歌声を預かる

「それでは、始めましょう」


 夜も更けた頃、暗い廊下を抜け、お店の一室にメルを案内すると、彼女は天から降り注ぐ月の光に目を細めます。


 お店の廊下から扉を開けると、あら不思議! 自分たちは一面の砂の上にぽつんとガラス張りのドームが建っている場所に出てきたのです。空には真ん丸のお月様が輝いています。


 植物達はどこかに隠れていて、ドームの真ん中にはテーブルと、箱。そして箱の中に、ぽつりと取り残された貝殻が一つ。


 彼女を促し、貝の前に立たせます。


「それでは、メル。この貝に向かって、歌って下さい。あなたの精一杯の歌を、あなたの一生懸命な祈りを、声に乗せて流してください」


 悪戯っぽくウインクすると、メルは揺らした青い目に決意の光を宿します。


 そうそう、大丈夫。キャラメルプリンが貴方を待っているのですよ。


 最初は、囁くように。

 それが、響く歌声に。

 そしてやがて、周囲を震わせるほど、圧倒的な声量に。


 揺れる、揺れる。波が窓ガラスを渡り、砂の上を滑ってどこまでも走って行く。


 ――歌いたい。まだ歌っていたい。


 何度も小さくなっては、また大きくなって。

 終わりを惜しむように。

 笑って、泣いて、時には怒って、心から楽しんで、四季を、昼夜を、東西南北を、ありとあらゆる時を、場所を、情景を、人を、奏で――。


 そして最後に、別れを告げる。

 ありがとう。……さようなら。

 ああ、潮が満ちて、引いていくように。

 終わる。終わってしまう。海に、水底に戻っていく。何もかもが。



 ……いつの間にか、メル・アイヴィーの渾身の歌は終わっていました。

 白色の貝殻はぴったりと閉じて、きらきらと輝いています。

 メルの頬を、きらきらと涙が一滴、伝っていくのが見えます。


「……プリン、食べましょうか」


 そっと言い出すと、彼女は指先で目を拭ってから微笑みます。

 その笑顔は、寂しげで、悲しげではありつつも、どこかすっきりしたような……そんな様子に、見えました。

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