第10話 騎馬戦

 コオローンは話すだけ話すと、一息ついた。そして、


「ウオルト、次はこのチタミの村の状況を教えてくれないか」


 と、尋ねた。教えた通り、相手のことを知る、ということを実践するらしい。


「ああ、話そう」


 ウオルトはコオローンの用件を聞くことを急がない。なかなかの落ち着きのある男だ。

 ウオルトの話によると、チタミの一族は、ジワ島を横断する山脈の南側に広がる、平原一帯を住処とする遊牧民族で、総勢で300人ほどらしい。


(なるほど、決まった場所に村があるわけではないからな。村ではなく一族というのか)

 当たり前の話かも知れないが、俺は妙に感心した。


「遥か昔は、ヤツギやダゾンの領内にも、俺たちの土地が広がっていた」


 聞けばジワ島で一番古い民族らしい。つまり先住民ということか。


「見ての通り、ここには牧草になる草が生えているくらいで、食料は少ない。俺たちは食料を求めて移動を続ける民族だ」


 この草原では馬や羊から得られる乳製品の他は木の実と雑穀くらいしか手に入らないらしい。かなり質素な暮らしぶりである。


「だが、今や、東西からヤツギやダゾンの兵が、この平原を脅かし、俺たちの土地はかつての三分の一ほどに減ってしまった」


 ウオルトはため息をついた。


「この先、どこまで一族が生き延びていけるか分らん」


「そうか」


 コオローンは深刻な顔をしてウオルト同様、ため息をついた。


「それは気の毒なことだな」


 難しい顔で同情してみせる。


「実は、俺が持ってきた話というのは、そういう話と無関係ではない」


「と、いうと?」


 なかなかスムーズな切り出し方である。その後は気味悪いぐらいに話がトントン拍子に進んだ。


「我らをその国づくりに参加させてもらえるのか?」


 ウオルトの方からそう言いだしたくらいである。チタミの事情がそれほどに切羽詰まっていたのだ。


「実は20年ほど前までは、山の向こうの村とも交易があった」


 ウオルトの話によると、山を越えると一旦、盆地があり、そこにかなり大きな村があるという。


「村の名はツルムという。我々は主に馬や毛皮、織物などを納め、その代わりに穀物など食料、日常の道具などを受け取っていた。ところが、20年くらい前に、ツルムの村はすっかり変わってしまった」


「どのように変わったのだ?」


 コオローンが尋ねる。


「一度、ヤツギによる大きな侵攻があったのだ。それ以来、ツルムの村は武装して、外界からの一切のものを土地に入れないようになってしまったのだ」


 それ以来チタミはツルムの村との交易が出来なくなってしまったという。暮らしは更に厳しいものになった。


「なんといっても穀物が足らないんだ。豆やイモ、唐キビ(とうもろこし)、この土地ではどれも育たない」


(ツルムの村か、厄介そうやな)


 俺たちの次の訪問地になるはずである。これは一筋縄ではいかないだろう。

 ともあれ、コオローンはチタミの一族を国づくりに参加させることに成功した。ウオルトに握手の仕方を教えてやり、がっちりと右手を握り合う。


     ◆


 その日はパオで一泊させてもらった。粗末ながら精一杯のもてなしをうけた俺たちは久しぶりに屋根の下で眠ることが出来た。


「お、俺、やりました!」


 俺たちだけになると、コオローンは目を輝かせ、胸を張った。えらいもので声が自信に満ちている。成功体験は貴重なものだ。俺は彼を、初めて大きな取引をまとめた部下のようだと思った。


     ◆


 一夜明け、次の日。


「もう発つのか?」


 ウオルトが名残惜しそうに言った。


「今日は我らチタミの祭りの日だ。騎馬戦がある。是非、見ていって欲しかったが」

「ああ、昨日も言ったが時間がないんだ。早く村に戻らなきゃならねえ」 


 コオローンが断りを入れようとしたとき、


「コオローン、俺は祭りがみたいなあ」


 おもむろに俺は言った。


「え? ちょ、ちょっと待っててくれ」


 コオローンはそそくさと俺の傍に来ると、


「ショウヘイさん、急ぐんじゃなかったんですか?」


 と耳打ちした。


「そのつもりやったけどな、騎馬戦っていうのを見たいんや」

「何故です?」

「多分、二手に分かれて馬に乗った男たちが戦うんやろ? それがどんなもんか気にならんか?」


 要はチタミの一族の戦闘力を見たいのである。ハマの村にも、ボノの村にも軍隊などない。いざ戦闘になれば、男たちに鋤や鍬を持たせて、敵に突っ込むだけである。これは心許ない。チタミの一族が味方になった今、その戦闘力を是非、知りたい。


「ウオルト、気が変わった。俺たちも祭りを見てみたい」

「おう、そうか。見るだけと言わず、是非、参加してくれ」


 ウオルトは喜色を浮かべた。女たちが料理に取り掛かる頃、男たちは、騎馬戦の準備に余念がない。鉢金(はちがね:頭を守る防具)を額に巻き、その上から、ある者は白のバンダナを巻き、ある者は黄色のバンダナを巻いた。つまり白組と黄色組に分かれて闘うのだ。


「ヤミーも参加する」


 ウオルトが息子の肩に手を置いた。ヤミーは白色のバンダナを頭に巻き、頬を紅潮させている。少年らしい、やってやるぞという気迫を感じる。


「コオローン、昨日はすまなかった」


 ヤミーがコオローンに謝罪した。


「いいよ、許してやるよ」


 コオローンは上機嫌で許してやった。


「まあ、これからは仲良くやろう」


 コオローンが右手を差し出すと、


「父が謝れというから謝っただけだ」

「このクソガキッ!」


 コオローンが怒鳴るより早く、ヤミーはその場を逃げ出していった。気が合うことだと俺は思った。


「俺は白組の総大将で、黄色の総大将は、このパッチェだ」


 ウオルトにパッチェと呼ばれた男は昨日の話合いの際、パオで見かけた男だ。一族の幹部なのだろう。長身で引き締まった体をしている。そういえばウオルトを始め、この一族の男はみな、同じような体系をしている。贅肉などかけらもない。


「武器は、槍と木刀、それに弓だ。」


 ウオルトが説明する。槍と弓の穂先は布で幾重にも巻かれ保護してある。それでも思いっきり突かれたりしたら、ただでは済まなさそうだ。木刀で殴られれば簡単に骨折するのを、剣道部である俺は知っている。


「勇壮な祭りやな」

「ときには死人も出る」


 ウオルトの眼差しが厳しい。これはもはや遊びでもなく、訓練でもない。死ぬ確率が低いというだけの、れっきとした実戦だ。俺の世界でも死人が毎年のように出る祭りがいくつかあるが、男たちというものはどの世界でも血沸き肉躍るイベントが好きなようだ。


「これは面白そうだぁ」


 やたらとヨウダが興奮している。頭を見ると、鉢金と黄色いバンダナを巻いている。


「な、なんや、お前、出るんか?」

「みんなの分も貰ってっぞ」


 ヨウダはそう言うと、俺に白、コオローンに黄色のバンダナを渡した。さすがにユーリクの分はないようだ。


「じょ、冗談じゃねえ、馬にも乗れないのに、こんな殺し合いの祭りに出られるかよっ!」


 コオローンが気色ばんだ。


「お前、参加せんと、ウオルトに意気地なしと見られるぞ? そしたらリーダーのメンツは丸つぶれやな」


 俺は笑いながら脅かしたが、これはこれで本当のことだろう。ウオルトは案外、俺たちの度胸を試しているのかもしれない。


「分かりましたよ!」


 コオローンは泣く泣くバンダナを頭に巻いた。


「残念じゃのう。わしももう少し若ければ……」


 ユーリクは参加できない身を悔しがっている。


「いやいや、少し若くなったくらいじゃ、間に合わんやろ。死んでまうで」


 この老人だけは正体が分からない。そう思いながら俺は白いバンダナを頭に巻いた。誘われた以上、参加しなければならない。きゅっと後頭部でバンダナを絞めるとフツフツと血がたぎってきた。乗馬は、友人に馬主がおり、休みの度に乗せてもらいに行った。それに木刀が武器とはおあつらえ向きだ。乗馬と剣道の腕前をみせてやる。


「ええか、間違っても死ぬなよ」 


 俺はコオローンとヨウダに言った。コオローンは泣きそうな顔をしているが、ヨウダはどこ吹く風だ。コオローンのケツを押し上げ当てがわれた馬に乗せてやった。ヨウダはごつい体格なので、馬が持つかどうか。俺もさっそうと馬にまたがった。


「ほう」


 ウオルトが感心する。


「ショウヘイ、だったな。馬に慣れているのか?」

「そこそこだ」


 男たちが馬に乗り、左右に分かれ散っていく。俺たちもそれに従った。双方、70名ほどの人数が100メートルほどの距離をとって向かい合った。その間には草の生えた大地しかない。  


 ガアアアアアン


 銅鑼の音とともに祭りが始まった。


 ドドドドドドドッ


 両軍の馬は、地響きをたてて、お互いを目指して疾走する。


「あっ、いかん!」


 馬が、突如立ち上がり、俺はあっけなく落馬した。


「やれやれ」


 俺はすぐに立ち上がったが、突進していく男たちの何人かが振り返り、嘲るような笑みを浮かべた。俺はそのまま戦場を離れ、見物していたユーリクの横に座る。


「ふう、俺としたことが……」

「お前さん、わざとじゃな?」

「いや、つい熱くなりかけたわ。俺はチタミの戦闘力を見極めなあかんのに」

「まだ若いのう」

 そう言って笑うユーリクを見ていると、騎馬戦の観察は、この老人に任せて、俺はそのまま祭りにうつつを抜かしていても良かったかも知れないと思った。 


「さて、チタミ一族の本領を見せて貰おうか」


 ドドドドドッ


 男たちを載せた馬は、草原を縦横無尽に走り回っている。あちこちで雄たけびが上がり、戦闘が繰り広げられた。片手で馬を駆り、疾駆する男たちは、もう一方の手で器用に槍や木刀、或いは弓を扱う。その速さ、勇猛さは息を飲む迫力だ。


「なあ、ユーリク、あの分じゃコボルト程度なら、一人で何十匹もやっつけられそうだな」

「ふむ。ここの男たちは、ハマの村や、ボノの村とは違う。一人残らず戦士なんじゃ」

「こりゃ頼もしい」


 しかし、祭りの様子は勇壮で片づけていいものではない。したたかに打ち据えられて動けなくなるもの、出血しながら、なお荒れ狂うもの、落馬するもの、次々にけが人が出た。そういうものは次々に戦場から運び出され、無造作に草の上に横たえられる。ところがそういった者はしばらくすると、むくりと起き上がり、笑いながら酒を飲み始めるのだ。

 文明社会にどっぷりつかった俺には考えられない荒々しさである。


「しかし、ヨウダはなかなかやるなぁ」


 彼は体格が良すぎて、馬がばててしまい、ほとんど動かない。機動力をあきらめたヨウダはそれを逆手に取り、一所に留まって、近寄ってくるものを片っ端から槍で突き落としている。一方、コオローンは馬にしがみついて右往左往しているが、とにもかくにも今だに戦場に残っている。


「ヤミーが行きおったぞ」


 コオローンを発見したヤミーが、馬を走らせつけ狙い始めた。戦場で二人の追いかけっこが始まる。


「逃げるな、ハマの村のコオローン、尋常に勝負しろっ!」

「う、馬に聞いてくれ」


 どうやらコオローンは馬を制御出来てないようだ。そんな中にあって、黄色組の総大将ウオルト、白組の総大将、パッチェともに健在で、したたかに指揮をとっている。


「あんな乱戦の中で、よく指示が出来る」


 時折、乱戦を抜けて、ウオルトやバッチェに突進する者がいたが、彼らはほとんど一撃で叩きのめし、動ずるところがない。


「すごい男たちやな」


 俺たちは大きな戦力を得たらしい。このチタミの一族はヤツギやダゾンの兵士を相手にしても、一歩も引かずに戦うだろう。


 ガアアアアアン


 再び銅鑼がなると、男たちは戦闘を止め、お互いの陣地に戻り始めた。今年は決着つかずで、騎馬戦はお開きらしい。

 コオローンは戦場に生き残った。仕留めそこなったヤミーは地団太を踏んで悔しがっている。


「コオローン、やるなあ! 初めての参加で最後まで生き残るとは!」


 ウオルトがコオローンの背中を思い切り叩いた。それなりには認められたらしい。


「なあに、軽いもんさ」


 コオローンは精いっぱい見栄を張りながら、馬から降りようとしたが、立つことが出来ずすっ転んだ。しかし、それを笑うものは誰一人いない。ヤミーが駆け寄り、肩を貸した。コオローンは素直に力を借りてようやく立ち上がる。ヨウダの周りには何人もの男が集まって談笑の輪が出来ている。


「面白いもんじゃのう。話し合いの合意はときに心許ないことがあるが、こういう祭りでは言葉はなくとも、より心が近づくようじゃ」

「そうやな。それだけでも一日出発を延ばしたかいがあった」


 ウオルトが俺に近づいてきた。


「シュウヘイ、どうだ、チタミの一族の戦士たちは?」


 笑いながら傍に座る。


「役に立ちそうか?」

「何が言いたいんや?」

「本当のリーダーはあんただろう?」

「…………」


 見抜いている。なかなか食えない男だ。


「最初に見たときから疑っていたが、落馬したときに確信した。お前の馬の扱い方で、あのように落ちるわけがない」

「魔が差すってこともあるやろ」

「その後、我らの騎馬戦を、じっと見つめる目、その鋭さは隠せない」


 俺が騎馬戦の様子を注意深く観察していたとき、俺もウオルトに観察されていたらしい。さすが族長だけのことはある。


「いいや、間違いなくコオローンが俺たちのリーダーや」

「フフフ、まあそれはそれでいい」


 ウオルトが下りてくれた。


「俺も一つ、聞いてええか、ウオルト?」

「なんだ?」

「騎馬戦を見せてもらったが正直、驚いた。凄まじいもんや。これだけの戦闘力がありながら、何故、ヤツギやダゾンに土地を奪われるままになってるんや?」

「簡単な理由だ。我らが遊牧民族だからだ」


 東西から少数の兵が侵入しても撃退するのは難しいことではないという。しかしずっとその場所に張り付いているわけにはいかない。彼らは遊牧民族なのだ。そして草原は守るに難しい土地である。彼らの留守中に少しずつ兵は進行し、砦を造り、守りを固める。こうやって少しづつ土地を侵食されていったという。


「なるほど、そらしゃーない」

「このままでは我ら一族、討ち死に覚悟でヤツギ、ダゾンのいずれかと闘う日も近いと思っていた」


 なるほど。それならば二つ返事で俺たちの申し出を受けるはずだ。


「ウオルト」


 俺は右手を差し出した。ウオルトとがっちりと握手を交わす。


「明日、山へ発つ」


 俺は言った。ウオルトは頷き、


「ツルムの村を仲間に引き入れられれば、これは大きい」

「でも、よそ者を土地に入れへんのやろ?」

「心してかかれ。下手をすると命を落とすことになる」


 ツルムの村。武装し、何人にも侵入を許さない閉ざされた村。

どうやら俺たちは最大の難関を迎えるようだ。 

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