いわゆる変態の追憶

抜きあざらし

第1話 この物語はフィクションです。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨・奨励するものではありません

『無性にエロいことがしたい』

 極めて原始的で単純な欲求であるそれは、単純であるが故にインフレーションの流れに逆らうことが出来なかった。

 十五歳。お小遣いを貯めてエロビデオを買うのが楽しみだった。幸運にも僕は老け顔だったので、服装を整えて堂々としていればアダルトショップですら疑われることはなかった。

 十九歳。バイトして風俗に行くのが楽しみだった。ソープ、デリヘル、M性感、箱ヘル……とにかくいろいろな風俗を巡った。片田舎の、おばあちゃんしか働いていないようなソープに行ったこともある。とにかく好奇心を満たすための新鮮なエロスが欲しかった。地元のデリヘルを半分ほど制覇した頃には、よほど可愛い女の子が現れない限り普通のプレイでは満足できないようになっていたと思う。県外に繰り出そうにも旅費がかさむ。そもそも、少し離れたぐらいでは僕の欲求を満たせるような革新的な店舗は存在しなかった。

 社会に出て、ふらりと立ち寄ったチャイナエステにハマった。たまにはいいかと呼び込みに乗ったのだ。

 非合法感溢れる狭い店舗。いくら払えばどこまでできるのか。そもそもが存在するのか。このご時世、インターネットにない情報は足で調べるしかない。可愛い子。サービスのいい子。安い子……それはまるで宝探しのようでもあり、狂ったように夜の街へと繰り出し、何度も何度もマッサージを受けた。マッサージの腕はあまり考えていなかった。

 しかし、飽きてしまうのもまた時間の問題であった。

 多くの体験を経て、僕は僕のことを理解し始めた。

 僕のエロスの根源は、痴的好奇心だ。知らないことを知りたい。知らない世界を見てみたい。自分の予想を外れた出来事、日常からかけ離れた出来事に、形容し難い興奮を覚える。

 次に、反社会的行為には忌避感があることだ。NG店での本番要求はしないし、相手が風俗嬢だからといって乱暴なこともしない。援助交際もしないし強姦もしない。しようとも、思わない。

 これにはひとつ心当たりがあった。そもそも僕は小心者で、上司の命令であってもルールに背く時はいつも緊張感に押し潰されそうになる。すぐさま破滅につながるような行動は、たとえ好奇心を満たすシチュエーションであっても不安が勝ってしまうのだろう。

 そんなこともあってか、とにかく僕は刺激に飢えていた。

 エロいことがしたい。しかし、もう僕を満たすことができるものは存在しない。すべてを知ってしまったから。

 性産業への風当たりはたいへんに厳しいものとなっている。風俗店とそうでない店は明確に区別され、混同を許さない。地下組織の運営する会員制の超高級クラブも、非合法に行われる人身売買じみた競売も、この国には存在しないのだ。

 ならば海外にでも繰り出すしかないのだが、あいにく僕の勤める会社は長い休みが取れないので、この国から出るような暇がなかった。

 非日常のエロスを、僕は欲した。

 だからある日、魔が差した。

 閉店間際のスーパーで買い出しを行った、金曜の夜。人気のない駐車場で、ふと思った。

 ここで服を脱いだら、気持ちがいいのだろうか。

 いわゆる露出行為。自室で全裸になると興奮することは実証済みだ。もう慣れてしまったが、しかし、今ならどうか。

 いや、冷静になれ。この駐車場にはまだ利用者が居るし、意外とたくさんのカメラがついている。半分はダミーなのだろうが……とにかく、リスクが高い。

 では折衷案として、車内でならどうだろうか。昼間ならすぐにバレてしまうだろうが、今は真夜中だ。意識して覗き込もうともしない限り、運転手の服装などわからない。走行中ならなおさらだ。そうだ、行ける。なにより、この胸の高鳴りを今すぐにでも受け止めたかった。

 僕は駐車場の外れに車を寄せ、いそいそとスーツを脱いだ。靴だけ残して素っ裸だ。これは……正直、思ったよりも興奮しない。

 やはり四方が壁だからだろうか。自室で全裸になっている感覚とあまり変わらない。これ以上の興奮を得るには、外に出るしかないのだろうか。

 あまり長居はしていられないので、帰りながら考えることにする。

 公共の場での露出行為は犯罪だが、結局の所バレなければどうということはない。誰に迷惑をかける訳でもないので、見られなければ実質無罪だ。

 しかしそのためには場所を慎重に選ばなければならない。露出狂といえば公園だが、このあたりの公園は住宅地のど真ん中にあるうえに駐車場がない。夜間でも住宅地には人目があるし、路上駐車は目立つので他人に見つかるリスクが高まる。これは却下だ。

 公共の施設というのも厳しい。夜間、施錠されている施設に侵入するのはそもそも犯罪行為だ。たまに勘違いされているようだが、建物の中に入らなくても不法侵入は不法侵入である。

 同じ理由で閉店後のスーパーマーケットも候補から外れる。

 では、コンビニの駐車場ならどうか。深夜のコンビニ、それも町外れとなればほとんど人目はない。……人目はないのだが、今どきのコンビニは四方を監視カメラで固めている。映像が常にチェックされているかといえば微妙なところではあるが、それでもリスクはリスクだ。

 アパートの駐車場は論外だ。僕の住んでいるアパートには夜型の人間がそこそこ住んでいるため、夜間でも駐車場にはたまに人が来る。

 業務中に得たこの街の知識を総動員して、少しでも露出ができそうなポイントを探す。ポツリと佇む自販機は近くに夜間も可動している工場がある。町外れの田畑は以前に露出狂が捕まったことで有名だ。寂れたアダルトショップの駐車場は監視カメラが張り巡らされている。この街に、誰にも迷惑をかけず安全に露出を行える場所は存在しなかった。僕の渇きを満たすシチュエーションには、なりえない。

 エアコンを切って窓を開ければ、少しは気分も変わるだろうか。

 駄目だ、窓が曇った。

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