアン (女性同性愛者)
G ゲイ (男性同性愛者)
B バイセクシャル (両性愛者)
T トランスジェンダー (身体上の性別に違和感を持った人)
パパは、
大好きなパパはゲイだった。
何故だか、涙がどわーっと出てきたよ。
パパがゲイなら、何故、ママと結婚したの?えっ?えっ?イケメンパパが、毒舌ママと結婚した訳さえ分からなかったのに、もっと訳わかんなくなった。
ってか、わたしは、誰?
誰の子?
【ウオーっ!助けて】
気持ちに整理がつかない。
わたし、どうしたらいいの?
今までどうり、なんもなかったみたいに
生活なんて出来やしない。
涙が出て、鼻水でグチョグチョになっても、解決策なんてない。
トントン
「入るよぉ。」
「真紀ぃ、プリンあるけど食べ
‥‥」
「あんた、どうした?目真っ赤、鼻水、グチョグチョ。床まで垂れてきてるよ?」
ママの声がして、それから、わたしは、
この泣きの原因の一部始終をママに話したんだ。
話し終えてから、気付いた。
ママ、パパのこと知ってたんだね。
ママ、あなたになら、話せた。
何故かな、全部包んでくれる気がしたんだ‥‥。
【プリン、食べる?】
「プリン、食べる?」
黙ったままわたしの話しを聞いていたママ。話し終えて力の抜けたわたしへの
第一声がこの言葉だった。
しばらくして、ママは、大きく息を吸ってから、
「今度のパパの休みにパパとママの
知られざるストーリー、全部、聞いてもらおう大会開催します。」
「ふふっ。」
ママは、そう言って小さく笑った。
そして、ティッシュを2、3枚シュッ、シュッ、と抜いて差し出してくれたんだ。
【パパとママの歴史 出会い】
パパとママの出会いはね‥‥。
店員
「いらっしゃいっー!」
「お一人様ですか?」
「相席でよろしいですか?」
パパ(圭太)
「あっ、はい」
店員
「んじゃ、すいません、ここで‥‥。」
案内されたのは、若き日のママ(知香子)の向かいの席だった。
圭太
「すいません。」
知香子
「あー。やっ、どうぞ。」
狭いけどおいしい定食やさん『ガギグゲ屋』の隅っこで 知香子は、サバの味噌煮定食を食べていた。幸せそうに食べる知香子に、
圭太
「おいしいですか?」
知香子
「あー、うまいっすけど何か?」
圭太
「よくこの定食やさん、来るんですか?」
知香子
「えー、まあ、よく来ますけど
何か?」
圭太
「お一人で?」
知香子
「ひとりじゃわるいですかぃ!」
圭太
「あー、僕、相席やっぱ嫌でしたか?でしたら、どっかに変わらしてもらえるよう店員さんに‥‥。」
知香子
「あっ、いいです、もう、終わったんで出ます。」
知香子
「大将!お会計、お願いしますっ。!」
【パパとママの歴史 再会】
定食やさんでの出会いから、何週間か経ったある日、駅前で、イライラしてる感じの知香子に偶然圭太は再会したのだ。
圭太
「どうかされました?」
知香子
「はぁ?あんた、誰?」
圭太
「ほら、あのいつもいっぱいの汚い定食やさんで、相席になった‥‥。」
知香子
「あー、ども。」
「待ち合わせしたやつが来ないだけですけど。何か?」
圭太
「雨、降りそうですね。」
知香子
「マジィ?傘持ってねえゎ。」
圭太
「よかったら、どうぞ。折りたたみ傘、二本あるんで」
知香子
「いいですよ、てか、あんた何?
お節介社かなんかの人間?あんたも用事があって駅前きたんしょ。だったら
そこ、早く行きなよ。」
圭太
「はい、でも早く来すぎちゃったんで。」
知香子( つぶやくように小さな声で)
「あーぁ、しゃーねぇ、1人でいくゎ」
圭太
「待ち合わせ人とどこか行く予定だったんですか?」
知香子
「あー、べつに、いい。私の見栄だから。」
圭太
「その見栄、手伝いますよ。」
知香子
「なっ、なんなん?あんた、わたしが悪いやつだったら、どーすんの?てか、あんたが悪いやつ?」
圭太
「あなた、面白い人です。僕が話しかけた女性は、誰もがみな、僕に媚びる感じで‥‥。あなたみたいに無愛想極まりない人、初めてで。」
知香子
「んっ?あんたやんわーり、自分のこと自慢してる?世の中の女性がみんな男前が好きなわけじゃないんだよ!」
知香子が持ってた『両親学級』のパンフレットを見た圭太は、
圭太
「父親のふり、しましょうか?」
知香子
「はあ?あんた、ばかにしてんのか?」
「あんたの彼女に誤解されたらどうすんの?彼女、悲しませるようなことしたら、だめでしょ。」
圭太
「えっ?」
知香子
「ついてたから。」
圭太
「えっ?」
知香子
「キッ、キッ、あっ、だから、キッ、
キスマーク、ついてた。」
慌てて襟元を整えようとする圭太。
知香子
「今じゃねぇし。定食やで。ついてた。」
「じゃ。さいなら。」
圭太
「見栄、僕にも張らしてください!」
知香子
「‥‥。」
「あんた、仔犬かよ。」
「あー、もっ、めんどくさ。」
「まあ、好きにしたらええゎ。」
【パパとママの歴史 お互いの名】
『両親学級』の講習会。
受け付けの人
「ここにお名前記入してください。」
知香子
「あんた、野口圭太っていうんだ。」
「私は、中川知香子です。」
圭太
「何ヶ月ですか?」
知香子
「えっ?」
圭太
「お腹。」
知香子
「(沈黙)」
助産師がマイクで話す声がする。
助産師
「皆さん、おめでとうございます。
本日は、この両親学級講習会に参加してくださりありがとうございます。
さて、皆さんは、もうすぐ
お父さん、お母さんになるわけで、赤ちゃんが‥‥‥‥‥。」
【パパとママの歴史 カミングアウト】
知香子
「あ、今日は、あ、ありがとう。
ございました。」
圭太
「いやー、赤ちゃんってすっごいですね、すっごいです。僕、講習会お供出来て良かったです。いい経験がてきました。あっ、これから、時間ありますか?」
「もし、よかったら、今度は、僕にお供してください。」
知香子
「どこへ?」
圭太
「実は、そこの臨海公園に、ドラマのロケが来て、撮影してるんです。」
「僕、ドラマメイキングみたいなの好きなんです、あっ、知香子さんは、嫌いですか?」
知香子
「あー、そういう、デートみたいなこと、やめましょう、野口さんの彼女さんに、怒られちゃいますし、また、
今日のお礼なら‥‥。」
圭太
「いないっ!」
知香子
「はっ?」
圭太
「彼女なんていない。」
知香子
「あー、だって、あの、キスマー‥‥。」
圭太
「あれは、あっ、あれは、彼氏です!」
(5秒ほどの沈黙の後)
知香子
「あー、彼氏、なんだ、それなら、早く言ってよ、講習会中、ずっと罪悪感だったんだから。んで、どの俳優目当て?」
圭太
「俳優?女優じゃなくて俳優って聞いたんですよね?」
知香子
「私は、おっちゃん俳優でほれ、あのCMでてる、北田敏行‥‥。」
圭太
「行きましょう。臨海公園。僕のお気に入りの俳優さん、いるはずなんで。」
【わたし、パパの子じゃなかったんだ】
こりゃ、わたし、もうグレてもいいぐらいのショッキングな出来事だ。
明日から、クルックルのパーマかけて登校してやろかいな。
あー、大好きなパパ、たっくさん、遊んでくれた。おんぶや抱っこ、肩車。パパの体温は、今でもすぐに思い出せる。
お気に入りの帽子を無くしたときは、
ずっと一緒に探してくれ‥‥、あっ、あれは、すぐ同じの買いにいったゎ。
自転車乗り始めのわたしが田んぼに突っ込んだときは、自分も泥だらけになってわたしを救いだしてくれた。
パパがほんとうのパパじゃないなら、わたしは、パパを嫌いになる?
んなわけない。思い出が消えるわけじゃないんだ。でも‥‥。
【パパの世界ふたたび】
優馬
「野口さん、今日は、なんか晴々とした顔してますね。いい事あったんですか?」
圭太
「あっうん、娘にね、カミングアウトしたよ。これから、娘がどう思うか、僕への接し方が変わってっちゃうのか、わからない、だけど、僕が娘をたいせつに思っている事だけは絶対に変わらない。そこだけ、揺るぎないものであれば
それでいいさ。」
優馬
「そうだったんですか、真紀ちゃん、案外しっかりしてるし模索しつつも、ちゃと、受け止めると思います。
あー、奥さんとは、その、あーー、
だめです。嫌です。僕だけの野口さんじゃなきゃ嫌だ。」
「僕、もう変になりそうです。」
圭太
「知香子は、まだ、てかこれからも
同じだよ。知香子はただひとりの人をずっと‥‥。」
優馬
「じゃ、証明して下さい。僕だけの野口さんである事を。僕、アパートで待ってます。後から、絶対きてください。」
圭太
「あぁ、分かった。何か。持って行くものある?」
優馬
「南国フルーツだけでいいです。」
圭太
「あ、うん、青味がかった黄色じゃない方がいいよね。食べ頃の黄色。」
優馬
「はい、青味黄色は、僕が持ってますんで。
ふふっ‥‥。」
「‥‥‥‥。」「バ‥ナ‥ナ‥。」「2本」
【んじゃ、わたしのほんとの父親って?】
パパがほんとのパパじゃないことは、分かったよ。仕方ないよ。でも、どうしても勇気がなくて聞けてないことがある。
わたしのほんとのパパって、誰?
聞いた方がいいのか、聞かない方がいいのか、わからないまま、学校に来てる。
「寺井ティチャー?」
なんでか、職員室にきて、なんでか、生物の寺井先生に話しかけた。
「家族ってなんですか?」
【家族って何?】
「ん?どうした?野口。」
「分かんない。家族ってなんですか!」
なんでか半泣きになって声を荒げたわたしに
寺井先生は、
「行ってらしゃいって出かけて
ただいまってもどるとこ。」
と何気に答えた。
「‥‥‥‥。」
「あぁ、じゃ、いいんだ。」
「いいんだね。わたし、そこにいて。」
【だから、ここにいる】
「誰か!ママの赤ワイン風ジュース
飲んだ?」
爽やかな日曜日の午後、ママが大声で叫んでいる。
「楽しみにしてたのに!庭の草むしりしてさ、あー、これ、終わったら、グィっと赤ワイン風ジュース飲むんだ、だから、頑張るんだぁって、マジ楽しみだったのに、ないのよ、一滴も。ないの、誰が飲んだ?ボケやろう!」
「わたしは、飲んでないよ、これ、ママが好きなの知ってるし。」
パパは、今日、朝から出かけてる。んじゃ、いったい誰が飲んだ?謎。
あれ?ママどこへ行ったんだろ。さっきまですごい剣幕でマシンガンがごとくしゃべりまくってたのに。
そこへパパが帰って来て
「どうした?」
って聞いたんでワイン風ジュースのことを話した。
パパは、ママに
「僕も、知らないけど、奥の方に隠れてるとかじゃない?」
そう言っているんだけど、ママの様子が変。
「や、なんか、勘違い?てか、なんだろ、
思いだしたゎ、さっき、草むしりする前にさ、隣の生田さんが、来てお土産くれてさ、まあ、上がって、ってなってそれで、それ、コップに‥‥。はは、ははははっ、ははははは‥‥。」
「ママ!謝ってよね!」
大声で威圧するわたしを横目に、ママは
謝るどころか逆ギレ。
「はぁ?なんか、いうほど悪いことしましたかね?」
「そんなに、攻撃しなくてもいいじゃん、
それほどいうなら、もっ、ええゎ、
ママ、もう知らん、もういらん、てかここから消えるゎ。」
と小走りにリビングを出て行った。
「えっ?」ってなったわたしに次の瞬間、聞こえてきたのは、ドアをたたきつけたかのようなバンっという音だった。
『えっ?ママ、マジで出て行った?
嘘でしょ?あーママ、すぐ逆ギレするけど、
あなたがいないとダメだよ。ママ帰って来てよぉー。そりゃさ、ママより、パパの方が好きだよ、でも、ママもいないと困るっつうか、まぁ、さほど困ることもないけど少しは‥‥。』
ジャーーーーーッ!!!
ん?
トイレ?水洗流した音?
ママがオケツかきながら、リビングに戻って来た。
「スッキリしたゎ。」
これが家族ということ、‥‥‥。
だと思う。
【アウティング】
ほんとの父親のこと、聞けないまま、毎日、学校へ行って学校から帰って来る。そんな日々が続いたある日、休み時間の教室中がなんか騒がしい。それは、SNSで誰がアップしたうちの学校の由美先生のことだった。
「数学の
Y美先生は同性愛者」
みんなは、言いたい放題、騒いでいたけどわたしは、全く驚かない。だってうちのパパもそうなんだもん。
由美先生は、ずっと秘めていたことを突然、他人にばらされたんだ。自分から告白するカミングアウトとは、違う。
自分の意思に反して秘密をばらされることは、『アウティング』って言うんだ。
前にちゃんと本で調べたんだよ。
由美先生は、保護者から、『担任を変えてくれ』とか、キツイ言葉を言われたらしいけど、そんな保護者は、その保護者さんのレベルが低いだけ。でも本当に分かってない人の言葉は
『大丈夫、新しい男性を好きになればそんなのすぐに治るよ』
などという表現。
『そんなの』というのは、何を指すのか?
『治る』って、なんだ。
それから2週間後、由美先生は、自殺を図ったんだ。
幸い、命は、取りとめた、けど、先生は、学校を辞めた。
由美先生がなんで仕事を失われなきゃなんないの?ただ、人を愛しただけなのに。
ただ好きな人が、自分と同じ性であっただけなのに。
彼、大地先輩は、どう思っているんだろう。
勇気を出して、聞いてみた。
「由美先生、学校辞めちゃったね。」
そう切り出したわたしに、大地先輩は、
「うん、どっか遠くの誰も知らんとこでまた、教師やればいいんじゃない?」
と言った。
それじゃ今と変わらないよ、また
同じ事繰り返すことになるかも。
わたしは覚えたての『LGBT』
大地先輩に聞いてみた。
「ねぇ、大地先輩、LGBTって知ってる?」真剣に聞いた。
「LGBT? んー、
L ライブチケット
G ゲットしたぜ
B バンザイ!
T とってもハッピー
かな。」
唖然。大地先輩の面は、見かけ倒しだ。
かなりのアホかも。
このお気楽満天の大地先輩をどうしたらいいだろう。
大地
「ねぇ、誰の?」
わたし
「ん?」
大地
「誰のライブ?」「ねぇ、もしかして俺の好きなあの‥‥。」
どうしようもないレベルだ。
大地
「一緒に行こうねェ。」
‥‥‥まだ言ってるゎ。
大地
「真紀?」
わたし
「だ、か、ら、ライブじゃな‥‥。」
大地
「手‥‥、繋いで帰ろ。」「ほら、さぁ、寒くなってきたしね。」
「もう、三ヶ月すぎたんだね、手繋いでもいいよね。?」
「今まで、繋ぎもしなかったのって、もしかして、真紀も、女性が好きだったりして?」
「なあんてね。」
大地先輩、『なあんてね』って、フォローになってない。
わたしは、考えた。わたしは、どうして、異性の大地先輩が、好きなんだろうって。
ほんとは、大地先輩に触れたいと思ってる。
でも、恥ずかしいなぁって、そんな気持ち
はどうしてなんだろう。
《何もかもが人間だから。‥‥‥。誰もが人間だから。ココロがあるのが人間だから。》
大地先輩が小さく呟いた。なんだ、ほんとはちゃんと分かってるんじゃん。
やっぱ、好きだゎ、この人。
はじめて大地先輩の手の温もりを感じた瞬間だった。
【由美先生のコトバ】
しばらくして、ばったり由美先生に会ったんだ。深く帽子をかぶってうつむき加減に歩いていたけど、すぐに由美先生だって分かったよ。声をかけるべきか迷ったけど、由美先生は、1年生の時の担任だし、努めて明るく声かけたんだ。
真紀
「こんにちは。」
由美
「あっ、こんにちは。」
真紀「わたしは、どこまでも先生の味方ですよん。」
由美
「ありがとう。あのね、私と一緒にいない方がいいよ。離れて。」
真紀
「どうしてですか?」
由美
「あんなことがあったからね、私と一緒にいたら、あなたまでそうじゃないかって思われちゃう。」
真紀
「同性愛のことでしょ、わたしは
別に気にしません。」
由美
「あなたが気にしなくても変な噂が出回ったら、あなたの身内の方は、快く思わないでしょ。」
「私が今まで、カミングアウトしなかったのは、そういうことなの。」
「私の周りにいる女性が、皆レズビアンじゃないかって思われる。だからずっと秘めてた。」
「じゃあね。」
由美先生は、そういって足早に向こうの方へ
と行ってしまった。
悪いのは世間ってことか。
【臨海公園】
「真紀、今から2人で臨海公園い行こ!」
ママが言った。ママは、いつも突然だ。
「臨海公園って、パパとママが16年前に
ドラマロケしてるのを見に行ったっていうあの臨海公園?」
わたしが少し気だるそうに答えたのを察したのか、ママは、
「うん、車で行けばそんなに時間かからないよ、行こ!」
ママは妙に推してくる。
「中間テストの勉強あるんだけど!」
わたしは、そう言ったんだけど、ママは、もう既に化粧をし始めていて(一応する)服を部屋着から外出着(部屋着も外出着も大して変わらんほどのラフなカッコウ)に着替えようとしてた。
「勉強は、いつでもいいじゃん。」
ママがさらっと言うんだけど、それこそ臨海公園の方がいつでもいいじゃないのか?
まぁ、中間テストあるからって家にいても、結局、ダラダラとスマホで動画見ちゃうからな。まぁ、気分転換に行ってみよっかな。
車の窓を開けて風を感じた。
いつも学校へ行く道を通る。あの洗濯好きの女性の家も通り過ぎた。歩いて通るのとは、違って見えた。動画の早送りのようだ。
って、ちょっと待って、一人暮らしなのに、
今日は、なんだか人がいっぱいいるよ。
すぐに通り過ぎたから、よく見えなかったけど、若い男子、若い女子。
「ねぇ。ママ、あの家、一人暮らしでおばさんしか住んでいないんだよね?」
振り返りながら聞くわたしにママは
「あの家って、洗濯物たっくさん干してる?」
「誰からそんなこと聞いたの?」
「あの家は『劇団 いろわに』の休憩所にしてるとこだよ。」
『劇団 いろわに』っていったら、ここら辺では有名な劇団。わたしは、誰に聞いたのか、なんの思い込みなのか、なんであのおばさんが一人暮らしで洗濯好き?いや、なんかの犯罪に絡んでいて、極悪非道な人だって思い込んだりしたんだろ。
あっ!
SNSだ。
薄っすらと思い出したよ。
誰かが庭いっぱいに干してる写真をアップしてて、それを言いたい放題に沢山の人がちゃかしてた。
それがわたしの頭の中でもやもや複雑に確定されていったのかも。
思い込みか、だめだな。
わたし、ここ最近、なんか結構、オトナになってきた。‥‥。ような気がする。
車の振動が心地良かった。
いつの間にか寝ちゃってたよ。
「着いたよー」
ってママの声がおぼろげに聞こえて目が覚めた。サラッーと吹いた風が海の匂いを運んで来たんだ。
なんか懐かしいような?なんだろ、この気持ち。
駐車場に車を停めてママと二人で歩いた。
どれくらい歩いたかな。
ポツポツとママが話し始めたんだ。
「ここら辺だったなぁ、若い時のパパと、
可愛いかったママ(ん?) が、ドラマ撮影現場を見てたのは。」
「パパがね、ママに言ったんよ。『知香子さんと友人になりたいです。』って。ママは、
『友人ってのは、作ろうとするもんじゃないよ、自然に出来るもんだよ。』
って返したら、
『じゃ、もう、友達だね。』
ってパパが泣いたんだ。」
真紀
「えっ?泣いた?」
ママ(知香子)
「パパは、今までの自分自身を否定しなくていいって、そう確信したんだと思う。」
「ママもね、パパとは、友達以上には、なれなかったから。」
「あなたの‥‥ほんとうの‥‥お父さんを
すごく、すごく 、すごく 、好きだったから。」
「他の誰も恋愛対象には、見れなかったんだ。」
「あなたのお父さんは、お腹ん中のあなたとママを守るために命を落とした‥‥か‥‥ら‥‥。」
真紀
「ママ‥‥?」
知香子
「バスだよ、ママは、バスが嫌いなんじゃない。乗れないんだ。」
「おばあちゃんにおいてけぼりにされちゃったなんて、うそ。」
「バスジャックだよ‥‥。」
真紀
「バスジャック?」
知香子
「あたしのせいで直人さんが‥‥」
真紀
「ナオトっていうの?わたしのお父さ
ん‥‥。」
知香子
「真紀がお腹にいるって分かって、
お互いの両親に挨拶してから、大安の日に、
籍を入れようって矢先だった。
犯人は、もう始点から乗っていてあたしと、直人さんが、乗り込んでから、5分くらい経った時、男が突然、運転席の方に歩いて行って、サバイバルナイフを振り上げたんだ。
それから、乗客の方に向かって『オレは、
馬鹿じゃない!!オレの言うことを聞かないと、あの世へ、送ってやる!』
って大声で叫んでナイフを振り回して‥‥。」
「(咳き込む)」
真紀
「ママ、もういいよ、話さなくていい。」
「帰ろ。」
知香子
「あたし、だから、あの人、直人さんしか
愛しては、いけない‥‥。」
「あたしがあの人を死なせてしまったから。」
真紀
「帰ろ。もういいよ。帰ろ。」
潮風はわたしの髪の毛をベタつかす。
もう、辺りは薄暗くなっていた。
【どんな人?】
ママ、大丈夫かな。
辛いこと思い出してどうにかなっちゃたりしないかな。
わたしのほんとのお父さん、もう死んじゃってたんだ。
どんな人だったのかな。
もう、ママからは、聞けないや、そうだ、中川のおばあちゃん、知ってるかな、今度、行って聞いてみよう‥‥。
わたしは、中間テストが終わってら、
中川のおばあちゃんの家に行くことにした。
そして
中間テストの点数が惨憺たる結果だったことは、言うまでもない。
おばあちゃんちが遠いとこじゃなくて良かった。
真紀
「こんにちはー。おばあちゃん?上がるよー。」
中川のおばあちゃん
「あぁ、真紀、電話で、聞きたい事があるって言ってたけど、何かあった?」
真紀
「うん、おばあちゃん?ママのバス嫌いは、
おばあちゃんがママをバスに置いてけぼりにしたせいじゃなかったんだね。」
中川のおばあちゃん
「えっ、あっ、あ‥‥。聞いたんだね?本当のこと。」
真紀
「どんな人だったのかな、わたしのお父さん。」
「おばあちゃん、会ったことは、ある?」
中川のおばあちゃん
「近いうちに正式に結婚の挨拶に行きますって言ってたんだけどね、来ないままあの事件に巻き込まれてしまてねぇ。まぁ、挨拶に来る前から、知香子は、幾度もあんたのお父さんをうちに連れて来てたから、おばあちゃんは、良く知ってるよ。」
真紀
「どんな人だった?」
中川のおばあちゃん
「大型犬みたいな人。」
真紀
「大型犬?」
中川のおばあちゃん
「いつも知香子の盾になって、優しく穏やかな人だったよ。」
「だからあの時も、知香子をかばってくれてね。」
「バスが乗っ取られて静まりかえった車内でね、知香子が水筒を落としたらしいの、
犯人がそれに反応して、ナイフを知香子に
振り上げて‥‥。」
「知香子の傷痕、みたことある?今でも、
腰の辺りに残っていると思う。その傷痕は直人さんが知香子とまだお腹ん中で3cmくらいの真紀を守ってくれたっていう証なんだよ。」
真紀
「小さい頃は、いつもパパとお風呂入ってたしなぁ‥‥。あー、でも、なんとなく記憶にあるよ、思い出した、何気なく傷のこと聞いてみたら、『小さい頃から、あって、ママ自身も、わかんない』っていうようなことい言われたような‥‥。それから、そんなこと、聞かなくなったし、ずっと忘れてた。」
「ママ、辛かっただろうね、
お父さん、痛かっただろうね、悔しくて、やりきれなくて、無念で‥‥。」
「おばあちゃんちにお父さんの写真
ある?」
中川のおばあちゃん
「あるよ、ここ。」
「知香子がね、うち来るたび、いつも見てる。圭太さんと、真紀のいる家には置いとけないからって、ここに‥‥。」
「見るかい?」
真紀
「‥‥今は‥‥。見ない。」
「おばあちゃん、話してくれてありがとう。
わたし、帰るゎ。」
【利害関係】
おばあちゃんちからの帰り道、考えた、頭おかしくなるくらい考えた。
ママは直人父さんを今でも愛していて
他の男性を恋愛対象として見れない。
パパは、男性が好きだから、ママを恋愛対象として見れない。
じゃ、なんで結婚した?世間体?わたしのため?
ただ、利害関係が一致するからってだけ?
それじゃ、契約結婚じゃん!!!?
明日から金髪登校しても情状酌量だな。
【親友の両親」
やっぱ、今日も学校へ行く。
いつものように朝、起きた。いつもの通り
あくびして階段降りてトイレ行って顔洗って、歯を磨いて制服着て、朝ごはん食べてってなんも変わらない1日がまたはじまる。だけど、わたしの心ん中は、変わった。
契約結婚の家庭で過ごすわたしは、これからどうなるんだろ。
あー、あの家、洗濯物、やっぱり今日もどっさりだ。でもよく見たら、洗濯物の服は、
どうやら、劇団の衣装ぽい。ピエロの衣装みたいなんもある。女性は、ここの管理兼世話係なんだね。今日からは極悪非道じゃなくて慈母観音見えるね。
学校にちゃんと着いたよ。金髪には、出来なかった。パパとママに迷惑かけられないしね。あー、なんてわたしは、いい子なんだ?きっと親の躾がいいから‥‥いやいやうち契約結婚だし。
お昼休みは、いつものメンバーでお弁当を食べたけどなんだか、どのおかずも味がない。
そんな時、親友の美沙が衝撃告白したんだ。
両親、離婚することになったんだって。
美沙は、小学四年の時に同じクラスになって
それからずっと親友だ。美沙んちにお泊りもするほどだったから、美沙のお父ちゃんお母ちゃんも良く知ってる。すっごい仲がいい夫婦だったのに、何故?
詳しくは分からないけど、ここ1年くらい、
喧嘩ばっかりしてたらしい。
美沙は、
「お母ちゃんと一緒に暮らすことになって、家も、引っ越すけど、学校は、辞めないし、今までと一緒だよ、みんなも変わらずにいてね。」
と少し笑った。でもその目はうるうるしていて、うつむきかげんにまばたきをすると、同時に涙が落ちた。
今までずっとずっと、悩んでいたんだね、知らなかったよ、ごめん。美沙は学校でいつもと変わらない調子でわたし達とバカやってたね。
美沙は午後の始業のチャイムの後わたし達に
こう言ったんだ。
「あなた達がいたから、前に進めたんだ、ありがとね。」
わたし達は、順番に美沙の肩をポンっとタッチしてそれぞれの席に着いた。
【爆発】
仲が良かったのに離婚しちゃう。
いがみあってるのに、一緒に暮らしてる。
夫婦ってなんだ?
そもそもうちの両親は、夫婦じゃないのか。
でも、仲が悪いわけじゃないんだよな。
ドラマの話しや、スポーツ観戦で、よくたわもないこと喋り合って笑ってる。
わたしが割り込んで入れないほどに。
だけど、わたしはここ最近に知ってしまったあらゆることに整理が追いついていかず、
ある時、爆発したんだ。
きっかけは、ささいなことだよ。
わたしのスマホが水没したこと。
わたしがテーブルの上に置いてたスマホの上にお椀が傾いて中身 がこぼれた。もろかかった。パパが手を滑らしたんだ。中身は、味噌汁だよ、塩分たっぷりだよ。壊れちゃうよ!
「うわー!パパ!何してんのよ!!」
「どうしてくれんのよ!大事なデータいっぱい入ってんのに!」
興奮するわたしにママが言った。
「だからかたずけなさいって言ったでしょ、パパが悪いんじゃない。あんたが悪いんでしょ!」
ドスの利いた口調だった。
わたしは、言っちゃった。
「だって、パパ、わたしのこと、今までずっと騙してたじゃん!」
「ママだってそうだよ、二人ともマジ嫌いや!契約結婚のくせに!」
あー、言っちゃった、でも、もう、後戻りもできず、その場を立ち去ろうとした瞬間、何かに足が引っかかった。
パパのカバンだ。中身がバラッーと出て、その中になんか可愛い包みにリボンがしてあるプレゼントらしき物があった。
誰かにあげる?
わたしの誕生日は、まだだし、ママの誕生日は、もうとっくに過ぎてる。えっ、ひょっとして、パパとツーショットのあの男性に?
もう、知らないよ!
とにかく今は、この家にいたくないや。
気づいたらサンダル履いて薄暗い道を足早に歩いていた。無意識に向かっていたのは
大地先輩の家。玄関先まで来て、スマホを出して連絡した。
《今、先輩の家の玄関前にいます。
少し、会いたいです。》
ピコンッ。
先輩は、
《えっ、マジ?今、出るよ。ちょっと待ってて。》
ピコンッ。
少ししてから顔を出してくれた。
あー、スマホ、壊れてなかった、良かった。
【大地先輩の家族のかたちと色】
大地
「真紀?どうした?何かあった?」
真紀
「親とケンカしちゃいました。」
大地
「そっか、アー、なんか寒いね。」
そう言って上着をわたしにかけてくれた。
柔軟剤のいい香りがした。
大地先輩は、黙ったままだった。
真紀
「あの、ごめんなさいです。急に。
でも、コレも無事だったし、先輩にも会えたし、かえります。」
大地
「コレって、スマホ?」
真紀
「うん、コレ。」
大地
「ふっ、ふっ、なんかおいしい匂いするね。真紀のスマホ。」
真紀
「味噌汁ですよ、もろ、かかっちゃいまして。へへっ。」
大地
「もうすぐ、来るかもね。」
真紀
「へっ?誰が?」
大地
「真紀のパパとママ。」
真紀
「き、来ませんよぉ、第一、先輩の家、知りませんし。」
大地
「さっき、俺が電話しといたから。」
「ケンカは、できるうちにやっといた方がいいね。
「うちの母親、もう、写真になっちゃってるから。」
「ほら、来たよ。」
振り返るとパパとママがこっちに向かってきていた。
真紀
「‥‥。」
【うちは、何色?」
パパ ママ
「原くん、ありがとう。」
大地
「いえ、全然。」
「じゃあな、真紀。」
そう言って大地先輩は、拳を握って親指を上にたてた。
パパとママに連れられて帰る。わたしの家出は、一瞬で終わった。3人で歩くなんて久しぶりだな。
あっ、大地先輩がかけてくれた上着、そのまま着てきちゃった。
パパ
「スマホ、無事だった?」
真紀
「うん、どうにか。」
パパ
「よかった。」
真紀
「いつ、あげるの?」
パパ
「えっ?」
真紀
「あのプレゼント。職場の男の人にでしょ?パパの彼氏。」
パパ
「知ってたんだ。でも、あのプレゼントは、知香子にだよ。」
「毎年、プレゼントしてるよ、
ケーキ食べたり、ごちそう食べたりとかは、しないけど、ママもパパに毎年プレゼントくれる。」
真紀
「えっ?何?毎年って‥‥。プレゼント交換?」
「あっ!結婚記念日?」
昔その日を聞いた事があった。明日だ。忘れてた。ずっとパパとママは、こっそりお祝いしてたんだね。
ん?ちょっと待って、パパのアイフォーンのパスコード、これだったんだ!
なんだ、パパと、ママ、変な夫婦だけど、仲いいんだ。
ママ
「いろんな色、かたち、あるんだよ。」
「それでいいの。」
「夫婦の模様は、ひとつじゃない。」
パパ
「ママは、パパにとって、大親友。運命共同体。」
ママ
「ママにとっても、パパは、大親友だよ。」
パパ
「ただひとつ、揺るぎないものがあれば、いい。パパもママも、真紀をすっげー、大事に思ってるってこと。」
「なぁ、知香子。」
知香子
「おうっ!」
《ごめんなさい。契約結婚だなんて、言って‥‥。
パパ、ママ、これからもよろしく。》
声には、出せなかったけど、確実にそう思ったんだ。
なんだか胸が熱くなったよ。
早く帰ろ、3人であの家に。
帰り道、でっかいケーキ買って帰ろう。
いつものケーキ屋さん、まだ開いてるかな‥‥。そういや、パパの誕生日のケーキ、忘れたままだったね。
【定期演奏会】
今日は、わたしの所属する、吹奏楽部の定期演奏会だ。
パパとママ、ビデオカメラ持ってあー、あそこに座ってる。
相変わらず、パパは、イケメンで、ママは、
センスのかけらもない服。上下、柄もんって、変過ぎや。
ってか、今に始まったことじゃないけど。
大地先輩と先輩の家の人も、来るって言ってたな。おじいちゃんとおばあちゃんとお父さん。大地先輩の家族の色と、かたち。
《歓声とともに、顧問の先生、指揮棒持って登場》
指揮者がわたし達に両腕を広げ、軽く上にあげた。一斉に部員が立ち上がる。
今までの集大成、部員の一礼、さあ、今から始まるよ。パパ、ママ。
【三たび パパと、優馬さんの世界】
店員さん
「いらっしゃいませぇ。」
「ご予約ですか?お名前は?」
ウリナ ソウスケ
「ウリナ ソウスケです。」
「優馬さんを指名してるんですが‥‥。」
優馬
「いらっしゃい。ソウスケくん。今日は、カット?
カラー?」
ソウスケ
「役柄でね、ストーレートヘアにしなきゃなんなくて、それ、お願いします。」
優馬
「へえ。今度は、どんな役なんですか?」
ソウスケ
「まだ言っちゃダメなの。」
優馬
「あは、ですよね。」
「じゃあ、情報解禁になったら、教えてくださいね。」
ソウスケ
「はいはーい。」
笑い合う優馬とソウスケのやりとりを
他のお客さんのブローをしながら、チラチラみていた圭太パパ、それから不機嫌なまま閉店時間になっていった。
店員さん
「おつかれさん、お先でーす。」
ひとりふたりと帰っていく中、またもや従業員ロッカー室で2人きり。
圭太
「優馬?」
優馬
「はい、何ですか?」
圭太
「あのさ、あの、今日来たお客さんで、ウリナ ソウスケっていう‥‥。」
優馬
「あぁ、はい、『劇団 いろわに』の
ソウスケくんのことですか?」
圭太
「うん、仲いいんだね?」
優馬
「仲がいいっていうか、なんか話しが合うし、僕を指名してくれるんで。」
圭太
「あー、あっ、あっそう、それだけだよね?」
優馬
「えっ?それだけって‥‥。あっ!もしかして
嫉妬してくれてるんですか?」
「やだぁ、もう、僕、めちゃ嬉しくなっちゃうじゃないですか!」
圭太
「いや、あの、そのウインナーソーセージって奴が嫌いなだけだよ。」
優馬
「ウインナーソーセージじゃないです。ウリナ ソウスケ。」
「野口さん、お客さんの名前で遊ぶのやめてあげてくださいよぉ。」
「いい子ですよ。かわいいし。あっ、でも、
僕は、ウインナーソーセージより、フランクフルトの方が好きです。野口さんのフランクフルト。」
「あー、もう、我慢出来なくなるじゃないですか。」
「欲しいです。」
圭太
「いや、だから、ここは、ロッカー‥‥。」
優馬
「黙って。電車が通り過ぎる音、好きなんです。」
「野口さんとこうして繋がっている時に聞くとたまらない‥‥。」
ほのかな互いの体温は電車の音でいっそう高まっていく。心地良かった。
【大地先輩とデート】
定期演奏会も、終わって、大地先輩とのデートはどこへ行くか、すっごく、迷った。
そんで決まったのが、動物園。
ちょっと動物臭い匂いがするかもだけど
大地先輩とだったらいいや。前日は、
何回も何回も全身鏡の前で服を着ては、脱いで、ようやく決まったこのファッション、
大地先輩、どう思うかな。
わたしの方がちょっと早めに待ち合わせ場所に行って、待ってよう。
息を切らして駆け寄る大地先輩をこの目に焼き付けよう。
うわ、これが恋ってやつ?
んー、いいね。
大地
「まーきーぃ!」
《うわ、大地先輩来たぁ。
手を振ってる。あぁ、でも、駆け寄っては‥‥ない。》
ふたりで手を繋いで園内をまわったよ。
やっぱりちょっと動物臭い。小さな子供の親子連れが多いね。
なんか想像しちゃう。大地先輩とわたしと並んで真ん中には、小さな男の子。なあんて。
大地先輩は、動物を見てたけどわたしは、ほとんど大地先輩を見てたよ。
真紀
「ねえ、先輩、わたし、将来、決めた。
今決まった。」
大地
「えっ?どうしたの、急に。」
「まだ高2なのに、すごいじゃん。俺なんて、大学をどの方向に行くかだけなのに、決めたのつい最近だよ。」
「んで、将来は?」
真紀
「belly warmer!!」
大地
「はぁ?」
真紀
「お腹をあっためるもの。」
大地
「とうとう、変になっちまったか?」
真紀
「腹巻だよ。」
「‥‥‥。」
真紀
「ハラ マキ。」
「原 真紀。」
大地
「‥‥‥‥。」
「えっ?あっ、バッ、バカか。」
「てかさ、人の名前で遊ぶのやめなさいっつうの。」
天の声
《ん?なんだか圭太パパも誰かに言われてましたね?
やっぱり、真から親子です。》
真紀
「猿!猿見に行こ。ほら先輩、こっち‥‥。」
【さよなら】
なんだか大地先輩ともラブラブだし、なんか心軽いな。今日は、ママにおねだりをして、今度の大地先輩とのデートのために、靴を買ってもらうの。
真紀
「ママと買い物、久しぶりだね。」
ママ
「うん、高校へ入ってから、部活やなんや友達と一緒の方が多かったからね。」
真紀が成人しても、こうして歩きたい‥‥。」
真紀
「あっ!あの男の人、パパのスマホの写真のひと‥‥。」
ママ
「あー、あの人、パパと同じ美容院で働いてい‥‥。えっ?写真の人って、まさか、パパの彼氏?」
あっ、しまった!‥‥。ママはパパの彼氏の存在は知ってても、それが誰かまでは、知らないでいたんだね。どうしよう。
ふと隣のママを見ると、いつもとは、違うママがいたんだ。
それからの買い物は、なんだか、ママは、ボーッとしてる事が多くてさ、何かを聞いても生返事ばっかり。なので、わたしは、いつもより多く好きなものを買ってもらえたような気がしたんだけど‥‥。
次の日は、日曜日だった。
ママは、中川のおばあちゃんんちに行くって言って出かけていった。
夕方に電話がかかって来た。おばあちゃんが
ちょっと体調崩したから、今日は、泊まるね。ということだった。
それからまた、夜中に、家電話のベルが大きく鳴り響いた。静かな夜中のベルの音は、なんだか怖い。
おばあちゃんが救急車で運ばれたんだ。
ママは、たまたまあたしがそばにいた時でよかった。と、息を吐いた。
けれど、その数時間後、おばあちゃんは鳥になって天へと昇っていっちゃったんだ。
葬儀は、たくさんの人がきたよ。パパのほうのおじいちゃんとおばあちゃんも来た。野口のおじいちゃんとおばあちゃんは、わたしに『中川のおばあちゃん、きっと、天国から見守ってくれるよ。』と言った後『真紀ちゃんは、今まで、幸せだったかい?』と聞いたんだ。
この言葉の深い意味は、もう、全て分かるよ。
『幸せだよ。パパの事、大好きだし。』って答えたら、野口のおじいちゃんおばあちゃんは、ゆっくりうなずいて微笑んだんだ。
中川のおじいちゃんは、わたしが小さい時に既に天国のひとになってたからおばあちゃんは、一番最初におじいちゃんに会うのかな。
それからママは、しばらく家に帰って来なかった。今度は、ほんとの家出だ。パパが心配しておばあちゃんの家に行った時の話なんだけど、
パパは、ママに聞かれたんだって。
『本当は、彼氏と暮らしていきたいんじゃない?』って。
パパがなんて答えたのかは、聞かなかった。
パパは1人で帰ってきた。もう少し、ママをそっとしといてあげようって。
わたしは、パパと二人でママの帰りを待ったよ。後で聞いたことだけど、おばあちゃんの家にいる時、ずっと直人父さんのアルバムを見ていたんだって。
中川のおばあちゃんが最期にママの手を握って声を絞り出した。その言葉を繰り返し思い出していたんだって。
わたしは、幾日も、ママがちゃんと帰ってきますようにって、祈った。だってママとパパは、わたしに言ったもん。いろんな家族のかたち、色があっていいんだって。
なのにさ、パパの彼氏の顔見た途端になんか心がゆらゆら揺れ始めちゃったんだね。
パパがママに聞かれたこと、なんて答えたかは、やっぱり聞かない。
わたしもなんだか直人父さんの顔が見たくなったよ。 図書館で新聞を閲覧したんだ。あのバスジャックの事件。お父さんが何か言ってくれるような、そんな気がしたんだ。
お父さんの写真を初めてみたよ。
わたしとママを守ってくれてありがとう。
涙が溢れた。
同じ朝がいくつも通り過ぎたある日、
パパがわたしに
「真紀、一緒にカレーでも作るか?」
って聞いた。
わたしはうなずいた。
パパは冷蔵庫を開けて
「じゃがいもあり。人参あり。玉ねぎ、ちょっとだけどあり。あとは、お肉も冷凍庫にあり。あとは、カレールー‥‥。」
と言いってじゃがいもの袋を開け、ポロポロとボウルに入れた。
パパとキッチンに立って学校のこと、部活のこと話しながら、最後にルーを割り入れたところでママが帰って来た。
ちょっと買い物して帰ってきたみたいに
「あー、疲れたっと。」
「ただいまぁ。」
そう言ってわたしとパパがいるキッチンを見て、軽くうなずいてから、
「いい匂いだね。カレー。」
「あっ、ちくわ入れた?こんにゃくは?」
とあっけらかんと言うママにわたしとパパは、二人声を合わせて、
「入れないっ!」
と言ってケラケラ笑った。
「なんでよこんにゃくなんか、ぷりぷり食感いいから、おいしいのに‥‥。」
とひとりごとのように言うママに
わたしは、心から、良かったって思ったんだ。
わたしは中川のおばあちゃんが最期にママになんて言ったのか聞いたんだ。
《もう、いいんじゃない?
相手のことは。今度は、知香子がどうしたいかだよ。》
その言葉を何回も何回も繰り返し答えを探っていたとママは言った。
「そして今ここにいる。」
カレーは、ちょっとからくてせつなくて、うれしい味がしたんだ。
大好きなパパはゲイだった くにえミリセ @kunie_mirise_26
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