あなたもなにか失ってみませんか?

ちびまるフォイ

なにか手に入れば悲しみはそれる

「うわぁーーん。スト様が結婚したぁーー」


未婚の独身貴族だった売れっ子俳優が、

今朝のニュースで一般女性との結婚を知り泣き崩れた。


「これから何を心の支えにしていけばいいの……」


「あんたねぇ、たかがニュースくらいで騒がないの。

 そんなにショックならロス基金でもしておけばよかったじゃないの」


「なにそれ?」


「前にペットが死んだとき、お金が入ってきたでしょう」


「ああ、うん。慰安旅行で海外行ったよね」


「あれはペットロス基金でお金が入ったからよ」

「そんな便利なものが!?」


調べてみると、ロス基金に登録しておけば

ありとあらゆる"○○ロス"に応じてお金がもらえるとのこと。


「お母さんは前から入ってたわよ」

「もっと早く教えてよ!」


親をなじっても何もならなかった。

学校につくといきなり彼氏からの呼び出しがあった。


「悪い……別れよう。俺たち、もう無理だと思うんだ」


「うん! うんうん! そうだよね! そう思う!

 私も、サッカー部って肩書で目が曇ってたところあるし

 もうサクッと別れるのが一番だよね! うん!」


「なんでうれしそうなんだ……?」

「いやいやいや! 悲しいよ! 彼氏ロスで超ショック~~!」


都合よく別れ話が舞い込んできたことで、彼氏ロス基金を手に入れた。


このお金でなにを買おうか考えていると、

クラスの元締めグループが声をかけてきた。


「あんたさぁ、イケメン先輩と別れたんだって?」


「あ、うん。今朝がたね」


「地味子、イケメン先輩のこと好きで、それでもあきらめて

 あんたのことを認めて恋を応援してたのに別れるって何様?」


「え? なにその理屈」


「少しは地味子の気持ち考えなよ!」


まるで観客にヤジられる野球選手のような気持ちになった。

私がいじめの標的として担ぎ上げられたことで、

友達はサッと引いて距離を取ってしまい、私は孤立した。


「なんだよ……なにニヤニヤしてんだよ!!」


「え? 笑ってないよ。友達もロスして、

 平和な学校生活もロスしたんだから、こんなに悲しいことないじゃない」



さーて、なに買おうかな。



それからしばらくして、ある日母が部屋にやってきた。


「ねぇ、ちょっといい?」

「どしたの、お母さん」


「あんた、最近派手にお金使いすぎじゃない?

 そんなにお小遣い渡してないよね?

 なんかよくないことやってるんじゃない?」


「あーーもう、うるさいなぁ。ほっといてよ」


「お母さん、援助交際とかよくないと思うの!」

「ちがうってば!!」


親を追い出すと、やっと部屋に静寂を取り戻せた。


バイトもしてないのに服やアクセをガンガン買うもので

無尽蔵に見えたロス基金もどんどん減っていってしまった。


「今さら、元の生活に戻れるわけないしなぁ」


もう、どうやって元の貧相な生活を耐えるかよりも

今の子の豪遊生活がどうやって長引くかせられるか考えていた。


自傷行為をはじめたのはこの頃からだった。


「ひい、ふう、みい、やった。ブラッドロス症候群ってすごい!!」


血を失えばロス基金が入る。

さらに健康を害すれば、健康ロス基金。

精神を病めば、正常ロス基金まで入ってくる。


ショックや期間が多いほどその金額は吊り上がる。


今はもう私の反応におそれをなして辞められたいじめも

「いじめが原因で心を壊したかわいそうな少女」になれば追加ボーナスも出てくる。


最近の楽しみは送られるロス基金の領収書を見ることだった、


「……あれ?」


ふと、今回のロス基金領収書に、覚えのないロス基金があった。

領収書には金額しか書いてないので、何をロスしたかわからない。


「私、何かなくしちゃってたのかな」


お金が入るのは嬉しいが正体不明のお金は怖い。

ロス基金に連絡して調査してもらった。


『お待たせしました。基金がわかりましたよ』


「なんのロス基金でしたか?」


『この度は、お悔やみ申し上げます。親ロス基金ですね』


「親ロス!?」


持っていたスマホを足元に落としてしまった。

家に連絡することすらも思いつかないほどパニックになり慌てて家に帰った。



「お母さん!!」




「……どうしたの? そんなに慌てて」


親は普通に家にいた。知らない子供と一緒に。


「い、生きてる……? なんで……?」


「死んでほしかったの?」


「そうじゃなくて! 親ロス基金が入ってたから、

 お母さんが死んでるんじゃないかと思って、それで……」


「ああ、それね。ちょうどよかったわ。

 あなたにも話しておく時期だものね。あなたは養子だったのよ」


「えっ……」


「親ロス基金というのも、あなたを捨てた本当の親のことでしょうね」


「って、それはいいけど! その子は誰!?」


落ち着いたところで、親と手をつないでいる知らない子供を指さした。


「お姉ちゃん、こんにちは」

「あら、いいのよ。そんなの」


親はすでに顔見知りのようで頭をなでている。


「あなたもそうだったけど、私は養子を引き取って育てているの。

 この国では身寄りのない子供が本当に多いから」


「お母さん……!」


「まとまったお金が入ったら、旅行へ行く予定なのよ」


「え、でも部屋は!? それに食事だって!

 私とその子を養っていけるお金どうするの!?」


「あなたはそんなこと気にしないでいいのよ」


子供は親の手を引いた。


「お母さん、旅行楽しみだね」





その後、家族ロス基金が給付されると2人は慰安旅行へ出かけた。

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