孤独な閃光2



鋼と鋼がかち合う音が何度もする。靴が地面とこすれる音、そして彼のマントが翻る音も。どれも懐かしいと他人事のように思う。『拳で対話する』ならぬ『剣で対話する』ような戦闘は、名も知らなかった彼との初めての剣戟のオマージュのようであった。集中しろとばかりに眼前に突きつけられた切っ先をいなし、トリップを振り切って鉄仮面を睨み返した。


「強くなったな、セリオン」

「…」


私は幾度目かの野暮用で地球に降り立っていた。そして立ち寄った火山にて、目を合わせるなり私に襲いかかってきたセリオン。何故こんなところに、そして何故唐突に襲ってきたのかと驚きはしたが、きっと不器用な彼なりに意図があるのだろうと応戦していた。彼が繰り出す一撃は重く、私の心を突き刺さんばかりに鋭かった。彼は、本気だった。

一撃ごとにじわじわと冷気に指先が蝕まれる。人差し指の痺れに気を取られた一瞬の隙にフラップが宙を舞った。


「っ!」


喉元でピタリと止められた剣。セリオンは無言のまま私に圧をかける。まるで黙ってここから立ち去れと言われているようだった。


「私を、どうしたいんだ?」


フラップを光に仕舞い、素直に降参のポーズを取る。流石に私をこのまま斬る気はないだろうという驕りと、これ以上の戦闘に意味がないだろうとの判断からだった。


「俺の友となれ。ウイング」


初めてセリオンが発した言葉は意外なものだった。それは出会った時に私が彼に伝えたことの鸚鵡返しで。本当に彼はあの時の状況を再現したがっているのだろうか。だとしても、何故?


「…まるで脅されているようだな」


セリオンは微動だにせず、冗談は凍りついたように意味をなさなかった。剣を突きつけられたままで、ウイングは肩をすくめた。


「そもそも私とお前は既に友達だろう?」

「………」


セリオンはまた黙り込んでしまった。彼が不器用な男なことは知っているが、これでは私もお手上げだ。それに、私は野暮用のためにここに来たのだ。セリオンの相手もしたいところだが、せめて用を済ませてからにしたい。宥めるようにセリオンの右手に手を添えて、剣を下ろさせる。その手に力は入っていなかった。


「積もる話があるのも分かるが、私も用があって地球に来ているんだ。それからでもいいか?」


セリオンの横を抜けようと足を動かしたそのとき。


「あのトカゲは、絶滅した」


まるで文字が形になって私の身体を突き刺したようだった。足がピタリと止まる。


「なに…?」


確かに今日はあのトカゲを、…ドラを、見かけないなとは思った。しかしその違和感はセリオンが突然襲ってきたことで一旦意識の外に追いやっていたのだ。しかしそんなこと言われても信じられなかった。何故って、この火山はこの前訪れたときと何も変わらない様子で、…本当に?


「少し前に、この山が噴火した。その時にこの山は死の山になった。」


言われてみれば、ここは前より明らかに寒いことに気づく。セリオンの冷気などではなかった。

どんどん馴染みの顔が減っていく実感。かけがえのないものが一つずつこぼれ落ちていく。


「お前がこの火山のトカゲと旅をしていることは知っていた。そして、そのトカゲが死ぬ度に新たな相棒をここで見繕うことも」


セリオンは淡々と話しながら、剣を盾に納めた。そして、私の手を取った。


「俺が我が友を守れなかったときに、ウイングは俺を友だと言った。だから俺も、お前にそうするべきだと思った。」


冷たい鎧の手も、今は温もりすら感じる。彼が望むのは、私の救済。否、もっと純粋な、友情か。


「…ありがとう。セリオン」


ドラを旅に連れていったのは、地球を忘れないためだ。私が地球を忘れるとは自分でも思えなかったが、その可能性を憂慮している自分が怖かった。そして同時に、地球の皆に忘れられるのが怖かった。地球では人々に存在を忘れられることを、肉体の次に迎える死、第二の死とする文化があることを知った。私は初めて、死を恐れた。私が忘却することで早稲田戦士を殺してしまうこと、そして私自身が皆の記憶からこぼれおちてしまう死を。

ドラは、この火山に数多く存在した。ドラはいつのまにか私にとって永遠の象徴となっていたのだ。それが失われても尚、私はこの地にいる。ここに存在している。そして目の前には、死なない鎧。私の求める新しい、…相棒なのかもしれない。

静かに交わした握手は、私にとって旅の終結だった。


「ああ。…して、ウイング。」

「ん?」

「お前はまた旅に出るのか?」


その愚問に、私は首を振る。


「…それならば。カゲロウが、新たな力を手に入れたと聞く。」

「なに?」

「もう奴を縛る組織はない。そして、早稲田戦士たちは手一杯だ」


どうする?と問う視線に手を握り返して答える。2人の顔が向き合い、頷く。そして示し合わせたように歩き出す。

儚い友と孤独から逃げる旅でなく、確かな友と孤独に立ち向かう旅だ。新章の幕開けに、私は指を鳴らした。

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wsd戦士創作 とぅる @trueda

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