エピローグ

黒炎と白布の再会

 これは私の心、私の記憶。この街にはなんだか不思議な気配が漂っています。何処かで感じた事のある懐かしい気配です。何となくですが、とても素晴らしい出会いが待っている気がします。

 これは私の心、私の記憶。今日も異界の鍵を求めて、街の探索をしに行きます。面倒臭そうに欠伸をする師匠の腕を、無理やり捕まえて。




 師匠はとても面倒くさがりで、異界の鍵を探すのを殆ど手伝ってくれません。私がちょっとでも目を離すと、直ぐに何処かに消えてしまい、街の観光を始めるのです。なので、新しい異界に来る度、私は鍵を探す為、街中をひたすらに彷徨い歩く事になります。


 ですが、今回は違います。


 師匠の行く先を事前に予想し、待ち伏せをすることにしたのです。そして、それは見事に的中してくれました。


 私が待ち伏せた場所は、この街ではたいへん有名な時計塔の近くです。昨晩、師匠が行ってみたいなぁと、ぼやいていたのを私は聞き逃しませんでした。


 時計塔の出入り口が見える場所から誰にも見つからないよう、こっそり監視をしていると、呑気な顔をしながら師匠はやってきました。私が潜んでいるとは知らずにです。


 しかし、師匠は鋭敏な感覚器官で、私のただならぬ気配を感じ取ったのか、時計塔に入る直前に周囲を警戒し始めました。私はそんな師匠の行動に動揺してしまい、師匠の目の前に飛び出してしまったのです。


「な、なんでいるの!」師匠は驚き、叫びます。

「師匠、今日こそは鍵探しを手伝ってもらいますよ」


 師匠は凄い速さで逃げようとしましたが、私は左腕の義手の内部に秘密裏に仕込んでいた、新兵器のワイヤーガンを使って、師匠の腕を絡め取りました。


「何それ! いつの間に仕込んだの!」

「師匠、もう逃げられませんよ」

「あ、あれ見てよ、あれ! 凄いのがいるよ!」


 師匠は明後日の方向を指差しながら、叫び始めました。もうその手には引っ掛かりません。


「観念して下さい!」

「いや……本当にいるから……凄いのが……」


 師匠があまりにも動揺しているので、私の視線は、自ずと師匠の指差した、花屋と魚屋の間にある路地に向かいました。


 そこには……。


 そこには、黒い甲冑と黒いコートのような何かと話す『彼女』がいました。まだ私達の姿には気付いていないようです。


「――時間はいくらでもあるんだ。……きっとまた会えるさ」


 彼女はそう言うと、私達のいる大通りの方へ歩いて来ました。まだ私達には気付いていません。師匠を押さえ込んでいた私の身体は独りでに動き出していて、彼女の元へと向かっていました。


「リシュリオル!」


 私が彼女の名前を叫び、彼女の身体を抱き締めて、ぽろぽろと涙を流していると、彼女は私の頭を撫でました。その感触がなんだか心地よくて、懐かしくて、涙は止まる事無くどんどんと溢れてきました。


 彼女の綺麗で長かった黒髪はとても短くなっていて、少しボサボサしていました。顔立ちは私が知る頃よりも、何処か大人びていて、不思議な力強さを帯びているように感じます。


 そんな以前とは少し違う彼女は、私の頭を優しく撫でながら言いました。


「久しぶり、アトリラーシャ」




 ……始まったばかりの再会の旅。その出だしはあまりにも順調であった。


 素晴らしき旅路への祈りは、消え入る事なく、世界に届いていた。


(了)

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黒炎と白布の異界渡り みやこけい @kawausodango

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