孤独な傀儡
地球より小さなピンク色の惑星、そこにそびえ立つ西洋風の派手な屋敷。あまりにインパクトのある建物を前にウイングは思わず足を止めた。上品なようでケバく、かわいらしいようで毒々しい外観はかつてのバーバリアン幹部を連想させた。ドラはこの色彩の暴力に興味津々らしく、ウイングの肩から顔を出して屋敷を見上げている。
「ナニモノだ…!」
突然聞こえた低い声、それは古いスピーカーから出ているかのようにノイズがひどかった。聞き覚えがある声の方向に目を向けると、懐かしい電磁機械。
「アーグネット、か」
「キサマ、ナゼ俺のナマエを」
アーグネットは肩のナイフを抜き、構えた。かつてあんなに顔を合わせたのにウイングのことを覚えていない様子である。ウイングはドラを一旦地面に放ち、両手にモータルフラップを出現させた。
「不審者をカクニン、ハイジョする…!」
不審者呼ばわりか、ウイングは肩をすくめた。ウイングを覚えていない、というより知らない、そんな様子だった。
記憶をリセットされたか、あるいは…。
考えを巡らせている隙に、アーグネットが動いた。裏手に構えられたナイフがウイングの胴に迫る。ウイングは勢いをそのままにアーグネットをいなし、そのままガラ空きの背中に刃を滑らせた。
「ウグッ!」
アーグネットがうめき声とともに膝をつき、憎悪をこめて睨みつけてくる。
…遅い。そして、脆い。今まで何度も対戦した相手だ。記憶の中の彼よりも、はるかに性能が悪い。ウイングが右手のフラップをくるくると回しながらアーグネットの様子を伺っていると、アーグネットの心臓部からアラートが聞こえた。
「…」
聞き覚えがある、これは確か駆動限界時間を知らせるアラート…。
静かに身体から黒い煙を立ち上らせ、アーグネットは地面を叩いた。あまりにあっけない決着にウイングはしばらく立ち尽くしていた。噂には聞いていたが、それほどにまでガタがきているのか。ウイングはフラップを光の中に仕舞った。
「どうかしたんですの?アーグネット」
屋敷の大仰な扉から家主が出てくる。おそらくアラートを聞きつけたのだろう。この機械がアーグネットなら、当然彼女は、あの病みの忌婦人。
表情のわからぬ白い仮面と花が散りばめられた帽子を身につけたレディ。彼女もまた、かつてウイングらと戦った宿敵であった。
「ウイング、弱いものいじめは良くなくってよ」
「…」
ウイングは傀儡子ちゃんの外見に何か足りないものを感じた。彼女がいつも大事そうにかかえてた例のテディベア、ベティちゃんの姿がなかった。甲高くケタケタと悪魔のように笑う、彼女のご主人様が。
「マスター、」
アーグネットが弱々しく傀儡子ちゃんを見上げる。傀儡子ちゃんはそんなアーグネットの頬を優しく撫でた。成る程、主人を失った彼女は、今度は機械の女主人となった訳だ。傀儡子ちゃんはウイングに向けて首をかしげ、覇気のない声で問いかけた。
「お茶でもいかが?特別に私が淹れてさしあげますわ」
屋敷の中はウイングの予想よりかは色彩がおとなしかった。…というより、モノがほとんどなかった。そのためとにかく広く、天井が高かった。ウイングは興味深そうに見渡していたが、ドラは内装には興味がないらしくずっとウイングの作る風の渦の中で眠っていた。
客間にポツンとひとつだけあるテーブルに案内され、木製の椅子に腰をかけた。隅で異様な数のコードにつながれているアーグネットを横目に、傀儡子ちゃんはティーポットを傾けた。
「アーグネットを、直してやらないのか?」
奴は所詮機械だ。傀儡子ちゃんがその気になればほぼ復元させることだって可能だろう。そうすればまた前線で戦うことだって…。
そこまで考えて、ウイングは自分の思考の迂闊さに気づいた。誤魔化すように口にした紅茶は渋かった。
「修理したって、記憶までは戻りませんの。どうせ勘違いしてるなら、壊れているくらいの方がかわいくていいですわ。」
そう言って、傀儡子ちゃんは自嘲気味に笑った。アーグネットはスリープ状態なのか大人しくうなだれている。
ウイングは、このだだっ広い屋敷に傀儡子ちゃんとアーグネットだけが住んでいるという状況を思い直して身震いした。2人を繋ぐものはあの頃から続いた絆などではなくて、ただの勘違いの主従関係だというのか。そんなふたりぼっちの空虚の中、死ねずに永遠を過ごすつもりなのか。主人という支柱を失ったクレマチスの脆さを思い、ウイングは閉口した。
「その目、気に入りませんわね。貴方もそのトカゲに勘違いしてるくせに」
傀儡子ちゃんはスコーンを口に入れた。 ドラは相変わらず気持ちよさそうに眠っている。ウイングはドラの頬を撫でた。
「勘違いだなんてやめてくれ。ドラは…」
「ほら、悪趣味な名前までつけて可愛がってるじゃありませんの」
「…悪趣味、か?」
「ええ。」
傀儡子ちゃんはドラの顔を覗き込み、クスリと笑った。ウイングはその笑顔の真意が掴めなかった。なんとなくウイングは、これ以上ここにいることに危機感を覚えた。
「そろそろお暇するとしよう」
紅茶を飲み干し、ウイングは席を立った。傀儡子ちゃんは顔だけ上げて、そう、と気の無い返事をした。
「慣れないことはするものじゃありませんわね。玄関まで見送らなくてもいいかしら」
「ああ、構わない。アーグネットによろしく頼む」
「ええ、ご機嫌よう」
力なく手をひらひらさせる傀儡子ちゃんに右手を上げて答える。玄関を出たところでドラが目を覚まし、また屋敷の外観をじっと見つめていた。ウイングは振り向くことなく、また宇宙の濃い青の中に溶けた。
もう彼女が今後この屋敷を出ることはないのだろう。ウイングは彼女の疲れ切った姿が暫く忘れられなかった。
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