図書館暮らし。

余記

青い鳥

今日は、チルチルがおにいちゃんだった。


メーテルリンクという人の「青い鳥」という物語の中に出てくる兄妹の兄の名前、と昨日読み聞かせてもらっていたのだ。

ちなみに、わたしの名前は妹のミチル。

かわいい名前かなー、って思うんだけど、妹というのがちょっと不満。


不機嫌に頰をふくらましていると、おにいちゃんが頭をなでてくれる。

でも、だまされない。

もう、1週間も妹のままなんだよ?

「むーっ!」

そのまま不機嫌ふきげんにうなると、とうとうおにいちゃんも降参した。


「わかった、わかった。今日は、司書のおねえさんに姉弟が出てくる物語を頼んでみるから。」

まだちょっと不機嫌なわたしの顔をうかがって、おにいちゃんが言う。

「じゃぁ、顔を洗って。はやく朝ごはんにいこうよ。今日はちょっと寝坊しちゃったから、おなかぺこぺこだよ。」


そういえば、わたしもおなかが空いていた。

手早くお顔を洗って身支度を整えると、待っていてくれたおにいちゃんと共に図書館を出た。



出てしばらく歩くと、駐車場だった場所に臨時の食堂として建設されたプレハブがある。

周りを見回すと、他にも朝から外回りしていた人とかが合流して結構な集団になっていた。

配膳台の前に並ぶと、ほどなく朝食を載せたトレーを渡してくれる。

パンと牛乳、目玉焼きにソーセージ。それにお野菜のサラダが少々。

メニューは全員、同じものなのだ。



朝ごはんが終わると、外回りしてた人は図書館に帰って行く。

私たちはお仕事だ。


「はーい。外に回れる人はこっちでおねがいー。」

間の抜けた声を出すおねえさんの方に向かうと、今日あるお仕事を聞く。


「あら?僕たち、外に出ても大丈夫なの?」

ちょっと心配そうな声。

「はい。今日は僕たち、青い鳥のチルチルとミチルの役割なんです。」


***


人格性認知症パーソナリティせいにんちしょう

これが、しばらく前から流行はやっている病気の名前だ。


人ごみの中で、突然、立ち止まってぼーっとしている。

忙しく仕事をしている中で、とつぜん動きをとめてぼーっとしている。


初めの頃は、こんな感じで「あぁ、そんなヤツいたな。」くらいの認識だったらしい。

だが、そのうちに無視出来ない数の人々が同じような行動をするようになってきた。



『人格が仕事を放棄してしまっている』



この症状を調べていたある先生の言葉。

人格は、その人の興味につながっている。

そして、興味があるから、何かをしようとする時や、何かを話そうとする時に興味に結びついた記憶を呼び起こせる。

だからこそ、人は膨大な記憶を持ちつつもその記憶に惑う事なく、とどこおりなく行動し、話すことが出来るのだ。


この病気は、その大事な役割を持っているはずの『人格』が失われた、もしくは働かなくなってしまってしまうという事。

なぜこんな事になってしまうのか?

まだ研究中ではあるが、ひとつ有力な説によると、過度のソーシャルメディア依存により人格の興味や感覚がにぶり切ってしまった、という事らしい。

次から次へと変わる状況や、刺激に、人格がどのように対応したらよいのか?と悩んで疲弊してしまった状態だ。


この症状を調べていたチームによると、怖い事にこの病気にかかる人が年々多くなってきているらしい。


そしてもうひとつ。


根本的な治療法が見つかっていない、という事。

ただ、幸いな事に一時的な治療法、というのは見つかっている。


それが、『ものがたりを読み聞かせる事」。


他に刺激が無い状態で、登場人物の興味、感じた事を読み聞かせて刷り込む事で、仮の人格で生活が出来るようになる。


その為、『ものがたり』を多く抱えている図書館の周りで患者たちの治療と研究を行う事になったのだ。


***


ぼくたちの仕事は、町を回って発症している人、行方不明になっている人を見つけて図書館へと案内するものだった。

仕事といっても世間一般で言う仕事、というより、作業療法さぎょうりょうほうというものらしい。

まだ効果的な治療法が見つかっていないので、どのようにするのが効果的か?という事を手探りしている、という事もある。


「ミチルはねえ、今日のお昼はハンバーグがいいなー。」

図書館で作業している人たちは、お給料こそ出ないが、日々の暮らしに不便が無いよう、食事などに使えるチケットを貰っている。

今月分のチケットにはまだ余裕があるので、少し贅沢をしても大丈夫だろう。


「うん。じゃぁ、ここらへん一周したら、ハンバーグ屋さんに入って休憩しよう。」

「わーい♪」

ミチルがにっこりと笑って喜ぶ。

まだ、発症している人が見つからないのは幸いだった。

見つけたら、案内して一旦図書館まで戻る必要がある。



結局、その日は発症している人は見つからなかった。

戻ったら司書の人に言って、ものがたりを貸し出してもらう。

読み聞かせは、夜、寝る前に行うのが効果的、という事なのだ。



「あの、おねえさん。出来れば、姉弟が出てくるものがたりを貸し出して欲しいのですが。」

朝の約束を忘れず、司書のおねえさんに言う。


「ごめんなさいね。今日、残ってるのは・・・ヘンゼルとグレーテルなの。」


ヘンゼルはお兄さんで、グレーテルは妹だ。


ミチルの頬っぺたが風船のようにぷくーっ!とふくらんだ。

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図書館暮らし。 余記 @yookee

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